「ねーねーガイー、コレナニ?」
今日の宿は大部屋なので、男子も女子も雑多である。
意外と気にしない王族達はむしろ普段体験しない雑魚寝というものにワクワクしているらしく、きょろきょろと落ちつかずにあたりを見回していて、絶対に尻尾があったら振られているというような浮かれようだ。
その中で、荷物を整理していたガイの手元を、一足先に荷物整理を終えたアニスが覗き込んできた。ナチュラルに彼女と距離を取りながら、ガイはこれか?といって二冊ほどの、シンプルなアルバムを指さした。
「そうそれ!!だって、旅に持ち歩くのは重くない?よっぽど大切なものなわけ?」
まぁ彼女の問いかけも最もだろう。幾らアルビオールがあるとはいえ、旅において必須なのは荷物の取捨選択。必要だからとむやみに物を持ちすぎるのも、逆に最低限を見誤るのも致命的になりかねないのだから。
はは、と白い歯を見せて笑いながら、そうだなぁとガイは言う。
「まぁ、そうだなー。ごく一部だけどな、お守りって所かな」
「えーナニソレ、まさかえっちな写真とかぁ?」
からかうような口調で言ってくるアニスに、ガイは何を言ってるんだという苦笑を浮かべて答える。
「はは、そんなものが何の役に立つんだい?これはルークのアルバムだよ」
答えた瞬間に、若干アニスの口元が引きつったのは気のせいだろうか。ついでに、「ちっ、ルークバカがっ」と吐き捨てられたような気がしたのも気のせいだろうか。
だが勿論、そんなもの瑣末な問題である。ガイは、うっとりとしながらそのアルバムの背を撫でた。
「勿論保存用は別に厳重に湿度と温度を管理してるところにおいてあるけどな」
...アニスが、予備動作なしでざざざぁっと波のように引いていった。何故だろうか。
「まぁ!懐かしいですわね。ルークの昔の写真ですわ!」
「うわ、ちょ、ガイ!お前なんでこんなもの持ってきてんだよ!」
少し遅れて、荷物の整理を終えたキムラスカ王族組が参入。ガイの手元からひょいとアルバムを取り上げたルークは、それが自分のものだと知るや顔を赤くする。
ガイの教育の賜物か、ツンデレ具合がいい配分だと好評(主に、ガイに)なルークは、止めろよっ!!とアルバムを投げ捨てそうになったが、ガイのなんともいえない視線に押されて其れを断念したようだ...心根の優しいルークは基本的に、好意を向けている人間に冷たく出ることが出来ない性分なのである。(たまに、ツンが出すぎて誤解されがちだが)
その代わり、ひるんだルークの手からアルバムを奪ったアニスが、嬉々としてそのページを開いた。
ティアとナタリアもその手元を覗き込む。
...しばしの沈黙。
のちに。
「「か、かわいいっ!!」」
「本当、この頃のルークは特にとても可愛らしかったのですよ」
可愛い物好きのティアはともかくとして、結構シビアな審美眼を持つアニスですらも唸らざるを得ない凶悪な攻撃力の写真がそこには収まっていた。
ナタリアは流石に幼馴染故にその姿を生で見てきているからのほほんとしたものだが、さりげなく向こうで眼鏡の大佐のめがねが光っているところを見ると、どうやらルークの幼少時アルバム、ネクロマンサーすらも引っ掛けたということになるだろうか。
...この分では、オールバックのオリジナル様が駆けつけてくるまで、そう時間を要すこともなさそうだ。
しかし確かに、そのアルバムに張ってあるルークの写真はどれも可愛らしかった。恐らくは生まれたばかりなのだろう、床に座りこんできょとん、とカメラを見つめているもの。
また、チーグルの寝巻きを着て、すぴぴすぴぴと幸せそうに昼寝をしているもの。(ブウサギのぬいぐるみを抱きしめながら)
庭に小さなプールを出してもらって、半そで短パンで水浴びをしているもの。
恐らくはガイお手製だろうエビグラタンに夢中でかぶりついているもの。
転んでしまったのだろうか、べそをかきながらしゃがみこんでいるもの。
そして中でも、最強の威力を発していたのは。
「...ま、まぶしい。この笑顔、アニスちゃんにはまぶしすぎるっ!!」
「...か、可愛い...///」
つまりアルバムの中で一際輝きを放っていたのは、此方...つまりはカメラマンであるガイに向かって野の花を摘み、無垢な笑顔で差し出しているルークの一枚。
ちなみに、恐らく手に持たれたタンポポの花から季節は春であろうことが予想されるが、其れよりも何よりも後光が差しているのではないかと目を疑ってしまうほどの笑顔である。
...正直、世の中の酸いとか甘いとかを嗅ぎ分けて生きてきた類の人間だと、これを差し出されただけで浄化されそうな勢いだ。(実際アニスが若干辛そうである)
なんとなく、ティアとアニスとナタリアは、後ろで此方を覗き込もうとしているジェイドを振り返ってしまった...どうしよう、これみて大佐浄化されちゃったら。
「...なんです皆さん、私に向けるその微妙な表情は」
「い、いえ大佐。何でもありませんのよ。...そ、それより!ガイ、此方は昔のものですけれど、もう一冊はいつごろのものですの?」
そう、アルバムは二冊あるのだ。それほど大きいものではないけれど。
ガイは、ナタリアに聞かれて朗らかにさわやかな笑みを浮かべると、ああ、と応えを返す。
そこらへんの慣れない女の子であれば間違いなくハートにどっきゅん(死語)来そうな笑みだけれども、いかんせん中身が『アレ』なことは皆さんこの旅の中でよぉおおおおおっく分かっていたので今更ときめきようも無かった。見た目ああなのにもったいなぁあいなんてアニスが騒いでいたのは随分昔の話で、今は全員一致で『どうぞお幸せに』である。...頼むからこちらに被害を及ぼさないでくれと言うところが大きいだろうか。
...神様ローレライ様ユリア様、この男もう少しマシな感じになりませんか。
なぁんてうっかり祈りたくもなってしまいそうだが、祈ったところで音譜帯やら地殻やらに居る彼らが困ってしまいそうなのでやめておくことにしよう。
「ああこれは、最近のものだよ。ネガはペールに定期的に預けてあるけどね、幾ら遊びの旅ではないって言っても、記録を残したって構わないだろう?何せ、ルークが外の世界に出た記念なんだから」
そういって少し微笑んでアルバムの背をなでるガイの表情は、すっかりルークの兄のそれで、例え望んで始まったわけではないこの旅でもルークの成長を喜んでいるのだと知らされてルークが少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。...どうにも、分かりやすいツンデレである。
「まぁ...ではわたくしも見たことが無い写真が増えていますのね?見せてくださいまし、ガイ」
ナタリアに言われて、ガイは笑顔ではいどうぞ。ともう一方のアルバムを手渡した。ナタリアの手が、ぱらりとそのアルバムをめくる。
そこには、確かに、旅を始めたばかりのルークの写真が収まっていた。一冊目のアルバムに比べてまだ写真が少ないのは、このアルバムがまだ写真で埋められている途中だからだろう。
「あ、エンゲーブ。俺りんご食ってんなー」
「お味噌貰いに行ったわよね、この後」
「あ、こちらはチーグルの森ですね。...ルークが、チーグルに囲まれてます」
「...か、可愛い...」
「あ、これは僕も写ってます。セントビナーで、一緒にお散歩してたときですね。ふふ、ルークと一緒の写真、嬉しいです♪」
「お、おう///」
「やっだぁルークったら照れちゃってーvv」
「まぁ、これはルークが髪を切った後ですわね。この後ティアが整えて差し上げたのでしたかしら」
「あ、そうね。うちのセレニアの花も写ってるし」
「これは僕とご主人様ですのー♪ミュウ、ういーんぐしてるですのっ!」
「ってかアオリじゃん、芸細かっ!」
「ここまでくるとプロのカメラマンの領域ですねえ」
アルバムを一枚めくるごとに思い出がよみがえってきて話に花が咲く。
何だかんだ、ルークも楽しそうに話に参加していたの、だが。
ふと、物凄く微妙な表情をして一人其れを眺めていたジェイドに、アニスが気がついた。
「あっれぇ?たいさぁ、どうして一緒に見ないんですかぁ?」
「ほら、此方なんて大佐も一緒に写っていましてよ?ケテルブルグ」
ナタリアも、こてんと首を傾げて見せた。
...ジェイドは、ジェイドらしくも無く、微妙な顔でしばし沈黙を続けて。
思わず、にぎやかになっていたメンバーは、その言葉の続きを待つべく、ごくりと唾を飲んでいつしか声を潜めていた。
そして、数秒、若しくは数分、あたりを沈黙が支配し。
そのあと、ゆっくりと、ジェイドが小さな呟きを漏らした。
「...私の記憶では、ガイが合流したのはタルタロスの後だった気がするのですが」
...。
...。
...。
...。
...。
「「「「「「あ」」」」」」
一斉に、全員の声がハモった。そういえばそうだ。
ガイだけがニコニコして、呆けているルークたちの顔をパシャりとカメラに収めているのだが(超小型、防水耐衝撃の最新型音機関カメラ、フォーカスもお任せである)。
その意味に気づいてしまったアニスとティアは、ぎぎぎっとガイの方になんともいえない...たとえるならばジェイドと同じ類の微妙な表情を向ける。
対して、よくわかっていないルークとナタリアとミュウは、そういえばどうしてだろうかと可愛らしく首をかしげているのだけれども。(イオンは、ニコニコ笑っているだけでその表情からは何も読み取れない)
「そーいえばそうだな。何で?」
「はははは、このカメラ、最新式だからさ」
「まぁ!!最新型カメラは昨今そんな機能がつきましたのね!すばらしいですわっ!!」
「すごいですのー!」
(おいおいおいおいおいおいおいおい)
アニスとティアとジェイドは、心の中だけで斜め四十五度に突っ込みを入れた。ドンだけ純真なんだ。チーグルはともかくそこの王族二人。
途端ガイの笑顔がなんとも胡散臭く見えてくるから不思議なものである。もしかして○トーカー?と声に出せないのは、何となくガイの体から発されている無言のオーラとも呼べるようなもののせいだろうか。彼は基本的に常識人で気も効くけれども、とかくこの赤毛のお坊ちゃまのこととなると...その、なんだ、アレであるので。
「...」
「...」
「...」
ティア、アニス、ジェイドはしばし視線を合わせて、同時に頷いた。
(考えないことにしません?)
(...その方が色々賢明な気がするわ)
(...非科学的なところを色々突っ込みたい気もしますが、これ以上私の繊細な心をすり減らすのもアレですからね。同意しましょう)
「おーい三人ともー、何こそこそしてんだ?これから、みんなで写真とろうかって話になってんだけど」
「娯楽の旅ではありませんけれども、素敵だと想いますわ。セルフタイマーも着いているようですから、全員写れますし」
三人の見解が一致したところで、のほほんとした王族組が手招き。
そちらを向けば、カメラを椅子に固定しているガイと、そしてその向かいでピント調整に付き合っているルークとナタリアがいた。
イオンも、ニコニコとしながらちょこんと置かれた椅子に座っている。
「ほら、せっかくだし皆で写ろうぜ。...?何変な顔してんだよ、三人とも」
「あ、あはは、なんでもないよっ!!アニスちゃんプリティーだから前ねっ!」
「ま、背の順から妥当でしょう」
「わ、私はミュウと...」
「ティアさんお願いしますですのー」
取りあえず考えないことにしようというところで合意を得た三人は、出来るだけカメラを調節しているガイの方を見ないようにしながら窓側へと移動する。
そのあと、取られた写真はまた現像を経てルークの思い出を一枚増やすことになるのだが。
...微妙に垣間見えてしまった疑問も一部の人間の心に増えたりもしたのだが、この際ご愛嬌といったところだろうか。
ニコニコと笑う金髪の剣士の顔からは、なんら真実を嗅ぎ取ることは出来なかったという。
華麗なる使用人は仕事人
いやむしろタイトルストー○―とかで良くないか...?
ほのぼのに見せかけて何か著しく間違っているのはこのシリーズの仕様です。
どうでもいいですが私がそのアルバムが欲しいんですが?(黙れ)
2009/6/29up