Step step
*これは、リクエスト置き場にある、
How do you think about “ortholog”?-“もし”から始まる平行進化-
の設定のsssになります。
そちらを先にお読みにならないと、設定が分からないと思われますので、お手数ですがちょろりとそちらに目を通してからどうぞ。
おまけ集、というかスキットに近い感じ。
1.赤毛の子猫
「「おや」」
心地よいテノールの二重奏が響いた。
今までにろくに制御も教わってこなかったルークの危なっかしい超振動を安定させるために、宿の一室を使って、ルゥが指導すると言って二人が入っていったのが三時間前。
貴重なセブンスフォニマーにして、通常のフォニマーとしての素養も持つルゥは、軍に入りたての頃こそ剣一本でやっていたけれども、ジェイドにしご...鍛えられた結果才能を開花させたのだ。もちろん、そこにはジェイドのいびりを通り越して根を上げさせたほどのルゥのど根性ともいえる努力が隠れているわけだけれども。
故に、ルークへの指導係を買って出ることは不自然でもなんでもなく、頑張ってくださいと送り出したわけなのだ。
そして、そろそろ夕飯だから呼んできてくれないかとガイに頼まれた、双方の保護者二人がノックの後に返事のない扉を開いて、見た光景への言葉が冒頭に続くわけであるが。
「これはまぁ、なんとも可愛らしいというか」
ウィロウが、色眼鏡を手で押さえながらくすくすと喉を鳴らした。教本を手に、ベッドにごろんと臍を出してぐーすか眠っているルークと、そして、その隣に顔を並べるようにして眠っているルゥ。
一応、ジェイドが「起きなさい、夕飯です」と声をかけるものの、全く反応がないあたり、本当に熟睡しているのだろう。起きる様子はない。
ウィロウはそれをほほえましそうに見ているだけだが、ジェイドは対照的に、渋い顔をしてため息をつく。
その様子に気づいたウィロウは、色眼鏡の下の瞳を笑みの形に細めてから、どうしましたか?とわかりきった問いかけを放つ。(幾ら時間軸上最早『他人』とはいえ紛れもない『自分』だ。思考回路を読めないわけがない)
「公爵家のお坊ちゃんはともかくとして、仮にもマルクト帝国軍定例大会覇者の軍属が、他人の気配でも爆睡しているというのはどうも...いかがなものですかねぇ」
呆れ半分、諦め半分といった口調は、普段ルークやルゥ、仲間たちを相手にしているときの飄々としたものではない。その原因は無意識にしろジェイドがウィロウを他人ではなく何か近しいものとして任しているが故の気安さと呼べるものであるかもしれないけれど。
しかしその口調とは裏腹にルゥに向ける目が(自分のものとは思えないくらい)穏やかであることを勿論ウィロウは見抜いていて、矢張りこの子供達と来れば理屈など通用せずに人のことをずるずると光に引っ張って行きたがるのだと笑いが漏れる。この数年間、ルゥ本人としてはただがむしゃらに頑張ってきただけなのだろうけれども、それがまぎれもなくこの、青い軍服を纏った人格破綻者(自分に言うのもなんであるが)の色んなものをがしゃがしゃと踏み荒らしてくだいてきたのかと思うと呆れを通り越して感心したくなるものだ。
だが同時に、別段ルゥが油断をしているわけではない事も十分理解していた。恐らくそれはジェイドもだろう。例えばここに来たのがジェイドやウィロウ以外の誰かであれば、ルゥの身体は無意識の反射で腰にある短剣に伸ばされルークを庇う位置に移動するくらいのことはしてのけるはずなのだから。v
それが起こらないのは、ここにいるのがジェイドとウィロウだからである。そのくらいのうぬぼれは、最早確信を持てるほど。
くうくうと眠る二人は、こうしていると本当に似ていて、兄弟といわれても違和感はない。
無防備に眠っていることで若干幼く見えるルゥがもしも赤い髪をしていたのならば、双子といわれても納得がいっただろう。
「まぁ、昨晩は寝ずの番でしたからね。疲れていたんでしょう」
「それくらいで疲れてくれるのなら、私は苦労せずにすんでいるんですけどねぇ。老体に若者の相手は持ちませんよ」
「まぁ、確かに無茶と暴走は若者の特権ですからねぇ」
「若気の至りとはよく言ったものですねぇ」
どちらのメガネの奥の瞳も、口調とは裏腹に穏やかで。
二人が眠り姫たちのほっぺたを思い切りつねるまでの一分間、ウィロウとジェイドは二人の寝顔を堪能したのであった。
ネコさんたちの悲鳴が上がるまでもう少し。
2.ダンデライオン
「珍しいですね、陛下。一日きちんと執務室で仕事をしてくださるなんて、明日はやりでも降るでしょうか」
「...ほう、それは言外に明日は抜け出してルゥで遊べと言ってるんだな?」
「いえいえ、明日ももちろんがっしりと机に張り付いてサインをオネガイシマスと言っているんですよ」
会話を聞いてしまったアスラン・フリングスは、とりあえず痛む頭に手を当てた。
なんとも、殺伐としているんだかなんなんだか判別のつきづらい会話であるが、この二人がマルクト帝国を支える稀代の皇帝とその懐刀だなんて、誰が信じるだろうか。
追加の書類を預かってノックをした後、返事がないから不思議に思ってお邪魔してみれば、そんな会話が繰り広げられていたのだ。いい加減慣れてきたといえばなれてきたのだが。
「ああアスラン、わざわざ悪かったな」
ひとしきりじゃれあい(と呼べるのだろうか、慣れていないものだと同じ空間に居るだけで胃袋を壊すなんともいえない空気が流れているこれを)を終えたのか、入り口あたりでなんともいえない顔をしていたアスランに、ようと片手を挙げながら主が挨拶をよこす。
なんとも軽いが、その気安さも含めてこの人の魅力なのだろうと一応前向きな解釈に務めているアスランは、はいどうぞ。といくつかの書類と、そして前々から頼まれていたそれをピオニーへと手渡す。
暫く其れに目を通していたピオニーは、にかりと白い歯を見せて笑みを浮かべた。
「なんですか陛下。いつも以上に気持ち悪いですね」
「ほう、お前そろそろ不敬罪という言葉を調べてきたほうがいいぞ」
「いえいえ、大丈夫ですよまだ生憎と老化現象は始まっていませんから。きちんと綴りまでかけますよ」
「ついでに書き取りでもやっておくか?」
「遠慮させていただきます。そんなことに使うインクがあるのならば、陛下のサイン待ちの書類にサインをいただかなくては大臣達に大目玉を食らいますから」
「...えーと」
せっかく終ったと思っていたじゃれあいが(妙に剣呑としているのは何故だ)、また復活しかかっているのを見て取って、アスランは流石に割り込んでしまった。いかな慣れているとはいえ、楽しいわけではないのだ、この状況は。
できれば本人達だけのときにやって欲しいと切に願いたくもなる。(ある意味で仲がよいといえるだろうか)
二人の視線が自分に注がれたのを見て取ってから、アスランは気になっていた事項を問いかけることにした。それは、自分が先ほど手渡した書類についてである。
「陛下、それは一体何の書類だったのですか?」
アスラン自身、別の官から預かってきただけで中身を知らない。重要な書類であればむしろその中身を伝えられるのが常なので、恐らくはピオニーへの個人宛。が、他の書類よりも先に其れを見ているという事は、何かしら重要なものなのだろうかと純粋に気になっていたのだ。勿論、中身を盗み見るなどと言う不埒な行為には及んでは居ないが。
「ああこれか?...これは、ルゥの戸籍とかその他もろもろの書類だ」
ぱさぱさ、と書類を振ってみせるピオニーに、ようやっと合点のいったアスランは、ああ、と黒髪と碧の瞳をした少年の姿を思い出す。どこからともなくやってきて、雨の日も風の日も嵐の日も晴れの日もまさにど根性という勢いで毎日毎日ジェイドをたずねて道場破りよろしく軍の本部に押しかけてきていた少年は、すでに軍では知らぬものが居ないくらいの有名っぷりである。そのけなげな様子に、こっそりと応援するものが現れるほどだった。(疲れて扉の前で眠ってしまった彼に毛布をかけてあげる、差し入れをしてあげる、など)
彼はその根性でもってして、今目の前に居る敵味方ともに震撼させるネクロマンサーに押し勝った人物でもある。煮ても焼いても食えないと皇帝をして言わしめるほどの彼に、音を上げさせたのだから。
そのまま、あれよあれよと入隊試験を受けて実技は隊長格をふっとばすというぶっちぎりのトップで合格。したはいいものの、戸籍がないということで流石に正規採用にたどり着く事もできず、スパイ説などもしつこく流れていたせいで、実力があるのに今までなんとも宙ぶらりんな立場に追いやられていたのだ。アスランも、ルゥの人となりをじかに見ているので、これでフォミクリーの研究に携わることができると喜ぶであろう彼を想像すると、自然笑みも浮かんでくる。
「所属はお前の副官だジェイド。位は少尉。ついでにお前も昇進だ。大佐をくれてやる」
「...」
にやりとジェイド宛の辞令をついでのように差し出す皇帝はさすがと言うべきか。これまでのらりくらりと昇進を断り続けてきたジェイドに、副官を付ける最低限の地位をついでのように放り投げるのだから。
めったに見せないとてもとても渋い顔になったジェイドは、はぁとため息をついたあとにしぶしぶといった体でその書類を受け取ると、謹んでお受けいたします、と一言。
「ああそうだ、ルゥに言っておけよ?そこのネクロマンサーに苛められたらいつでも俺のところに来いと」
にやにやと、ピオニーが一段と笑みを濃くしたところで、とんとんとノックの音。
そして、ひょいと顔を出したのは、ぴょんと跳ねた黒髪と、大きな碧の瞳をした少年。
「あ、失礼します陛下。ええと、ジェイドさ、ん。ネルターさんが呼んでて」
「ああ、分かりました今行きます。では、失礼します、陛下」
どうやら、ジェイドを呼び着たらしい少年...ルゥは、ぺこりと勢いよく頭を下げて退室してゆく。なんとも、せわしないがそれもまたほほえましさの一端であろうか。
そして暫くの沈黙。ジェイドと、そしてルゥが去った後の執務室で、頬杖をついたピオニーがぽつりと呟くのを、アスランは聞いた。
「...あれくらいの元気がある奴が傍に居るほうが、あいつのためだろうさ」
アスランは、少しばかり目を丸くした後で、ぽつりと独り言のように呟いた。
「それ、本人の前で言ったら間違いなくミスティックゲージでしょうね」
「違いない」
ジェイド相手に敬語を使い慣れないルゥ君に萌え。
2009/8/20up