Side:T -Sing a holy song for him, the goddess of mine.-
「...ねぇルーク、少し時間をもらえるかしら」
ティアは、振り返る事もなく、後ろにした気配にためらい無くそう問いかけた。
なんの応えも無かったし、ティアはそもそも入ってきたのが誰だったのか、確かめすらしていない。
けれども、それをせずとも分かるほど、『彼』の気配はとても優しくて。
いつからだっただろうか、最初はただ一人で何かを抱えて無茶をしていた彼のことを正直侮蔑の対象としていた時だってあったというのに、そんな自分の独りよがりな傲慢すらも受け止めて微笑んだ彼を、一人の人としていとおしく思うようになったのは。
彼は、常にどんなことを言われどんな態度を取られたとしても、仲間たちをただ穏やかに見ている人で。...でも悔しいことに、彼の一等は、常に『あの人』に向けられていて。
そもそも彼を勝手に見限った自分に、今更そんな資格はなかったけれども、それでもそこそこ、『あの人』を羨んだりもしたものだ。それでも、自分は最初から彼を応援していたいと思っていた。其れくらい、とてもとても、いとおしさの滲む、ただ純粋な想いがそこにはあって。
自身がティアの兄によって造られたレプリカと知り、そして話すことも出来ず、ただ黙して体すら省みずに走り回り傷ついてそれでも人を、オリジナルもレプリカも含めたこのありのままの世界を愛することをやめない彼を、いつしかティアは、尊敬していたのだ。
そして、それと同じくらい、幸せになってほしいと願っていた。ほんの少し旅の中で垣間見せてくれた彼と、そしてあの人との間には、きっとティアが見たいと願うものがあるはずだったから。
(...其れでも、)
ティアが振り返れば、勿論予想通りルークの姿が少しうしろにあった。
きょとんと首をかしげ、肩にはまるで定位置であるかのようにミュウが乗っていて愛らしい。
その様子に少し微笑んでから、ティアはごめんなさい。と頭を下げた。
「?」
どうしたんだ?多分そう彼の唇が動いていることくらいティアにも想像がついた。自分は驚くほどにずっと、彼のことを知ろうとはしていなかったけれど、それでも、彼が言おうとしていることくらいはもう分かる。
これは自分のエゴだ。分かっている。
今更謝ったところで、如何にもならない。そして、彼は謝罪など求めない。それでも。
(其れでも私は、せめてまっすぐに貴方を見ていたい)
ただひたむきに、何をおいても、ルークは前を見続けていた。何も知らなかった自分たちのどんな糾弾すらもまっすぐに受け入れて、そして、ずっと自分たちを信じてくれて、今も肺腑を冒すこの障気から目を逸らすこともせず世界を光で照らそうとしてくれている。
それが当たり前だと思っていた時期があった。ルークはアクゼリュスの大地を落とすという罪を犯した、その償いだと。
ならばホドの償いは誰がしたのだ。アクゼリュスとて、崩落を知っていた誰もが見て見ぬふりを貫いた、その償いは誰がしたのだ。
一人、まっすぐに罪を見据えて逃げないルークに全てを押し付けて、見下し、そして枷を負わせて尚彼は、誰も恨まず。
たった一人が死に物狂いで支えなければならない世界とは何だ。...生すらゆがめられて生まれてそして運命すら捻じ曲げられた命が、けれど今燦然と輝いて見えるのなら其れは、彼の光なのだ。柔らかに命を照らす、焔の光。
ティアは、知らず口元を歪めていた。気を抜けば涙がこぼれそうだった。
彼の顔色が悪くなりだしたのはいつからだ。食だって、気づかなかっただけで段々と食べる量も減っていた。もしかしたら夜も眠れて居なかったのかもしれない。一旦メンバーと距離を取っていたあのときに、一体どれだけの無茶をしたのだろう。
(残酷な人。本当に)
恐らくその血の残りの一滴までも、笑顔で彼は捧げるのだろう。それがどれだけ歪んでいるのか、多分気づかないままに。
そして、血を流す彼をまた自分たちは戦地へ送り込むのだ。...ああどうか、世界を障気から救ってください!!そう祭り上げて。
やめて、もう、そっとしてあげて!!
...叫びたい自分は、本当に醜いエゴの塊だ。本当はきっと、ルークの前に立つことすら相応しくはないのだろう。ダダをこねる子供と同じだ。
ありがとうなど、自分の口から出るに相応しい言葉ではない。そんなもの、彼に捧げて良いものではない。だって、これから自分たちは、ぼろぼろの彼をさらに、追い立てるのだから。
『大丈夫か?ティア』
それでも、ルークは心配そうにティアを覗き込んでくるものだから、思わずティアは言ってしまった。
「ばか...」
涙混じりに、歌を生業とするフォニマーとしてはあるまじきかすれ声という失態を犯してしまったけれども。(いつ何時も、堂々と歌い上げなくては職業軍人たる資格などないのに)
なんて優しい残酷な人。きっと、ルークはティアの謝罪など受け取ってはくれない。大丈夫だよと笑って、幾らだって血を流すのだ。
だからティアは、きっと一生で最後の言葉を、彼に贈った。やっぱり涙交じりの、とても変な、ところどころひっくり返った、しゃくり声で。
でも飛び切りの、全ての、醜い自分の多分少しだけはあるだろう綺麗なものを、全てこめて
。
「大好きよルーク。だから帰ってきて、無事に」
愛してるとは、多分一生言えないから。
きょとんと目を瞬いて少し顔を赤くした彼をこの上なくいとおしく思いながら、ティアはせめてもの精一杯のあの人への嫌がらせをこめて、少しの背伸びをして、ルークの額に口付けを贈った。
Side:N - Fairy tale-
「来てくださいましたのね、ルーク。お茶もお出しできずに申し訳ありませんわ」
少し冗談めかして言えば、くすくすと喉を鳴らして笑うのが見えた。ナタリアの大切な三人の幼馴染のうちの、一人。
例えナタリアが偽物だと知っても、其れすら含めて信じると言ってくれた、逃げようとしていたナタリアの背中を押してくれた人。
だからこそナタリアは、キムラスカを背負う自分に、胸を張っていられる。
あの日、ともにキムラスカを導こうと誓ったのはアッシュであった。その思い出に、まるできらきらしいそれにすがって何も視ようとしていなかった自分が、今曲がりなりにも目の前の瞳を見据えられるのは、誰でもないルークの、お陰なのだから。
自分がルークのために出来たことなど少ない。否、誰もが誰かのためと唱えながらこの世界はきっと自分のために存在している。それは当たり前のことなのだ。自分の存在意義は自分ひとりの世界ではきっと見出すことなど出来ない。
だとしたら、誰かのためと思う気持ちは何処へ行くのだろう。...色を付けるとしたら自分の其れは決して真白などではないだろうと思う。でもそれでも、ナタリアは祈らずには居られない。
「ねぇルーク。貴方はわたくしの大切なもう一人の幼馴染でしてよ?いいこと、これが終わったら、貴方は少しお休みなさいませ。そして、ねぇ、虫のよい話だと嗤われるかもしれませんけれども、そのときはわたくしに、王女でもなんでもないただのナタリアに、お疲れ様を言わせてくださいましね」
ナタリアは、この障気中和において果たせる役目など殆どない。せめても、レムの塔の最上階まで彼らが向かうのを補助し、そして何かあったときのための回復をこなす、其れくらいしかできない。
どんなに自分がそこにありたいと願っても、二人の大切な幼馴染の手を握ることすら赦されない。
昔、城のベッドで母親...育ての母に読み聞かせてもらったおぼろげな記憶の御伽噺では、お姫様と王子様は全部めでたしめでたしで結ばれて。子供心にとてもとても憧れて、そしてその憧れをそのままアッシュや、ルークに押し付けてきてしまったけれど。
(それでも、お姫様がお城のお部屋で王子様をお待ちしなくてならないなんて法律、何処にもありませんでしてよ)
せめて、ナタリアはナタリアのできる最善の方法でもって彼らを守るのみだ。自分には何も出来ないのだと嘆いて、何もしない自分などもう要らない。
「よくって?貴方は将来わたくしの義弟になるんですわよ?...世界の誰よりも、わたくしよりもお父様よりも誰よりも、幸せになってくださらなければ困りますわ!!」
なんだそれ、とルークが笑った。無理のない、この七年間で見慣れた、ナタリアの好きな笑顔で。
レプリカであっても何でもあっても、『誰であっても』、ルークは、彼は、ナタリアの大切な幼馴染なのだ。少しやんちゃで、いたずら好きで、剣術が好きで、海老が好きで、チキンが好きで、人参が嫌い。
世界は確かに、誰のものでもない。
でも、誰かだってきっと誰も、世界のためなんかには生まれてこないのだから。
国のためを第一に思わなくてはいけない王女たる自分としては失格だと心の中で舌を出しながら(勿論心の中で、である。そんな真似は絶対にしないが)、嗚呼それでも、そのほうがきっと世界はうつくしいだろうと思う。
ナタリアは、ヒールを履いてしまえばほとんど視線の変わらないルークの頭を、そっと胸に抱きこんだ。
ルークが真っ赤になって暴れるのが分かったけれども、すこしばかりレディとしてははしたないことをしているのも分かっていたけれども、こうしなければ、みっともない表情を見られてしまう気がしたから仕方がない。
「貴方は、世界のためではなく、貴方のために生きてくださいまし、ルーク」
もう少し我侭を言ってくださったほうが、義姉としても躾のしがいがありますわ。
結局余計な一言を混ぜてしまった少し後悔、それでも。
「...貴方に幸福を、ルーク」
緋色の絹糸に落ちた一滴の水を、見られずに済んだことに心底ほっとした。
Side:I -言祝ぎ-
「ルーク、貴方は...」
イオンは、導師の私室へとやってきたルークに挨拶もそこそこに詰め寄りかけた。
アニスには悪いが、きっときてくれるだろうと思っていたから部屋の外で待っていてもらっている。どうしても、ルークには二人きりで聞きたいことがあった。
それでも、苦笑気味に近寄った自分の肩をやんわりと押さえてみせるルークにどこか苛立ちを覚える自分に少し驚いた。...今までほとんど波打つこともなかった感情が、最近あふれてくるようになって此方、どうにもこうして時折制御できなくなる。
それはある意味で彼の“反抗期”とも呼べるささやかな成長であったのだけれども、勿論そんなもの、イオンには分からないが。
しぃ、と人差し指を唇の前に当てる仕草をされて、ますますイオンは眉根を寄せた。イオンは、イオンだからこそ知っている。ルークの体に溜まっているものは、疲労なんかじゃない。
このオールドラントを冒す障気は、ルークの内側を食い破ろうと今も暴れているのだ。曲りなりに彼が其れを抑えているのは、薬の力があるからに他ならない。
そして多分、これは予測でしかないけれども。
ルークは、イオンにくるべきだったものを、引き受けてすら居る。
どうしてそんなことが出来たのか、いや、本当にそうなのか確かめる術はこの目の前の彼に問い詰めることしかないけれどもルークはきっと答えてはくれないだろう。ルークは嘘はつかないけれども、答えたくないことならば頑として答えないのだから。
疲れてしまったのだろう、腕の中ですやすやと眠るチーグルを大事そうに抱えながら、ルークはいつものようにイオンの頭を優しくなでてくれる。
本当にあるのか、そもそも親も無く冷たい譜業の中から生まれた自分たちにそんなものがあるのかもわからないけれども、ずっとイオンはルークのことを懐かしいと感じていた。
不器用に、大切なものを守ろうとする姿も、イオンをイオンとしてみて笑いかけてくれる笑顔も、今まで反抗を知らずに導師という道具として生きてきた自分にとって初めて出来た執着。
イオンは、知らずルークの服の端をぎゅっと握り締めていて、そうして、うつむきながらいった。
「...いかないで下さいルーク。お願いです」
導師としては、こんなの失格だ。分かってる。
でも、あの現実主義であるジェイドが予想しているよりもはるかに、ルークの体が蝕まれていることを知っているのは自分ひとりなのだ。義務でもなんでもなく、ただイオンはこの友人を失いたくはなかった。
バカだ、分かっている。この心優しい友人の心を痛めるだけの結果になると分かっている。それでも。
「こんなときに、レプリカであることが少し恨めしいですね。...僕は、見守ることすら許されない」
自嘲気味に呟く自分など、嘗て想像できただろうか。決められたことをして決められたように生きて決められたように死ぬはずだった自分が。
それだけ、ある意味で無気力であった自分をこの人は突き動かした。...一見穏やかなように見えて、きっととても熱い、炎だから。
「分かってください、僕は貴方に行って欲しくありません。望んでなんかいません。...導師、失格ですね」
ありがとう。
そう、呟かれた瞳が、きっと困っているのだろうと思いながら見上げれば、そこには全部を受け止めて尚静かな碧。
ああ、絶対にかなわないとイオンはくらくらする頭で思った。ルークは、イオンの気持ちを全部知った上で、謝罪ではなく感謝を述べた。
(ずるいですね、ルーク...そうされてしまえばもう、僕は何もいえないじゃないですか)
ならばせめて、せめて。
「導師の名の下に、貴方にユリアの加護を」
自分に出来る、精一杯の言祝ぎを、イオンはルークに贈った。
自分の瞳から漏れた一滴には、気づかないふりをして。
さてフェードアウト気味だった面々を出してみました。全部女性陣だとアレなので、イオン様も。
次回アニス、ガイ、アッシュです。大佐はピンですよ勿論。
えーと、話が全然進まないんですが、一応大佐の後レムの塔になります。ディストが出るかどうかは不明。
今回、わざわざここで仲間たちをそれぞれに出した理由は、ちゃんとルークが大好きだってことを皆から伝えて欲しかったからです。ずっと、このお話の中ではルークが皆を大好きだってことしか伝えていませんでしたからね。人によってネガティブだったりポジティブだったりするのは、その人が乗り越えているかまだ乗り越え途中かによります。
次は出来れば二本一気に、行きたい...もうすぐクライマックスですが、その前にもうひとつ、ずっと回収できていなかった複線を回収するつもりです。このお話を書いた最初から、ずっと描きたかったところなので、ガンバリマス。
でも、暫くまた暗いです。多分(笑)
2009.8.2up