何千年、何万年経ったって。
この世界を愛しいと思う。


「無事で何よりです、皆さん」
ダアトの教会に入るなり、待ち構えていたようにイオンが出迎えてくれた。障気の影響はあるだろうけれども、過酷な旅路からは解放されている今の彼はそれでも顔色は悪くない。
抱きついてきたその身体は、きちんと温かく、脈動が彼を生きているのだと教えてくれる。
...『あの時』見ることのかなわなかった、『今』のイオンの、鼓動を。
知らずほっと息を緩めたルークが、ぽんといつものように頭に手を乗せれば、その大きな碧の瞳を笑みの形にして、ふふ、とイオンは笑ってみせる。
イオン様、と最後尾で小さく呟いたアニスにも微笑みかけて、
「...いかが、でしたか?」
そうして、すぐにイオンはダアトの最高責任者の表情へと移った。
それを冷たいとはルークは思わない。むしろ、まず個人として面々の無事を喜んでくれたイオンの精一杯の優しさが、何より暖かだったから。
常は宝珠に包まるようにしてルークの体内に納められているローレライのかけら(大半は宝珠によって押さえられているとはいえ、およそレプリカ一万人分に相当する音素の塊だ。外に出すだけで、一瞬にして息苦しさを覚えるほどの圧迫感を発していることが知れる)を示してみせれば、ほんの少し瞳が見開かれて、そして少しだけ哀しそうな表情で持って、「そうですか...」とイオンは目を伏せる。
恐らく、イオンはこの先...この第七音素をどうやって障気を払う術にするのか、予想しているのだろう。優しいイオンは、其れを知っても、ルークが望む限り口にしたりはしないのだろうけれども。(其れは、彼が、たった二年を生きたに過ぎないにも関らず、己の願いを表す術を知らないせいでもあるのだろうけれども)
「陛下たちは」
降ってきたジェイドの問いかけに、思いつめていたところからはっとしたように顔を上げたイオンは、すぐに心得たように頷いてみせる。
その横顔はどこか、以前よりも大人びて見えて、イオンがルークの記憶にあるのとは異なる『時間』を今も刻んでいるのだと思い知らされるような気がした。
「もういらしています。テオロード市長も、インゴベルト陛下もすでに。...アッシュも」
その名前を聞いて、あっしゅ、声にならない声がルークの唇から零れ落ちる。
少し視線を走らせれば、ナタリアが切なそうに石畳の床に視線を落とすのが分かった。...彼女はもう昔の夢にアッシュを重ねてはいないだろうけれども、それでも、アッシュを想っているのだ。...ルークが、『ジェイド』を過去にしても、ジェイドを想っているように。
アッシュにはすでに、このローレライのかけらを回収する際に音素を用いて障気を払うことは伝えてある。...内心は複雑なところもあるだろうが、その方法にアッシュの持つローレライの鍵が必要である事もすでに話している上でのことなので、来てくれたという事は協力を了解してくれたということだ。...彼の中で、100%納得しているわけでは、ないだろうが。
「分かりました。では、陛下たちにはこちらから障気中和についてお話します。イオン様もこちらに」
「はい...」
聖堂に向かうイオンの足が鈍いことに気づいたものはどれだけいただろうか。(アニスであれば、あるいは感づいていたかもしれないけれども)
それでもルークの意志を信じて『それ』を口にしないでくれているイオンに、心の中で最大の感謝を捧げて、ルークもまた、仲間たちを追いかけるように聖堂へと足を向けた。


「来たか」
まず迎えてくれたのはピオニーで、次いでその後ろにはインゴベルト、テオロード市長。
アッシュは少しはなれた脇の柱にもたれるようにして腕を組み、ちらりとこちらに視線をよこしただけではあったが。
ここに彼らが集まっている理由は一つ。障気問題の解決、及び数は多くないものの世界に散らばる最低限の刷り込みしかなされていないレプリカたちの保護などの事項に、国境を越えての協力関係を築き上げるためである。
ちらりと周囲を眺めて、全員を確認したあとに、正式なマルクト軍の礼を取ったジェイドが口を開く。普段、信者を集めて礼拝を行うこの聖堂には、彼の落ち着いた声はよく響いた。
「ローレライの鍵はアッシュの持つそれだけでは不完全ですが、ルークの持つ宝珠をあわせることで完全になります。それを用い、この第七音素と超振動を使えば、理論上障気の中和は可能です」
すでに鳩は飛ばしてあったために、障気解決の手段が存在していたことは伝えてあった。
けれども、今初めて(アッシュ以外には)明かされたそのとんでもない方法に、誰とも無くざわめきがこだまする。...それはそうだろう。仲間たちですら、初めは信じられないと目を剥いたほどだったのだから。
「超振動を使うものの体の負担は避けられませんが、アッシュとルークのそれ、あとは完全なローレライの鍵を合わせ、大譜歌を使うことで最大限にまでフォローを高めます。...多少寿命が縮むことにはなるでしょうが、これで術師も耐えうるはずです」
「成る程な。...やってくれるか、ルーク、アッシュ」
懐刀であるジェイドの説明にいち早く頷いたのは矢張りピオニーで、ルークとアッシュ、双方に意志を問うてくるその姿勢は、一国の皇帝でありながら拒絶の選択肢も残してくれている。あぁ矢張りこの人は人の上に立つ器なのだと、ジェイドの主なのだとぼんやりと感じた。
薄い空色の瞳は、まっすぐに二人の碧を捕らえて、そして静かに聞いてくる。
幾ら大譜歌やローレライの鍵でフォローするとはいえ、危険は残るこの賭けを、強制することをしないその真摯さは、只人には真似もすることは出来ないであろう。
「そこの屑と協力というのは胸糞悪いが、断る理由は、ねぇだろうな」
まず、アッシュの応え。
そして、自然全員の視線がルークに集まったところで、ルークもこくりと頷いた。
そもそもが、この計画の発案者はルークなのだ。専門家のベルケントやシェリダンの面々、ジェイドに計測や計算を頼ったとはいえ、ここでルークが断るいわれは無い。
視界の端で、イオンがまた少し何か言いたそうな顔をしているのが見えて、ずるいとは分かりながらもルークは微笑んでみせる。...「ずるいですよ、ルーク」彼の唇が小さくそう呟くのが見えたが、それはルーク以外には恐らくは届いては居ないのだろう。誰もが、今は世界を覆う障気を消し去ること、それに心をくだいているのだから。
「場所はレムの塔だったな。...今日は一日を休養に当ててくれ、宿は用意してある」
「ありがとう御座います」
ジェイドのその言葉が、その場を取りまとめる最後で。
恐らく、三国間の話し合いでまだ続きがあるのだろう国の代表者たちをその場に残して(護衛としては、セシル将軍とフリングス将軍が着いている。めったなことはないだろう)、メンバーは一時、解散となった。


光を目指して






すいません短いです。
どうしようかなぁと想ったんですが、やっぱりメンバー訪問は欠かせませんよね!!(自己満足)イオン様がかなり思わせぶりなのは置いておいて、きっちり皆とおしゃべりですお♪アッシュも居ますしね!
というわけで、次回から2,3人ずつと対面バージョンです。そこまで長くはないと想いますけどね、ジェイド以外!!(ここ重要)
いや、最近みんななんだか空気なんだもの(汗)
2009/7/27up