本当はずっと
その手をつかみたかったんだ。
え?とその感覚は何なのか首を傾げるよりも先に。
容赦なく、風圧によって吹っ飛ばされた。
そもそもほとんどガタのきている体だ。踏ん張ることなんてもちろんできなくて、けれども何とか、ローレライの鍵だけは手放さずに受け身の体勢へ。無様に地面にたたきつけられることだけは、辛うじて避けることができた。
とっさに目をつむってしまったのは、人間のあたり前の防御反応だろうか。あんな風の中、小さなゴミでも目に飛び込めば、失明にもなりかねない。
もうすぐ消えるだけの自分でも、そんなふうに体は自分を守ろうとするのだと今更ながらに思い至って、思わず笑ってしまう。
けれど。
自分の手の中にある、ローレライの鍵を、意志をもって奪おうとしてる存在に気がついて、ルークはあわてて目を見開いた。
戦闘になれてしまった体は受け身をとることをいちいち意識しなくても行っていて、当然そこから体勢を即座に立て直すことくらいルークにはたやすい。
目の前に広がった、少し乱れた長い紅の髪の主が、意地だと言わんばかりの力(と、ついでに瞳で)でローレライの鍵を奪おうとすることにはさすがに驚いて一瞬ぽかんとしてしまった。いったい、どうして、どうやって。
だって、どんなにがんばってもノエルが乗せていたはずの面々がレムの塔に到着するまでのタイムラグと、そして昇降機を壊してしまったことによって発生するタイムラグと、それを合わせれば多少のんびりしたところでルークには追いつけなかったはずなのだ。
なのに、障気でもやがかった空気の中なお苛烈に存在を示してみせる碧は本物。ほとんど反射で剣を奪い取り距離をとろうとした自分の体を羽交い締めにした存在もまた、振り返らずとも誰かなどとは、もはや論じるまでもない。
そして、少し離れてミュウを抱いたティアが大譜歌を歌っている・・・それに反応したようにざわめき出すローレライのかけらたちは、まるでコーラスに興じているように、ルークには聞こえた。
そして、ローレライの、アッシュのかけらである自分の体の音素たちも、それに倣うようにして、歌っている音も。
「ーーーク・・・か?」
ジェイドの声が、うまく聞こえない。
ティアの譜歌も、アッシュの怒鳴り声も、うるさいくらいよく響くのに。
満ち満ちている音素たちのざわめきばかりうるさくて、もうあまり、風の音もわからない。
感じられない。
抱きしめられているはずの体の感触すらも、おぼろげになっていることに、心の底から恐怖を覚えた。
体が音素に引き寄せられる感覚。思わずジェイドにすがりつけば、驚いたような顔の後、ぎゅうっと抱きしめてくれた。何を言っているかも碌に聞こえないけれど、それでもまだ彼が感じられる。
(こ、わい)
ローレライの音素たちは、ずっと自分に優しく語りかけて、こっちへおいでと誘ってくれる。そこは、もう過去や現在に苦しむ必要のない穏やかな世界で、きっとぬるま湯のようにまどろめるところ。
でも、そこに行ってしまえば、自分が「消える」のだとルークは理解していた。否、自分はローレライと溶けて、たぶんローレライがルークでルークがローレライになるのだ。
つまり、大爆発でオリジナルとレプリカの記憶が混じるように、ルークも今のルークのままでは居られない。ローレライは、それでもそもそも意識集合体なのだから、ルーク一人が混じる程度の変化など、変化とは呼べない些細なものであろうが。
ぼんやりとしか理解していなかったそのことを、急に実感して怖くなり、ルークはぶるりと体をふるわせた。自分が消えるのではなく、自分がもう自分ではいられないというそれは、つまり今の自分の思いはもう行き場がなくなってしまうということで。
常にルークを慈しんでくれたローレライに、ルークを害する意志なんて一つもないのに、ローレライの音素を怖いと思ってしまう心は、しかし止めることもできない。
「怖い、イヤだ・・・」
そしてアッシュが発動しようとしている超振動の力が、強制的に自分を同調させて暴れる。むき出しになっているような肌が、ひどく刺されるように痛かった。
この場、自分たちの完全同位体であるローレライの音素が満ちているが故に、疑似同調を引き起こしているのだろう。かつて記憶の中でアッシュに体を操られたときと同じように、自分の意志ではなく手が勝手に伸びて、ルークの中のローレライの力、超振動を発動しようと細胞がざわめく。
一瞬、アッシュの音素に引き寄せられかけてめまいがした。本当に一瞬、自分とアッシュとの区別が付かなくなって愕然とした。
弱りきったルークの音素は、寄る辺を探してさまよっているのだ・・・そして、危うくアッシュの音素に溶けるところだった。ローレライ本体がここにいるならともかく、アッシュのほうが核として引き寄せる力が強いのだろう。
少しでも気を抜けば、ほどけてしまいそうな自分の音素を、ジェイドにすがりつくようにすることで何とか保ち、ルークは今はただ、世界から障気を払うことに集中する。
ジェイドの青い軍服と同じ、青い空がもう一度自分の目に映ることを信じて、体から超振動の力を解き放ち。
そして世界は、光と白に、包まれた。
「・・・旦那、アッシュ、ティア、ミュウ、大丈夫か?」
意識が飲まれていた時間は思っていたよりも長かったのだろう。
どうにか機体を、ワイヤーによって固定することで降りる道を造ったらしい待機組の声で、ジェイドは目を開いた。
いつの間にか倒れ伏していたらしく、体を持ち上げてみれば周りにはあの、淀んだような障気は欠片もない。空を見上げれば、そこには・・・大気中の塵と光の乱反射で瞳にその色を伝える、かつて意識することなく見上げていた、青。
それを見れば、わざわざ問わずとも答えはわかる。
つまり、障気の中和は成功したのだ。
ついで、中央で、ローレライの鍵の柄を握りしめたまま倒れている赤い髪の青年・・・アッシュの元へと歩み寄り、その首元に手を当てて脈を確かめた。・・・大丈夫、彼は無事に生きている。
ローレライの欠片、完成した鍵、そしてティアの大譜歌。
できるだけの要素を揃えたとはいっても、彼の体にかかった負担は相当のものであろう。
今すぐに命がどうこうということはないだろうが、検査を受けさせなくてはならないだろう。
「今、上でアニスが梯子をおろしてくれているから、直にアルビオールに乗り込めるよ」
「・・・ええ、わかりました。ティア、動けますか?」
ガイの言葉にうなずきながら、ジェイドは遅れて身を起こしたティアへと語りかける。
涼しげなブルーの瞳を緩やかに何度か瞬かせ、腰まで伸びるマロンペーストの髪を落ち着かせるように首を振った彼女は、はい、と小さくうなずく。
まだ年若いとは言えそこはさすがに軍人たるプライドというものだろう。ジェイドとて、体に感じる疲労感は相当のものであったけれども、何度か瞬きを繰り返した彼女はすぐに己のやるべきことを見据えて、アッシュに回復の譜術を与えた。
改めて、見上げた空には白い雲。
赤い機体のアルビオールと、そして少し高いところには青い機体の、ノエルの兄であるギンジのアルビオール。
まず、差し迫った危険は回避された。
らしくもなく、小さくふぅと、漏れ出た息に自分で苦笑してしまう。らしくもない。
(・・・ここまで、うまく行くとは)
結果として、何一つ失われてはいない。
多少、アッシュの体には無理をさせてしまっただろうが、それでも。
もし、ローレライの欠片がなければ、一万の第七譜術師、もしくはそれに相当する音素の固まり・・・レプリカの命が必要になっただろう。
ローレライの鍵が完成していなければ、アッシュの体にかかった負担はこんなものではすまされない。
ティアが大譜歌を歌えたことも大きく貢献していると言える。・・・ここまでの条件は、限られた中で揃えられる最高のものだったと断言することができる。ガイの顔も、ティアの顔も、充実感からくる興奮で少し紅潮してるほど。
・・・なのに。何かが引っかかっているような気がするのだ。
アニスが、「いいよぉー!」と頭上で手を振った。
渡された縄ばしごと、固定されたロープをうまく使って、未だ目を覚まさないアッシュの体をまずガイが運んでいく。
ついで、ティアがミュウを抱えて機体へとわたる。・・・そして、仲間たちの目は当然、最後の一人であるジェイドに向けられた。
(・・・)
レムの塔の頂上、先ほどまで障気中和の核をなしていたそこには、もう己以外の姿などなく。自分にするべきは、これからアルビオールをベルケントへ向かわせ、検査を依頼することである。・・・なのに。
(何か、大切なものを、忘れているような)
さらりと頬をなでる風のにおいを感じるのはいったいどれくらいぶりの話なのだろう。
障気は、緩やかに肺を蝕むだけではなくそんな簡単な、それでいて重要なものまで覆い隠してしまっていた。そして、一度失ってみて初めて、風ににおいがあることを思い出した。
そんな風に、何かを、あたりまえで、大切な何かを、忘れてしまっているような・・・。
「?」
ふと。
先ほどまで気づかなかった中央部の床に、よくよく見ると、朱色の、親指の爪ほどの大きさの宝玉が落ちていることに気がついた。
歩み寄って拾い上げてみれば、ただの石のように見えるのに、どこか炎が揺らめくようにも見えるそれが、どうにもジェイドには気になった。
「旦那ー?」
「ああすみません、今行きます」
ガイの再度の呼び声に答え、その石を懐にとりあえずしまい込んだジェイドは、今度こそアルビオールへと続く縄ばしごの一段目へと、その足をかけたのであった。
予定調和
・・・。
ええと(滝汗)
ご、ごめんなさい・・・?(なぜ疑問系)とりあえずジェイド視点だけじゃムリだったので前半ルークでした。
まさかこんな展開になるとは私も思いませんでした。だって、勝手に動くんですもの!(おい)
さてどうやって納めようか。本当にハッピーエンドなのか一番に疑問を持っているのは私だと断言できます(笑)
さて、以下は語りというか独り言です。
ほかの方はどうかはわかりませんが、私はお話を作るときは設定をまず決めて、そうしてからキャラクターが勝手に動くのを待ちます。
書きたい場面は、一応頭の中にはあって、そこに行き着くようにして飛び出して、で、つぎの場所を目指す・・・といった感じで、要所要所の通過地点は決まっているんですが、通り道を決めていないで書き始めていたりします。
プロット、というものには何度か挑戦したのですが、私にはとんとむかないので、基本は思いつくまま下書きなしでワードにがしゃがしゃ打ち込んでおります。
最低限、今までの設定を思い出すために定期的に文章読み返したり、文末が同じ結びで続かないようにしたり、心理描写だけでなく情景描写も入るようにしたりは気をつけていますが、まぁうまく行かないのが駄文のゆえんです。(笑)
実は、現在に至るまで、当初に思い描いていた展開とはもうかけはなれていたりします。実際はレムの塔で終わるはず・・・だったんですがここで終わったら私刺される気がするんですよねルークとかジェイドに(笑)
だって、勝手に奴らが動くんですよ勝手に!!(しつこい)
勝手に動いてくれるときは早いのですが、動いてくれなかったり、頭の中のキャラクターが動きたいと主張している方向とはちょっと違うところにどうしても物語を進めたいと思ったりするときなど、手が止まることがしばしば。
そんなときに無理に進めると、自分ではうげぇという出来になるので(元からそうだというつっこみはおいておきましょう)、微妙に悲しいところではあります。
それでも、よいと言ってくださる方がいれば、御の字、でしょうかね。
長々とすみませんでした。
2009/10/18