Side:A -Not say the word.-
「イオン様とお話、終ったの?」
---ごめんなさい、どうしても、ルークと二人で話したいことがあるんです。...彼がここにきたら、そのまま通してもらえますか?
すまなそうな顔をしてそう頼んできたイオンに、否やはいえなかった。...そもそも、一度裏切っている自分を未だ、フォンマスターガーディアンとして在籍させてくれる彼の、たっての頼みをアニスが断れるわけがない。...そうでなくても、アニスは出来ればイオンの願いをかなえていきたいと思っているが。
だから、ルークがこの部屋の前にやってきたときに、ぐいぐいと彼をイオンの部屋に押し込んだ。そして、先ほど出てきたのだから、イオンとの話は終ったのだ。問いかけは、ただの確認だった。
「...ねぇ、ルーク。聞いてもいい?」
碧の瞳が、まっすぐに此方を見てくるのは、実はアニスは出会った当初から大分に苦手で。
話せない、ということが自分の意思を相手に伝える手段がないということとイコールではない、というのを知った。ただどんなときもまっすぐに、話している此方の目を見ているルークが、ルークの瞳が、苦手だった。
けど、考えてみれば、モースがアニスの目を見て話すことなんて無かった。いつも、アニスなど視界に入っていないかのような、そんな様子だけで用件だけを伝えてきた。別に、アニスだってそれで構わなかった、構わないと、思っていた。
でも、違うのだ。...相手の目を見るということは、『相手』を見るということ。簡単なようでいて、言葉に頼りがちな自分たちが忘れてしまう、大切なこと。
それを、ルークが教えてくれた。皆を裏切っている間、自分が誰かの目を見て話していなかった事も、後で気づいたことだ。だからせめて。
「...ルークは、誰のために、頑張ってるの...?」
吸い込まれそうなほどに綺麗な、目を逸らしてしまいたくなるそれを、踏ん張ってしっかりと見据えて、問いかける。...それはずっと、アニスがルークに問いかけたいと思っていた疑問だった。
アニスのその言葉に、ルークの瞳が少しだけ、揺れる。
自分のために、というのはきっと正しい。誰だって、人のためといいながら、どこかで自分のために生きているだ。
けれど、ルークが。ルークが、例えアクゼリュスの罪を償いたいと思ったとして、レプリカで、最初からアクゼリュスを落とすためだけの捨て駒として造られた彼が、其れを恨まずただこうしてここまで世界を救うために動けるものだろうか。
アニスも最初は、ルークのことをレプリカだからとただ馬鹿にしていた。...でも、旅を続けるに連れて、自分のことを少しも省みていないようにさえ思われるルークのことが少し怖くなって、そして、哀しくなった。
今だって、当たり前のように、障気の中和へと向かうようになって、世界の期待を背負って。『皆』にとってそれは一番良い方法だろう。けれど。
アニスは怖くなったのだ。...ルークはちゃんと『自分』がいるのか?もしかして、からっぽなんじゃないのか、だから、自暴自棄になってるんじゃないのか...そんな風に思ってしまったから。
「ねぇ、怖いんじゃないの?怖くないわけ?...どうして、そんなに、頑張れるの...?」
ぎゅっと、ルークの白い服の裾を掴んで、ついにアニスは視線を床に落としてしまった。アニスが問いかけている間中、全くアニスから視線を逸らさないルークのそれに、耐えられなかったから。
まるで全てを見透かされているようだ、とさえ思う。...汚い自分の、全てが。
ぐっと、知らず力の入ってしまったアニスの手を、そっと、ルークの手が掴んだ。
それが、まるでぞっとするくらい冷たくて、アニスは思わずはっとルークを見上げる。
そこにあったルークの顔は、ただ微笑んでいた。
「何、これ。...なんで、こんな、つめた...」
大丈夫だ、と小さく動く口。アニスは、思わずルークの腕を掴んだ。
矢張り、冷え切っている。...例え、アニスが子供で、少しばかり人よりも体温が高いとは言っても、これは...。
『これは、おれのためだよ。...こわくない、っていったら、うそだけど』
アニスの手をそっととってかきつけられたルークの言葉に、背中がぞくりと震えた。...自分は、いや、自分たちは、今からとんでもない間違いを犯そうとしているのではないのか?そんな疑問が頭を掠めて離れない。
思わず、何も考えず。
アニスはルークに抱きついていた。...少しでも、ルークの冷え切ったからだが温まってくれれば良い、そんな子供じみた衝動で。
あふれてきた涙を見せたくなくて、ぐいとルークの服に目を押し付ければ、そっとアニスの頭をなでる優しい手。
それでこらえていた何もかもが決壊して、アニスはただ、暫くその優しい手の持ち主のために、泣き続けた。
Side G -勿忘草-
「ああいいよ、別に。少しばかりゆっくり話してくれれば、十分分かるからな」
紙とペンを取り出そうとしたルークを、ガイはまず制してそういった。そう、ガイは、ルークが言葉も記憶もなくして...本当は、生まれたばかりだったわけだが...世話係りになったときから、ルークの意志を汲み取る手段として読唇術を学んできた。少しばかり唇の動きに気をつけていれば、会話に不自由することはない。
それが、ガイがこの七年間で培ってきたものだ。そればかりは、まだジェイドにも譲れないと少しばかり青い想いが存在しているほどに。ルークも、だからガイの前では昔から結構なおしゃべりでもあった。
「髪、少し伸びたな。...毛先が少し痛んでる。後で切ってやろうか」
本当は、かけたい言葉が沢山あるのに。...あの時、ルークを刺したあのときから、ルークがガイに向ける信頼も何もかも少しも変わらなかった。ガイが何度迷っても、そのたびに揺らがないこの緑が導いてくれたからガイは踏みとどまれた。...礼を、言いたいと思っているのに、出てくるのはこんな、どうでもいいような他愛もない言葉ばかり。
あー、と唸りながらガシガシと頭を掻いていると、こてんと傾げられた首が此方を向いていて苦笑してしまう。そう、いつものルークの癖だ。言葉で問いかけることが出来ないから、わからなかったり疑問があったりするときは、こうして大きく首を横に傾けてみせる。
「ああ、悪い...いや、なんかな。実感がわかなくて、な。お前が、こうして世界中の障気をぶっとばそうとか、そんなことをすることになるなんて、思いもしなかったから」
上手くいえない気持ちをそれでも言葉にしてみると、どうにもしっくりとこなくてまた頭を掻いてしまう。言葉で、何かを伝えるというのは実はとても難しい。
『別に、ガイが緊張してもしゃーないだろ』
苦笑交じりに動く唇に、ガイはそりゃそうなんだけどな、と呟いて続ける。
「お前、緊張してるだろ。だから、何となく、な」
言ってやれば、ぎょっとしたように目が見開かれるのが見える。どうやら、ガイに気づかれているとは思っていなかったらしい。
おいおい、と笑いながら、ガイはぽんとルークの肩を叩く。
「お前、何年の付き合いだと思ってる?こちとら、お前が歩く前からお前のこと、ずーっと見てるんだぞ?...お前が、今も前も、無理し続けてるのだって、ほんとはずっと、分かってたさ」
『...ガイ、俺は、別に...』
「別になんともない。とかいうなよ?ガイ様はお見通しってね、これでも、お前の兄貴分のつもりなんだよ、俺は」
何度も、眠っている幼いルークの喉元にナイフを突きつけたり、首を絞めようとしたり、それでも一度も実行することが出来なかった。
自分に寄せるルークの絶対の信頼は、多分、身分など関係なしにガイが得た、初めての友情で。
全てのしがらみを、帳消しにしてしまえるほどの、記憶と思い出を、ルークはくれた。...この七年間、色々といたずらにも付き合ったりもしたけれど、それが全部自分の演技だったなどと、ガイには思えないから。
だから。
「もう終っていいんだぞ、ルーク...世界なんて、放っておけ。お前一人が辛い思いをしなくちゃ救えないようなら、もうそれは、お前の責任なんかじゃないんだ」
これはガイの、心からの言葉。
世界のためだから、などと、最初からルークを、『焔の光』を捨てようとしてきた人間たちが何をいまさら言うのか。障気で肺が腐り落ちて人類が死に果てるのならば、いっそそれでいいではないか。ルークの無邪気な笑みが翳ったのはいつからだったか、もう其れさえも思い出せない。
『ごめん、ガイ。それは、出来ない。これはずっと...俺が、決めたことだから』
ここでルークが頷かない事だって分かっていた。...本当だったら、今すぐ殴って、気絶させて、どこかにさらっていってしまいたい。もう十分だよ、と誰も言ってやらなかったから、この子供は止まるべきときを知らずにここまで来てしまった。
『俺は、後悔しないためにここまで来た。だから、これでいいんだよ、誰のためでもない、俺のためなんだ』
あぁ、どうして。
この障気にあって、輝きを失わない焔の輝き。...ガイを、闇の中から拾い上げた光。
少しも完璧なんかじゃない、その強さを、いつからか愛しいと思えたから。
「なぁルーク。これが終ったら、お前に話したいことがあるんだ。...少しばかり、時間作ってくれるか?」
宝刀ガルディオスを持って、彼に捧げることを、もうためらうことなどない。
Side:Asch -始まりの鐘-
もう、オラクルの私室など片付けられたかと思っていれば、しっかりとそのまま維持されていたことには素直に驚いた。聞けば導師の命だという。あのぽやぽやとした子供の、意外と強かな面を垣間見たことは、少しばかり意外ですらあった。
やはり旅先の寝具よりも妙に馴染むそれらは、何も持たなかったはずの自分の七年間の何かをしっかりと詰め込んでいて、ここで時を刻んできたことを静かに証明している。
そっと、ライティングデスクに手を滑らせればそこには埃の一つもなく、恐らくは誰かが定期的に片付けていたのだろうことが知れた。
バチカルを、半ば無理やりに連れ出され、同時にやっと超振動の人体実験からは解放されて。
その代わり、その手を幾重にも血で染めた。鮮血のアッシュの二つ名は、何もこの血の色をした髪からきているばかりでは、決してない。
(あの屑は、俺の居場所で、ただのうのうと生きてきた。...そう、ずっと、思ってきた)
ぼふりと、寝台に横になれば、シーツからかすかにかおる洗剤の匂い。
少し瞳を閉じて瞼に浮かぶのは、あの自分のレプリカの顔で、ずっと抱いてきた殺意ににも似た憎悪は、何故かかけらも浮かんでは来なかった。
こんこん。
ノックされた音に、身を起こして入れ、と短く告げれば、そこには己がレプリカの姿。
本当に自分から作られたのか、と思うほどに似ていないと感じてしまうのは、あるいはそれが個性というものなのだろうか。緩んでいる目元をぐいと引っ張りあげたい衝動に駆られるのは、あるいはそれが自分の顔だからだろうか。
「...何のようだ」
自分でも意外なほどに、静かな声が出た。
この、自分のレプリカに苛立ちを覚えなくなったのはいつからだっただろうか。前の自分であれば、このレプリカルークに協力するなど有り得ないとがなりたてていただろうに。
あらかじめ用意してきたらしいノートに、さらさらとペンで書き込む音がして、そしてその、少しばかり癖のある文字に目を通して改めて、アッシュはルークを見上げた。
「...謝罪の一つでも書いてあれば、今すぐ切り倒してやったものを...運がいいな」
そこに書かれていたのは、協力してくれてありがとう。とその一言だけ。
「別に、貴様のために協力するわけじゃない。ただの利害の一致、それだけだ。勘違いするな」
アッシュが今、この障気の中和に協力するのは、世界に消えてもらっては困るからに他ならない。
一つはナタリアとの約束であり、そして一つは...師であるヴァンに、この手で引導を渡すため、そしてもう一つ...ローレライを解放して、一発ぶん殴るためでもある。
別に、このレプリカに頼まれないまでも、障気の中和は行うつもりで居たのだ。...ただの効率化、それだけ。
---それでも、いいよ。...それと、もうひとつ。ありがとう、アッシュ
。
「...何の話だ」
再度繰り返された感謝の言葉に、眉を顰めればまたさらさらとペンのすべる音。
---おれは、この世界に生まれてきてよかった。...だから、ありがとう
「...」
---アッシュに会えてよかったよ、だから、ありがとう。
滑り落ちる感謝の言葉に耐え切れずに、途中で思わずアッシュはノートを取り上げていた。
あ、と声のない声で手を伸ばすルークの手からそれを隠して、むずがゆい言葉達の書かれたページを破り取ると、ひょいとまたルークへとそれを放る。そして、その眉間にびしりと人差し指を突きつけた。
「俺のレプリカならばその腑抜けた顔を止めろ...そうしたらば、少しくらいは、認めてやってもいい」
ぽかんとして、そしてふにゃりと情けなく笑みに崩れた顔にいらっとして、思わず拳骨を放てば痛そうに頭を押さえてしゃがみこむルーク。けれど、頭を押さえて涙目になりながらもそのまま情けない笑顔をさらされて頭が痛くなる。仮にも自分とこれが同じ顔だなんて、信じたくはない。
そのまま、ふにゃふにゃ笑っていたルークがもうひとつアッシュから拳骨を喰らうまで、あと三十秒。
Side Aをアニスで使ってしまったので、アッシュはAschにしました。綴りあってたかしら?
アッシュとガイはほのぼのですね。こちらのアッシュは、早い段階で何かしら吹っ切ってるので、そこまでルークに対してわだかまりがありません。実はこれ、途中でアッシュがパーティに加入していた事も理由のひとつだったり。
ガイのあのセリフはどうしても言わせたかったので、ここで使ってみました。
今回一番描きたかったのはガイのそれですが、あとはアッシュ!余りお話に出てきていませんでしたが、アッシュも幸せになってほしいひとりなので、少し仲良し兄弟にしてみました。
アニスのところは...まぁ、おいおい。
よっし、次は大佐だぞー!
2009/8/9up