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無辜の島。
そこでルークは、静かに破壊された装置を見つめていた。
世界に、レプリカの数は『嘗てほど』多くは無い。この目の前の譜業機械から生まれるはずだった命を、その以前にルークが絶ったからだ。生まれないほうが幸せだったなどと、いう事は出来ない。ルークは、例え己がレプリカとて、この世界に生まれてきたことを感謝している。
けれど...だけど。
(ごめんなんて、いえないけど。)
すでに生まれてしまったレプリカたちは、モースの命令に従いマルクト軍を襲う行為をしてしまった。
彼らの自由意志ではないにせよ、オリジナルに対しての敵対行動を取ってしまった以上、残されているレプリカたちが何のてらいもなしに受け入れてもらえるとは思えない。
それを考えれば、これ以上世界にレプリカたちがあふれないことは一方で幸せであるのかもしれなかった。
(でも其れは違う...本当は、自分の幸せを掴むことができたレプリカだって、居たはずなんだ)
ぐっと握りこんだ手のひらに爪が食い込んで軋んだ。けれど痛いなどと思ってはいけない。
自分が殺した、生まれぬ命。それをルークは忘れない。彼らを救ったとか、そんなことではなく自分のエゴで命を犠牲にしている。きれいごとは、言ってはいけない。
物言わぬ墓標のような町の中央で。誰も知らぬ犠牲となった彼らのために。
瞠目し、ただ一度、ルークは深く深く、頭を下げた。


無色の未来


「ここは、私の罪の具現のような街ですね」
体調の優れないルークを考慮して、周囲の警戒にはほかのメンバーが当たり、ルークとジェイドが中の、レプリカ装置周辺の探索に割り当てられていた。
ここは以前、ルークがミュウと二人で旅をしていたときに訪れた一つで、他でもない目の前の装置はそのときにルークが破壊した。もちろんその以前に生み出されていたレプリカたちもいただろうが、幸か不幸か、世界にあふれるはずだった彼らはそのせいで生まれることは無い。
ジェイドの背にもたれるようにして荒い息を吐き、ぐったりと目を閉じていたルークは、そのジェイドの呟きに瞳を開けて彼を見上げた。
(ジェイド...)
彼は、ルークに出会えてよかったといってくれた。そのことで、彼の中でどうしてもぬぐえなかったフォミクリーへの罪悪感というものは一種昇華されたともいえる。けれども、だからといって罪が消えるわけではない。ある意味、世界の新しい道を切りひらきそして混乱にも陥れたフォミクリー技術の生みの親たるジェイドの心中は、この巨大なフォミクリー装置を前に穏やかではないだろう。
そもそもが、ホドの滅びた原因も幼いヴァンを使って超振動の実験を行ったためである。若かったとはいえジェイドも完全に無関係ではなかっただろう...そして、その廃墟は目の前にある。
眼鏡の奥、譜陣の刻まれた赤い瞳に浮かぶ色は窺い知れないけれど、ルークはジェイドが言われているような血も涙もない存在ではないことを知っている。...ただ、少しばかり不器用で、あらわし方を知らなかっただけなのだと。彼にだって、心はある。
だからルークは、預けていた体を反転させて、ジェイドの体を背中から抱きしめた。
とても広くて、大人の、暖かなジェイドの背中。
恥ずかしさで心臓はバクバク言っているし、自分には結局大人の包容力などかけらも無いのだとは思い知らされる。何度抱きしめても抱きしめられても、なれることなど決して無い。けれども。
ジェイドが少し息を詰める音が聞こえた。...静かな静かなこのフェレス島の中で、今はただ二人の鼓動の音だけが自分たちを支配する。
(アンタが居てくれたから俺は、アンタに出会えたんだ。...だからどうか、アンタがそのことを、後悔しないで)
こういうときに、声が無いことはもどかしい。伝えることが出来たらいいのに、自ら望んだはずのことなのに、今無性に己が声を懐かしく思う。
「ルーク...」
ルークの頭をなでるようにして首だけで振り返ったジェイドの顔は、思わぬ至近距離で心臓が一度跳ね上がった。人形じゃないのかと思ってしまうほどに精緻なつくりの顔は、けれど温度のある笑みを浮かべてありがとうございますと呟いた。
そして、そっと、ジェイドの唇がルークのそれに、重なる。
(...?へ?)
自分よりも少しばかり低い体温で、そして少しだけ引き締まった、唇。
目を閉じることも忘れて目をまん丸に見開いていたルークは、今時分に起きている状況を理解してようやく顔を真っ赤にしたけれど、まるで麻痺攻撃を喰らったかのように動くことすら出来ない。
ただ、何度もついばむように触れるだけの其れの感覚を、追っていることしかできなかった。
次いで、自然と緩んだルークの口元に、口付けはさらに深いものになる。
(-っ!!!!!)
流石にこれには硬直から解き放たれたルークが、気恥ずかしさから暴れて体を離そうとしたけれども、間近にあの赤の瞳で見つめられて其れもかなわなくなった。
(ず、ずりぃよジェイド...)
普段めったに無いからこそ、ルークはジェイドのこの、願うような視線に弱いのだ。
諦めたように瞳を閉じて、ジェイドの首筋に腕を回せば、角度を変えて何度も口付けられる。
やがて、ようやっと解放されたルークは、息を弾ませながら上目遣いにジェイドを睨みつけた。
もちろん、酸欠で潤んだ瞳のそれではさほどの効果はないのだが。
微笑んだジェイドがさらりとルークの長い髪をなで、そしてもう一度ついばむだけのバードキスを贈って、言った。
「この旅が終ったら、グランコクマに御出でなさい」
「...?」
「貴方のことなら陛下も気に入るでしょう。...ガイの屋敷だってあります。私の屋敷には殆ど人を雇っていませんから、気楽に暮らせますよ。幸い、部屋は幾らでも余っています」
ルークは、いきなりのジェイドの言葉の真意をつかめずに、ことりと首を傾げて見せた。
表情は陰になって上手く見れない。今までただの一度も先の話などしてこなかったジェイドがいま、その話をした理由を、ルークは上手く理解できずにいた。
飴色の、まっすぐな髪は至近距離でルークの頬を撫でて、見た目よりも柔らかなそれは、さらりとすべって気持ちいい。
何となく、手を伸ばしてその感触を楽しんでいると、また、ジェイドの言葉が続けられた。
「この旅が終ったら、私はまた、フォミクリーの研究を再開しようと思うんです。...どうしようもないくらいの罪にまみれた研究ですが、ひとつくらい、プラスにつながる事もあるのだと、知りましたから」
「!!」
少し顔を離したことで見えたジェイドの顔は、笑っていた。
あぁ、乗り越えたのだ。...彼の中で、もう大丈夫なのだ。罪は未だ褪せることなく残っても、痛みがあっても、もう、彼は大丈夫なのだ。
ジェイドの手が、さらりとルークの長い髪をすくいあげ、そしてそこに口付ける。
ジェイドのその手は決して綺麗ではない。沢山の命を奪い、そして、何かを沢山、傷つけてきた。
ルークだって同じだ。多くのものを奪い、傷つけ、そして、今だって、自分のエゴのために動いている。世界とか、そんな大層な名分など、実質存在はしないのだ。
人が何かをするときは、きっとそれはほとんど自分のためなのだ。人と言う存在は、多分綺麗なものなんかじゃない。けど、だからこそ。
(一つでも誰かのために、と思えたそのときがとても愛しいと思うから)
ルークは、彼を鼓舞する言葉をかけることができないかわりに、そっと、ジェイドの背中に手を回し。
(頑張れ...頑張れ、ジェイド)
ただ全ての想いが届くようにと、そう祈りながら、ぐっと抱きしめる腕に、力をこめた。


中の装置を検証し終えて外に出ると、妙に浮かない顔をしたアニスと、そして仲間たちがいた。
何かあったのだろうか?否、もしも何か危険があれば流石に争う音が聞こえたはずだ。戦闘があったわけでは少なくとも無いはずで。
その表情のわけが知りたくてルークが視線を走らせれば、丁度視線が合ったガイが、少しばかり話しづらそうに教えてくれた。
「...ここは、アリエッタの故郷だったんだってさ。ホド諸島の島、フェレス島。俺も以前に、ここがまだ美しかった頃に、父上や姉上に連れられてきたことがあるから覚えてるよ」
とても綺麗だった。と少しばかり遠い目をしていったガイの言葉に、嗚呼、アリエッタが来たのだ。...ルークは其れを理解した。
トクナガをぎゅうと抱えて顔をうつむけるアニスは、何かアリエッタと言い争いをしたのだろうか。
問い詰める事もなく、ただ静かにアニスに視線を送っていれば、やがて、小さな呟きの音を拾う。
「...あの子さ、『アリエッタのイオン様は一人だけ』って言ったんだよね。でも、ヴァン総長に、このフェレス島を過去の、住民のいた姿に戻してもらうんだって言ったんだよ。...それって、すっごい矛盾じゃん。多分あいつ、イオン様がオリジナルじゃないって気づいてる。それなのにどうして、総長に従ってるのか、あたし、わかんないよ!」
アニス...とナタリアがその小さな肩を抱いた。やりきれないのだろう。アニスはきっと、口で言うほどアリエッタを嫌っては居ない。争いたくは、無いはずなのだ。
それでも人は、アリエッタも、どうしても譲れないもののために矛盾を覚悟で命まで賭ける。だからこそ、やりきれない。
ルークは少しだけ目を細めた。...そして、ふいに、障気のなかぼんやりと浮かび上がったプラネットストームへと首を向ける。
(師匠...貴方の譲れないものは、そこにあるんですよね)
世界を愛するが故に、オリジナルの世界を破滅に導いてまで己を貫くそれが、正しいとはいえない...けれども、間違っていると断罪する傲慢さは、ルークには、ない。ルークだって、己の望みだけでここまで来たのだから。
視線を少しだけ、傍らに立つジェイドに移して、そうして少しばかり、瞳を閉じる。

(でも、偽善かもしれないけど、出来れば貴方には、この先の世界を見て欲しいです)

ルークの心に呼応するように、懐にしまったセブンスフォニムの結晶が、熱を上げた。





まとまりがない上にお待たせして申し訳ありません。
連載の中で一番糖度の高い回になっちゃいましたよ管理人は書いていて大変恥ずかしかったです。
ちなみに。
アリエッタが戦う理由は、オリジナルイオンがヴァンの計画を望んだから、なんて勝手な解釈しております。彼女の戦う理由は良くも悪くもイオン様。
2009.7.12up