ふらり、とかしいだ体を受け止めてくれたのは、いつもそうしてくれていたようにツインテールを揺らした己の守護役の少女だった。泣きそうな顔をしてるけれども、彼女はきっと泣かない。己のしたことの責任をはき違えない強さを持つからこそ、イオンは彼女に惹かれたのだから。
彼女のしたことが正しかったとは言ってやれない。それでも、彼女を選んだことは正しかったのだとイオンは思う。彼女が自分の守護役<ガーディアン>で、正しかった、と。
ザレッホ火山中枢の第七譜石に書かれた予言を読むことは、モースに強要されなくともイオンが望んだことだ...再び世界を覆った瘴気はすぐに人々を、大地を、植物を、動物たちを蝕むだろうからこそ、一つの可能性でも示しておきたかった。
例え、それがどれだけ残酷な道であっても。
導師のレプリカたるイオンは、その能力こそオリジナルと遜色ないものの、体力は致命的に少なく、それゆえ導師としての力を使うことは己の寿命を縮めるに等しい行為で。
けれども、久方ぶりに感じているその疲労感は、今までの旅の中でダアト式譜術の解除に力を用いてきたそれとは段違いである...否、今までが軽すぎたのだとイオンは確信する。
これだけ短期間に何度も術を使っていたのなら、己の存在すら危うくなるほどの消耗があってしかるべきなのだけれども、イオンは今もこうして大地に立っていられる。...それが何を示すのか。
ありえない、ことだと。そう思って遠ざけた事柄を、見つめなおさなくてはいけないのだろうか。
イオンは、こちらを見てただ微笑んでいる赤い髪をした青年に悲しい瞳を向けた。(自分の気のせいであればいいと、切に願う)
(ルーク、あなたはやはり...)
ルークはおそらくイオンの視線の意味を理解しただろう、けれどもただゆるく首を横に振るだけ。
イオンをイオンとしてみてくれた最初の友人は、初めてであった時と変わらない、澄んだ瞳を決意の色に染めてただ、イオンの悲しい推測を肯定した。

それでも。と、食い下がるようにイオンが口を開くよりも先に。

げほっ

不意に体を折り曲げるようにしてむせ込んだルークの手のひらに、黒さの混じった赤いもの。
本人も一瞬それが何か理解できなかったのだろう、自分の手のひらをまじまじと眺め不思議そうな顔をし。むしろそれを見て悲鳴を上げたティアやナタリアの声でようやくそれが何か思い立ったように目を丸くした。
アレは血だ。そう、人間であろうとレプリカであろうと、その身に流れる赤いもの。
「ルーク!!」
名前を呼んでガイが駆け寄るよりも早く、その未だ成長途中の体を軽々と横抱きにしたのはジェイドで。口元を押さえながら驚いたように彼を見上げるルークなど見ようともせずに、常にない真剣な表情を曝したジェイドは、ただ静かな声で告げた。(まるで、こうなることを予測していたかのように)
「医者に見せましょう...ベルケントへ。いいですね?」
誰もそれに否を唱える者はなく、常ならぬジェイドの真剣な声に言葉も忘れてただこくこくとうなずくことしかできない。
当のルークすらも驚きが先立って何の反応を返すこともできないままに。
ただ自分を抱き上げている人の真剣な顔に、視線を合わせることすら、出来ないでうつむいていたようだった。


葬送マーチ



ルークが半ば無理やりベルケントへ運ばれてしばし。
待合室に重い空気を漂わせていたメンバーが只ひたすらに検査の結果を待っていたところで、やがてジェイドだけが看護師に呼ばれた。
誰もが自分もついていくといって聞かなかったが、まずは一人に詳しい説明をして、そうしてから聞いてくれといわれてしまえばどうしようもない。確かにこのメンバーの中で医師免許を有し、一番に医者の話を理解できるのはほかでもないジェイドで、彼に行かせるべきなのだと頭が理解していても感情として飲み下せないのだろう。
やがて血を吐くような声音で「旦那、頼む...」とガイが呻いたところで何の表情も浮かべていないジェイドはすくりと椅子から立ち上がり、案内役の看護師に従って、診察室へと足を向けた。

診察室には、点滴をつけられて恐らくは睡眠薬を使われたのだろう限りなく白い顔色で眠りについているルークと、そしてその隣に居る医師...ジェイドの記憶が正しければ、彼の名前はシュウ、といったはずだ。
決して明るいとはいえない医師の表情が何を示すのか、わからないほどジェイドはおめでたくないし、今までのデータを考えればいつかは訪れるだろう現実の一つとして可能性を予測していたはずの己の頭は妙に凪いでいて、まるで規則正しく水滴を落とすあの点滴のようだと思ってしまう。
薦められるままに椅子に座り、そして待つことしばし、重苦しく口を開いたのはシュウ医師のほうであった。
「...現時点、分かっている症状を述べさせていただきます」
「はい」
かえって、自分のほうが冷静なのではないかと思うほどに静かな声が出た。...頷くことで先を促せば、ようやっと覚悟を決めたように、一度ルークへと痛ましさのある視線を投げ掛けてからシュウ医師は続きをつむぐ。
「...体内フォニムの障気による汚染。他にも過労やストレスなどが絡み合っているようですが、第七音素で構成されているルークさんの血中フォニムに、有り得ない濃度の汚染第七音素が見つかりました。セブンスフォニマーもレプリカも、体内に第七音素を貯めやすい体質であることは共通していますが、ルークさんのこれはもはや異常の域です...。かなり強い痛み止めを使っていた痕跡が見られました。ご本人も、症状は自覚していたようです」
「...そう、でしたか」
シュウ医師の説明は、すとんと簡単にジェイドを納得させた。
ルークが何かを隠していたことは分かっていた。...そして、セフィロトを回るたびにどんどん悪くなっていく彼の顔色にも気づいていた。(彼が一人で行動している間ほとんど会うことはなかったけれども、だからこそその変化は顕著であったのだ)最近少し回復していたのは障気がディバイディングラインに吸着されていたからで、そして再び体調を崩したのは障気が再び世界を覆ったからだと。
「レプリカ、という存在そのものが障気に汚染されたセフィロトの第七音素を吸着するというわけではありませんね?...そうであれば、矛盾する事柄がある」
「...ええ」
ジェイドの、確信めいた言葉に、矢張りシュウ医師は是と返す。
「何か、障気に汚染された第七音素のある場所でそれを意図的に取り込まなくては、こうはなりません。それはオリジナルでもレプリカでも同じです」
ジェイドは、手袋を外した右手を、そっと眠るルークの頬に当てた。
血の気のないその頬は、まるでぞくりとさせられるほど冷たくて、胸が上下していることで呼吸を確認しなくては一瞬死んでいるのではないかと思わせるほど。(分かっている。レプリカはその生命活動を止めれば第七音素に帰るのだ。形を保っているそのことがルークが生きている証拠となる)
そのまま手を、首筋を通る太い血管に沿わせれば確かに脈打つ感触があり、まだルークが生きているのだと教えてくれた。
「今すぐ何かとはなりませんが、ここまで障気を溜め込んでしまった以上、これ以上の障気との接触は限界でしょう。...すでに、内臓機能が少し落ち始めています。血を吐いたこと自体は疲れによる潰瘍だと思われますが、どちらにせよ障気が復活している今、医師として障気を遮断できる隔離部屋での入院をお勧めします」
「...」
昏々と眠り続けるルークは、目を覚ます様子は見られない。
今、ジェイドたちが最優先でやるべき事は障気を何とかする方法で、今も障気がある以上体力のない者達が倒れ始めている現状は猶予を与えてはくれない。
ならばもういっそ、このままシュウ医師の言うように隔離部屋のベッドにルークを縛りつけてやるほうが彼のためなのではないだろうか。
(この子供は、きっと起きればまた自らを省みずに走り出すのだろう)
世界中を覆う障気を解決する方法など、イオンが詠んだあのスコアのほかに情報もなく、スピノザに尋ねたところで有用であるとも限らない。...ならばこそ、これ以上の無茶は最早、ルークの命を削り取っていつか彼を殺すだろう。
失いたくなど、ないのだ。...否、手放すつもりなど、ない。
醜い執着心は意識的にルークと世界の危機を同じ天秤にかけることを拒んで揺れる。...空っぽの天秤は只揺れて、重すぎる分銅は放っておけばどちらも崩れ落ちるのだ。障気によって。
「申し訳ありませんが、彼が目を覚ますまで隔離部屋で休ませてもらっても宜しいですか?私達はその間、スピノザに用がありますから」
「分かりました。そのようにしておきます」
今すぐに決断できなかったジェイドに何か言うこともなく、ジェイドの頼みにシュウ医師は頷いて看護師を呼び、手際よく準備を整えてゆく。
その後姿に目礼して、失礼しますと短く告げてジェイドは扉を開け、そうして待つ仲間たちの下へと。そして障気の問題の解決方法の糸口を探すべくスピノザの下へと、足を向けるのだった。

そして告げられる残酷すぎる事実が、どれほどその身を切り刻むのか、彼の優秀なる頭脳ですら、気づかぬままに。





隔離部屋云々は勿論捏造ですよ。(いや、このシリーズそのものが捏造に満ち溢れておりますが)でも出来ると思うんですよね、完全遮断とはいかなくてもクリーンルームとかそんな類の部屋なら。

イオン様は無事でした♪しかしアニスを出してやりたかったのに完全なる空気ですな!(待ちなさい)いや、でも多分ちゃんと後で彼女にも出てきてもらいます。全員分それなりのエピソードを作りたいんですああ本当はガイの主従の誓いとかもやりたい!!

完結してからの番外編になるかもしれません。...ああでも、六神将もそれぞれ何とかしなくちゃ行けないので、少し本編それてでも話を入れようかな...。
というか、アッシュも出してやりたいなぁ...でもそうすると只でさえ二回目の麦茶パックの麦茶なみに薄くなっているジェイルク色がさらに薄くなると思うんですがいかがでしょう(聞くなよ)
とにもかくにも、複線回収中で御座います。ルークがローレライに頼んでもらった力の一つ、とでも申しておきましょうか。
エンディングまで大分近づいてきました!よろしくお付き合いくださいませ^^
2009.4.29up