Beautiful dreamer

考える時間をください。
少年の言葉を受けて、仲間達はばらばらに散っていった。
そして、世界を束ねる三人と、少年が一人、そこには残っていた。
少年は、皇帝の下へ行くと、尋ねた。
「アクゼリュスの罪で俺を裁きますか?」
少年が聞いてきたので、皇帝は嗤った。
「お前は馬鹿だな、お前一人の命で何があがなえる。せいぜいが残されたものの溜飲を下げるだけだろう。そうして、キムラスカの王族たるお前がこの国で裁かれれば、また無用の者達が命を落とすだろう。一応の沈静化を見せた戦争の火種に、また自ら落ちるつもりか?」
少年は、笑った。
「俺の命と、万のレプリカで百万の民を贖いましょう」
皇帝は、哂った。
「お前は馬鹿だな。一万と一の命と、百万の命、一つずつの重さが違うと思っているのか」
一人ひとりを交互に天秤にかけて、それが傾くと思っているのか。
少年は、笑った。
「同じですよ、陛下。けれど機械から生み出された俺達には、帰るべき場所も居場所もない。」
皇帝は、笑うことができなかった。
少年は、笑ったまま続けた。
「俺達は、俺達の屍で国を作る。...二万と二のレプリカたちに、全員死ねといいますか?一万と一に生きてくれ。と、俺は言いたいですから」
少年は、それだけを言うと、頭を下げて扉を開けて行ってしまった。


考える時間をくれ、という言葉は裏を返せば仲間達への別れの時間。
避けられない別れの為に、少年に与えられたわずかな時間だ。
死ぬことを前提に考えるな。
それは、確かに心からの言葉だ。
でもそれは、『部外者』だから言えること。
百万の命がやがて死に絶えるのならば、先に一万と一が死んだとておかしいことではない。
そればかりか、一万と一が死ねばもうほかが死なないのならば、誰でもこの道を選ぶだろう。
でも、その道を選ぶのは『かわいそうな誰か』であって自分ではないのだ。
一万のレプリカの命を喰らい、自ら身を滅ぼす一人は、世界の中でたった一人だから。
誰もが、かわいそうだという。
自分達とは違うから。
逃げてもいい、と思う。
けれども、自分よりも冷静な、この小さな子供のような少年を知らない人間であれば無理やりにでも少年を死の楔にくくりつけるだろう。
逃げても、世界が世界である限り少年の逃げ道など最初から一つも存在しないのだ。
障気が世界を覆い続け、そのために人が死ねばきっと少年はののしられる。
一と一の命の重さも罪も責任も、自然の摂理の前に等しく同じであるべきであるのに。


別れを終えて、静かに自分が障気を消すのだと告げた少年に、皇帝がかけるべき言葉は存在しなかった。
不均衡な天秤から、砂が少しでも落ちぬように管理する役目の者に、零れ落ちるべき砂へ持つ憐憫などあってはいけない。
かけるべき言葉などない、受け入れることしか皇帝には許されない。
けれども、皇帝はこういった。
「逃げても、追うことはしない」
皇帝は、知ってしまっていた。
少年の命は、一つよりも大分皇帝の中で大きく育ってしまっていたということを。
少年が頷けば、あるいは自分は彼を攫って逃げることも出来るかもしれない。
世界も、しがらみも全て捨てて、障気で肺が腐り落ちるまで生き続けることも出来るかもしれない。
そう...少年が頷きさえすれば。
けれども、少年は笑うだけで頷くことはしなかった。
そうして、皇帝は理解した。

自分は、許されたかった。
この、失いたくない命に。
死の十字架を負わせた罪を、許されたかった。
少年へ、逃げ道を用意することで、少しでもこの罪が軽くなるのではないのかと、思っていた。
俺は、逃げてもいいといった。それでも選んだのはあいつの自由だ。
屁理屈のような言い訳を、用意していたに過ぎないのだ。裁かれる前に。
愛する一つよりも、守るべき百万を取ってしまう自分の心が、裁かれる前に。
自分のやったことは結局、自分の罪さえも少年に押し付ける行為だったのだ。
百万は賢帝とほめたたえるだろう。
一は、何も言ってはくれない。


結局のところ夢を見たかったのだ。
この小さな小鳥のような少年が、青い空を自由に羽ばたくような夢を。
たとえ、自分のこの手がその風切羽を手折ったのだとしても。







ピオルク、と言い張る。 2006.12.26