虚無のバルカローレ
目を覚ましたときには真っ白な壁の部屋の中にあるベッドで、枕元で丸くなって眠るミュウと、己の色だけが唯一、この部屋の中で白くないものだった。
障気に汚れたはずの空気すら清い...まるで、別の世界のようだ。
一瞬夢なのではないかとも思ったが、ずくりと痛んだみぞおちの辺りと、そして腕につながれた細い管と其れにつながる点滴の袋がこれは夢ではないと教えていた。
「...ルーク、ちょ、目さましたの?...今大佐と先生呼んでくるから」
様子を見に来てくれたのだろうぴょこりと揺れたツインテールが、ルークを認めるなりすぐさま身を翻した。そのまま部屋を出ようとして、その動きをぴたりと止める。
振り返ることはないまま、小さな小さな声が、まるで独り言のように一言だけ、呟かれた。
「...ごめん」
芯の強い彼女らしい、小さな小さな謝罪に、ルークは少しだけ、口元を綻ばせた。
まず、シュウ医師が病室(であったらしい)に入ってきて、ルークの現状について出来るだけ丁寧に、そして客観的に伝えてきた。
難しい数値については正直理解できたとはいえないけれども、その内容はほとんど予想していたものだったから、ああついにか、とそのくらいにしか感想も浮かばない。現状をどうすることも出来ない医者としての立場からだろう、時折苦しそうな表情を見え隠れさせるシュウに、むしろルークはすまない気持ちにすらなった。
あの時も、シュウには残酷な宣告をさせてしまった。そして今も。
医者の仕事とはいえ、どうしても避けられないそれを告げるのは、献身的に命を救おうとすればするほど辛いことなのだろう。気にしないで下さい、と枕元においてあった筆談具で告げれば、やはり少し眉根が寄せられた。
『俺は、あと、どのくらい、もちますか』
ルークの記した文字に、シュウは少しばかり瞠目して、そうして吐息を吐き出すようなかすかな声で答える。
「...このまま、障気の問題が解決するまでこの部屋もしくはユリアシティで生活をするのであれば。つまり、これ以上進行させないのであれば、少なくとも今すぐに何か不自由が起こることはありません。もちろん、医学の発達によっては普通の生活を取り戻すことも可能でしょう...ですが...これ以上、障気の下で、体に負担を掛け続けるのであれば、一年を保障できません」
医者と言う立場で、患者が知ろうとするのであれば、シュウは隠すことをしない人だった。
だからこそ告げられたその真実を、ルークは自分でも驚くほど穏やかに受け止めることが出来た。
本当は『あの時』、自分はアッシュに全てを返して音素に帰るはずだった。
それなのに、運命のいたずらでこうして、再びの生を受け。
アクゼリュス崩落時に切り捨てるはずだった命が、またどうしてか生き残ってしまった。
...嗚呼ようやく終わりが来たのだと、恐怖よりも安堵が勝る。
生きていたいと確かに叫んだあの、真っ青な青空とレムの塔。
あの頃の気持ちを忘れたわけでは、決してない。...再び仲間になれた皆と、そして何よりジェイドと、生きていたいという思いは、今だって頭の片隅で声を嗄らして叫び続けている。慟哭のように、生まれたばかりの赤子のように。
それにきっと、『この世界に』自分が生まれた意味はある。...そう、思いたいのに。
けれども、生まれたときからの罪、そして自分の意思で犯した罪、そして『過去』という未来の記憶。その全ては常に、ルークの両肩にのしかかって、ただ積み重なって。
それらはつまり、ルークが気づかないうちに、ルークをすでに押しつぶしていたのだ。
生への執着を、覆い隠してしまうほどに。
『...大丈夫です、俺は、くいなんて、ないですから。今やらなくちゃいけないことを、間違えたりしません』
さらさらとすべるペンが記した言葉に、シュウは目を見張った。
この子供と大人の狭間の青年は、無垢な顔で笑って、自らの死をあまりにもすんなりと受け入れ居ている。...本来、人の無意識下での生存欲求と言うものはその生きてきた年齢に反比例する...つまり、生まれたばかりのものほど、生きようとする力は強いのだ。
目の前にいるのは、見た目は十七歳ほどだが、実際は生まれてまだ七年しか立っていないほとんど子供の年齢だ...であるのに、まるでこれでは、只の殉教者か老衰を受け入れた老人だ。一体どれほどのものを抱え込めば、こうもなるのかと、聞きたいほどに。
「ルークさん...死を軽々しく口にしないで下さい。命は決して、諦めていいものではありません。いいですか、貴方は決して不治の病ではありません、対処さえすれば、生きられるんです」
ルークの手を取り、しっかりと目を覗き込むようにして、シュウは言った。
...己の死を目の前に、取り乱す人は殆どだ。例え治す術があるとしても、心をかき乱されない人はまれだ。
けれども、中には自棄になり、本来助かるはずの命すら漠然と身の近くにある死の恐怖故に投げ出そうとしてしまう人もいる。...その悲劇性に酔ってしまう、そんな人も中にはいる。
目の前の青年もそうなのではないか、そう思ったのだ。
けれども。
碧のきらきらしい瞳で、しっかりと眼鏡越しにシュウの瞳を見つめ返したその顔に、自棄の色など見えず。
まるで、死を宣告されたのがむしろシュウ自身であるのではないかと錯覚させられるほどに、ただ穏やかだった。
『俺は、行きます。障気を、このままに、しておくことは出来ません』
「これ以上、障気の中にいたり、体に負担のかかる超振動を使い続ければ、あなたの身体は持ちません!医者として、それは認められません」
死を宣告されてそれでも行くというのは、つまり自殺にも近しい。
今この時点、永らえさせることの出来る命を、死地に追いやることは、シュウには出来なかった。...すでにこの少年は、地殻を降下させて世界を助けた。ならばもう、休んでも、いいではないか。
「とにかく。...今は少なくとも、安静になさってください。...いいですね」
ルークに言い聞かせるように、ゆっくりと、言葉を区切るようにして告げて、シュウは病室を、後にした。
短いです。まさかのシュウ×ルーク?(ナイナイ)
そして...あっれー...ジェイドは?ジェイドはっ?!大丈夫です次から暫くジェイドのターンです彼視点ですむしろルークが影が薄くなります(其れも待ちなさい)
実のところの逆行2のルークの正体は少々(?)病んでたみたいですね(ヲイ)
でも当然ですよね、記憶を持って生まれるって、つまり過去の罪や後悔も引きずってるってことですから。アクゼリュスやレムの塔、イオンや六神将たち、それにヴァン。全部背負っていたところに、『貴方はこれから起こることと其れを止める術を知っています』って提示されたら、多少の無茶は当たり前になってしまうだろうな、と。
その過程で、ジェイドにあえた事も皆に会えた事も嬉しいんです。
でも、もし自分がここで足を止めたら、せっかく笑ってくれている大切な人たちが笑えなくなるかもしれない...ほとんど強迫観念に近いわけです。
それに、一度経験としての『死』を迎えてしまっている為に、ローレライを解放してから...つまり、旅の後の自分が全く想像できなくなっているのも原因だったりします。
レムの塔前でここまでぼろぼろで大丈夫なのかなぁと心配になってきますが、大丈夫です繰り返しますがこのお話はハッピーエンドです!
このネガティブルークを、あのヘタレ三十路がいかに矯正するか、見ものですね♪
2009.5.10up