「...は?」
シンクは取りあえず、状況を一瞬忘れてぽかんと口を開けていた。
華麗なる使用人は知能犯
確かに、シンクはあのとき、奴にカースロットをかけたはずだ。
あの金髪の男。...そして、今現在それが発動しているという感触は確かにある。
...あるのだが。
「うわちょっとガイお前どうした抱きつくな苦しい離せっ!!」
「いやーすまないなルーク身体が勝手にはははは」
「お前棒読みすぎだろ!」
ヴァン曰くあの金髪の男はファブレ公爵に一族を皆殺しにされたホドの貴族で、故にルークにすさまじいほどの復讐心を...殺意を抱いているはずなのだ。はずなのに。
「まぁ、ガイは随分と熱烈ですのね」
「...ナタリア、それは感想として間違っているんじゃないかしら...」
「あらでも、昔からガイは『ああ』でしたわよ?」
てっきりその腰の剣で出来損ないのレプリカに切りかかってくれるものと期待しての発動であったはずなのに、今現在、あの金髪の男がやっていることといえば赤毛の少年にがっつり抱きつくというある意味暑苦しい行為である。(幸いにも、二人とも見目が良いのでむさくるしくはないが)
すでに、女性陣は傍観モード(最早、ラルゴはその存在を無視されていて、あの大きな背中が一回り小さく見えるほどである)に入っており、「イオン様にはちょっと早いですぅ」なんていわれて目を塞がれている導師が首をかしげている以外はもう、ただのほのぼのモードである。
やけに嬉しそうににやけきっている金髪...つまりはガイの顔は、最早幸せオーラ全開といってしかるべきであろう。
嘗て長かった髪を切って、ヒヨコのような様相を呈する少年は、ぎゅうぎゅう抱き疲れることに対して少し顔を顰めてはいるものの、本気で抵抗していないところを見ると只単に苦しいのが嫌なだけであるように見える。
...どうやら、昔からこの過剰なるまでのスキンシップと言うものは敢行されていたらしい。少しだけ、赤毛の少年に憐憫の情もわく。
「って、そうじゃないよ何やってるんだよ!!」
せっかく、遠隔操作でパーティを混乱させてやろうと思ってわざわざ木の上に隠れていたはずのシンクであるが、突っ込み不在の現在思わず木から自ら飛び降りしてしまった。
同時、此方に初めて気づいたといわんばかりに、きょとん、と見開かれた大きな碧の瞳(アッシュと同じ顔のはずなのに如何して、こっちのほうが童顔に見えるのかは永遠の謎であろうか)が妙に居心地悪い。...幼稚園児でも相手にしている気分になってくる。
大体なんだこの純粋培養は。アクゼリュスでヴァンに手ひどく裏切られた(しかし、誰が手回しをしたのかアクゼリュスの住民は全員タルタロスに避難済みで、ルークレプリカはアクゼリュスの大地を崩落させたにとどまったのだが)くせに、どうにも抜けているというか、おおらかと言うか。
「あ、シンク。久しぶりだなー」
敵であるはずのシンクに、のんびりと挨拶をかけてくるなど、一体どういう神経だ。
見守っている女性面子(あの食っても食えないネクロマンサーは、現在ここにはいないゆえ)と導師は、最早警戒などどこかにほっぽってのんびりと成り行きを見守っている有様である。誰か突っ込めよ!と叫びたくなったシンクは、この場において大変不幸なことに、唯一の突っ込み属性であった。(否、もう一人ツインテールの突っ込みは存在したが、彼女はことこの赤毛の少年と使用人とのやり取りに関しては完全にスルーすると心に誓っている故に、今この場合において戦力にはならない)
「挨拶は基本だからなー。うんうん、俺の教育のお陰だな」
「全面的にアンタのせいかっ!!」
よしよしと子供を褒めるように撫でているガイに、思わずシンクは声に出して突っ込んでしまった。これで手が斜め四十五度に出たら完璧だといわんばかりのタイミングである。
「アンタはそこの赤毛に切りかかればいいんだよっ!!何でカースロットかかってるのに平気なんだよ!!」
最早、この場合シンクは半ばヤケだった。
若干、ラルゴの憐憫の視線が痛い。...向こうで導師のレプリカが「カースロット、ですか...」と微妙な顔で呟いているけれどもそれは他の面々の耳に届くことはなかった。
だが、シンクのセリフを受けて未だ赤毛の小柄な少年を抱きしめたままの笑顔の使用人は、とびっきりのきらきらした声で言ってのける。
「ははは、俺がルークに殺意を抱くわけがないだろう。あの生え際ヤバイ小憎たらしいほうか生え際完全にヤバイおっさんのほうならともかく」
シンクは、そのセリフに少しだけこの場に出てきたことを後悔した...すさまじく心の底からの輝かんばかりの笑顔だったからだ。後光すら差しているのではないかと思えるほどの。...ダメだ、完全にカースロットをかける相手を間違った。これだったら、キムラスカ王国に敵意を抱いている人間に適当にカースロットを掛けた方が効率的だった。間違いなく。
「うわー、ガイってば、熱烈―」
最早、パーティ唯一の突っ込み役であるところの少女は、棒読みである。しかも半眼。
...多分、普段も色々苦労しているのだろう。十三歳の少女らしからぬ深いため息に、思わず同情しかけてシンクは心の中でぶんぶん頭を横に振る...違う違う、僕の敵じゃないかこいつら!!
「??はえぎわやばいこにくたらしいほう?」
「ああルーク、気にしなくていいのよ。どうかそのままの貴方で居て頂戴」
「...?」
小首を傾げた赤毛に、メロンがクールにフォローを入れている...なるほど、こうして旅に出て時間がたつにもかかわらず純粋培養が維持されているわけだ。恐らくパーティ全員が保護者で、余計な情報はシャットダウンしているのだろう。間違いなくその筆頭はカースロットフルスロットルにもかかわらずぎゅうぎゅう赤毛を抱きしめて離さない使用人であることは間違いないが。
「ってか、お前そろそろ離せよガイ。苦しいっつーの」
「はは、悪いなルーク。そうしたいのは山々なんだが、何せカースロットとやらが働いているせいで俺にはどうしようもないんだよ」
...シンクは、そろそろ素直に失敗を認めようと思い出してきた。
ダメだ、天地がひっくり返っても、この男目の前のレプリカに剣なぞ向けるわけがない。
ラルゴに視線を流せば、彼も同じ思いだったらしく(大分その存在を無視されていたので、かなり居心地が悪かったようだ。)、目だけで頷いてきた。ああもうこれは無理だ撤退だ戦略的撤退!
妙に胸焼けを感じるのは気のせいでもないはずだ。
「ここは一旦引かせてもらうよ」
正直、もう勘弁してくださいおなか一杯ですという思いが非常に強かったのは言うまでもない。
一刻も早くこのピンク色の空間から立ち去るべく、シンク(と、そしてラルゴ)は全力でもって地面を蹴ったのであった。
「...あいつらなにしに来たんだ...?」
ようやっと、ガイの抱擁から解放されたルークがかくりと首をひねるのを見て、クールメロンが密かに悶えている。
六神将と遭遇したのにもかかわらず被害が出なかったのは僥倖といえるだろうが、なんともよくわからない襲撃であった。
「ははは、まったくだな」
相変わらず白い歯を光らせて笑う、幼馴染であり兄代わりであり保護者であり教師でもあったガイに顔を向けて、再び反対側に首をかしげたルークは、まぁよくわからないけれども何もなかったからいいか、と流すことにしたらしい。
カースロットとかいう謎の単語が気にならないでもなかったが、特に被害があるものでもなさそうだったので(確かに少しは苦しかったが、よくガイは加減を忘れて抱きしめてくることがあるので、ルークにとっては慣れっこな事態であったのだ)、まぁ後でいいかと思考の優先順位の後者のほうに回しておいた。...多分、熟成された頃に思い出すだろう、きっと。
「...ガイのカースロット、解呪したほうがいいんでしょうか...」
後ろのほうで、導師様が微妙に困ったように首をかしげて呟いたけれども、その呟きはマルクトの帝都グランコクマを目指す面々には届かず。
「イオンさまぁ、置いてかれちゃいますよーぅ」
自分のガーディアンが呼ぶ声に、ああはい今行きますと返事をして、イオンは取りあえずその決断は後回しにすることにした。
(...実害、なさそうですし。)
ちょっぴりシンクには可哀想な気もするが、放置しておいても特に問題はなさそうであるし。(何せ、デフォルトでルークとガイというのはあんなカンジなのだ。カースロットを使わなくても)
こうして、ガイの腕のカースロットは解呪されぬまま、残り続けることになったのであった。
あれシンクがかわいそうですね。そしてこの場合ガイラルディア・ガラン・ガルディオスっていうフルネームは一体何処で明かされるんでしょうか。普通にジェイドからかな。
プッシュいただいたので思わず書いてしまいましたこんなで宜しかったでしょうか?
これからもプッシュいただければ気まぐれに続くけるかと思われます。
2009.5.2up