国境の砦カイツール。
ひょんなことから超振動によってタタル渓谷に飛ばされてしまった公爵子息ルークを護衛しキムラスカへ送り届けるため、軍港を目指し平原を横断していた一行が其処にたどり着いてしばし、突然、ルークの頭上に黒い何かが降ってきた。
ようやっとヴァンから通交証を手に入れてこれでバチカルへ帰れる、と言う安堵もあり油断していたところでまさかそんなところから何かが降ってくるなどと予想できるわけもなく。
辛うじて見上げることは出来たものの、よけるほどには全身の筋肉が反応してくれそうもない。ルークよりも反応の遅れたほかのメンバーも、ルークと同じように『それ』を見上げることこそ出来たものの、動けるものはいそうにもなかった。
華麗なる使用人の策略
反射的に頭を庇うように腕を上げ、ぎゅうっと目をつぶったルークに、しかしいつまでたっても衝撃は襲ってこない。
その代わり、何故かふわりと風が頬をなでる。
その感触に首をひねり、そろそろと目を開けると、目の前に居たのは微妙に顔色の悪い(若干震えているようにも見えなくもない)剣の師匠であるヴァンと、何故か超絶にさわやか過ぎる笑顔のガイ。
...ルークの記憶によると、確かガイはルークから大分離れた最後尾に位置していたような気がするのだが、どうやったらあの一瞬で移動することが出来るのだろう。
そんな疑問が普通はわいてくるはずなのだが、慣れとは恐ろしいもので、ルークにとってガイの高速再生もかくやという正直そろそろ気持ち悪いスピードは最早デフォルトであるゆえ、それに関しては当然の如くスルーした。目にも留まらぬ(残像すら残らぬ)瞬間移動にドン引きしているのはむしろ他のパーティメンバーであろう。アニスなど最早呆れを通り越して目が半眼になっているほどだ。
ルークが気になったのは、むしろガイの手に持たれた剣の鞘であった。普段はベルトに挟むように固定されているのに、右手に持たれたそれは横に振り払った形で止まっていたゆえ、今の一瞬でガイがルークの前方に『若干気持ち悪い』速度で移動し、かつ目にも止まらぬ早業でベルトから鞘を引き抜き横に薙いだというのが目をつぶっていた間に起きた現象であると推測する。
...無駄に笑顔がさわやかであることにティアが若干背中に薄ら寒いものを感じて一歩下がったが、悲しい事ながら誘拐で完全に記憶を失ってこの方ガイに育てられたようなものであるルークはそれが異常であると認識が出来なかった...箱入りゆえのある意味幸福な無知といえよう。
「...何やってんだ?ガイ」
誰もが聞けずにいた疑問を、素直にぶつけることができるのはこの世でただ一人ルークだけである。正直そろそろ行き過ぎどころか大気圏を突破してそうな使用人による過保護っぷりで、大変純粋培養に育ってしまった気のあるルークは、どうにも周囲のドン引きの空気を読むスキルは手に入れていないらしい。
もっともといえばもっともなルークの問いかけに、さわやかな動きのまま、ぱちんと鞘をベルトに収めたガイは始終キラッ☆な笑顔でのたまった。
「はは、お前の頭上に何か落ちてきたから、排除しただけさ」
「あ、ガイがやってくれたのか。俺いまマジ焦ったぜ、当たったら痛そうだったもんなぁ。サンキュ」
いやまて、今すごく突っ込みどころがあっただろうがぁああああっ!!!!
後ろのほうのアニスたちの心の突っ込みの声など全く気づいていないルークは、のほほんとガイに礼など言っている。彼としては、単純に落下物から自分を守ってくれたことに対してガイに礼を言っているだけで、全く他意がないのだからたちが悪い。
まぁ、落下物が自分に向かって落ちてくると認識した時点で目を瞑ってしまった故に落ちてきたものが何であったのかをきちんと見ていなかったということもあるのだろうが。
しかし。
「...えーと、アニスちゃんさっき落ちてきた黒いの、何か人みたいに見えた、なぁ...」
若干顔色の悪いアニスの呟きに、矢張り顔色の悪いティアがこくこくこくこくと首振り人形のように頷いた。...そう、目を開けていたメンバーには、落ちてきたものがナニであったかくらいは見えたのだ。
確か、人間の形をしていたような気がするのだ。...しかも、ガイが何のためらいもなくむしろ超絶笑顔で鞘を振ってその黒い人をすさまじい威力で吹っ飛ばしたのもしっかりと網膜に焼き付けてしまった...いっそ、ルークと同じように目を瞑っていたほうが色々と幸せだったんじゃないだろうかと思わないでもない。精神的に。
アニスの呻きに、しかしさわやかさ120%をデフォルトにしているガイは、きらりと光る白い歯を見せながら大変好青年的に返してきた。
「はは、アニスは面白いな。アレは人じゃなくてただの害虫若しくは全く可愛げもないオカメインコだよ」
「...」
その答えに、ルーク以外の全員は確信した。...こいつ、わかっててやりやがった。
笑顔の奥底に隠しきれて居ない何かを見てしまって漏れなくルーク以外が青くなる。
特に顔色を最早真っ青どころか真っ白にしてしまっているのは、先ほどから放置プレイされて会話にも加わっていないヴァン総長である。微妙に、視線がガイが先ほど腕を振るった方角にちらりちらりと向けられて、始終安定していない。
口元で、「アッシュ、生きているのか...?」とか何とか呟いていたが、とりあえず誰にも聞こえていない。というか誰も聞いていなかった。
「へ?お前オカメインコぶっとばしたのか?...どうぶつぎゃくたいってやつじゃね?それ」
しかし、ガイが溺愛してやまない赤毛のお坊ちゃんは、いい意味でも悪い意味でも大変素直であった。ガイが先ほど弾いたものが生き物であったかもしれない、という言葉(...まぁ、確かに生き物ではあるのだが)に眉を顰めて見せる。乱暴な言葉遣いや、剣術を好み割りとアグレッシブな性格をしている故に誤解されがちだが、基本的に心根の優しい少年であるので、自分を守る為にガイが生き物をぶっ飛ばしてしまったということに心を痛ませたらしい。
普段チーグル族のミュウを引っ張ったり踏んづけたりぶん回したりはしているが、それはチーグル自身が構ってもらえると大喜びしている(ミュウは真性のドMではなかろうかという議論は横において置こう)故にノーカウントである。流石にルークだって、いくらウザくても動物が嫌がることをやったりはしない。
ともかく、ルークのその、吹っ飛ばされた生き物を心配する言葉に、先ほどまでさわやか路線を突っ走っていたガイの顔が急激に崩れた。...たとえるなら、孫を溺愛する好々爺の如く。
その顔に、女性陣...というかティアとアニスが音を立てて引いた。5mくらい引いた。
それを全く気にした様子もなくニコニコと仲がいいですね、と何か合っているようで激しく間違っている気もする感想を述べているイオンと、何かこう、大国マルクトのプライドとかそんなもので色々こらえたらしいジェイドはその場でとどまっているが。
ニコニコとしたままルークの頭をクシャリとなでたガイに、「ルーク逃げてぇえええええええ!!!」と心の中で女性陣が叫んでいたりもするが合いも変わらずルークは以下略。
「うんうん、ルークは優しいな。ちゃんとオカメインコの心配もしてやるとは。...でもな、ルーク。大丈夫、あの手のオカメインコは無駄に頑丈だから、アレくらいでくたばったりはしないさ。(多分)」
「?外の世界には変なオカメインコもいるんだな?」
あっさり信じてしまったらしいルークは、きょとんと首を傾げていてそれはそれで大変可愛らしいものが合ったのだけれども、小さく呟かれた多分と言う言葉にがたがたと後ろのヴァン謡将が震えだした。...何か過去のトラウマでもえぐられたのだろうか。
それでもなんとなく、オカメインコ(多分)が吹き飛んだ先を気にしているルークに、ガイは苦笑しながらもう一度その頭をなでてやった。
寝込むことの多い自分の母親のみならず、最近腰痛の増えてきたペールや手アレの酷いメイドたちのことまで心配するルークのこと、見ず知らずのオカメインコ(仮)の事も何だかんだ気になってしまっているのだろう。
「解った解った。向こう見てくるから、少し待ってろ?な?」
「...解った」
妥協したらしいルークの返事に、きらりと白い歯を見せて笑ったガイは、ナチュラルな動きで先ほど自分が吹き飛ばしたオカメインコ(らしきもの)のいるであろう茂みへと足を向けた。
ルークの視線を背中に感じながら、少し茂みを覗き込むように身をかがめる。
...そこには、深紅の髪色をしたオカメインコ(だと思われる)が動けないらしくぴくぴくと痙攣のようなものを繰り返していた。...どうやら、息はあるようだ。息は。
くすり、とまかり間違ってもお子様にはお見せできない笑みを口元に乗せたガイは、決してルークたちには聞こえないように。けれども足元に居るオカメインコにはきちんと聞こえるように、低い低い呟きを漏らす。
「...次にルークを狙ってみろ。...月夜ばかりとは思わないほうがいいぞ?」
小さな痙攣を起こしていたオカメインコ(以下略)が、びくんとすさまじく大きな痙攣を起こした。引付でも起こしたんじゃないかと言うほどのそれに、茂みががさりと音を立てた。
きちんと自分の言葉がオカメインコ(...)に伝わったと理解したガイは満足げに頷くと、かがんでいた身を起こしてくるりと背を向けると、もと来た方向へと何事もなかったように歩き出した。
「ほら、今音が聞こえただろう?大丈夫、オカメインコは無事だったよ」
ほっとしたように小さく息を吐いたルークに顔が緩むことはどうしようもない。(別に、嘘は言っていない。命は無事だった、命は)
ガイの内心としては、ルークがいつまでもあのオカメインコのことを気にしているのは大変気に食わないが、それもルークのかわいいところなのだから仕方ないかと思ってしまうあたり末期であろうか。
(...まあ、コレで暫くは懲りただろうよ、アッシュの奴も)
心でそんなことを呟きながら、目に入れても痛くない赤毛の子供の頭を再度なでる為に、ガイは右の手を伸ばすのであった。
あ...れ?なんだろう。
想定外にキモイ!!キモガイ!!害様!
そしてルークが若干どころじゃなくアホの子になってます。害様若紫計画は成功している模様ですよ。
2009.4.19up