「ねーねー、なんでルークって料理上手いの?だって、普通、公爵家のお坊ちゃまが料理する機会なんてある?」
アニスに問われて、お玉片手に味見をしていたルークは、とりあえずその姿勢のまま一度二度、目をぱちくりと瞬かせた。
(存外長い睫がぱしぱしと大きな瞳の周りを動き回って、どこか少女めいた様相を呈している。)
確かに、現在のルークを見て公爵家の子息だと思える人間など皆無だろう。ガイが例によって例の如く、四次元ポケッ○のごとき荷物袋から取り出した専用エプロン(名前の刺繍入りBYガイ)を身に付け、邪魔にならないようにと三角巾を付けている(BYガイ)その姿は、どこからどう見てもむしろ新妻とかそんな香りが漂っている。
...というか、先ほどからあからさまに向こう(木の影)で、望遠機能のついた譜業カメラを使い、ルークの料理風景を激写している使用人が若干どうかと思わないでもない(注:ルークは気づいていません)。もしかしなくとも現在のルークの格好はかの使用人の趣味であろう。
それに気づいてしまったアニスは、若干視線を生暖かいものに変えた。...なんだろう、この玉の輿の多い割りに、妙に限定的過ぎる空間。
今日のメニューは、ビーフシチュー。ルーを使わずトマトピューレから作り上げている中々な逸品である。ひょい、とルークからお玉をもらって味見をしたアニスは思わず唸る。
「...むう、アニスちゃんも結構料理には自信あるんだけどなぁ」
隠し味にワインの効いた、重々に手の込んだ作品は芸術品だ。
一応、胃袋掴んで玉の輿という野望を持っているアニスとしてみれば、自分よりも玉の輿のほうが料理上手なのは納得いかないのだろう。
ちなみに、メイン料理に限らず、お菓子作り、果ては庶民料理まで極めつくしているルークは、公爵家子息というポジションでしかなし得ない舌の確かさも相俟ってむしろパーティ内どころか一流料理店のシェフでさえもかくやという凄腕なのである。
まぁ、確かにルークはレプリカとして生まれてファブレ家に送られて以来閉じ込められていたのだから、何かしらの趣味を持たなくてはやっていられなかったのかもしれないが。
「...って言われても。俺、料理裁縫掃除洗濯一通りできるぞ?」
「は...?」
今度こそ、本気でアニスが硬直した。
お坊ちゃまが料理...はまだ、いいとして。
お坊ちゃまが裁縫。
お坊ちゃまが掃除。
お坊ちゃまが洗濯。
...何か、アニスの中で想像していたお坊ちゃま像がガラガラと音を立てて崩れていった。
微妙に遠い目になりかけたアニスにこてんと首をかしげながら、ルークは続ける。
「何か、ほら俺昔は歩き方も知らなかったからさ。リハビリっていうのは、こう普段やるようなことから慣らすのがいいんだって言われて...ガイに叩き込まれたんだよな」
「...おいちょっと待てそこの使用人」
思わず、素の声音がどす黒くついでに地を這うように低く響いてしまったのはこの際アニスは気にしないことにした。
色々あったけれども、今ではちょっと天然な弟のようにも思っているルークに、ここまで見え見えの下心満載の光源氏計画若しくは青田買いを仕掛けてきたバカ使用人に対して、鉄拳制裁の一つや二つそろそろかましてやらなくてはと思っていたのだ。
料理裁縫掃除洗濯...これをあわせて、大抵の人が想像するのは...
「世間知らずに花嫁修業なんぞさせるなぁああああああっ!!!!!!!」
アニスの絶叫を他所に、小鳥が一羽のんきそのものの様子で飛んでいった。
オールドラントは今日も平和である。


華麗なる使用人の未来予想図



―――なぁ、ルークは将来何になりたい?
おれ、ずっとがいといっしょにいる
―――ははは、そうか。俺も一緒にいたいなぁ
がいはおれのしんゆうでしようにんなんだろ、じゃあいっしょにいるんだろ
―――ルークも将来は結婚するだろう?ナタリア様と。そうしたら、俺はずっとルークと一緒に居られるわけじゃないんだ
...べつに。なたりあは、むかしの「るーく」がすきなんだからおれじゃなくてもいいんだ。おれは、がいがいい
―――じゃあ、俺と結婚するかい?そうしたら、俺はずっとルークと一緒だ
うん!おれ、がいとけっこんする!!


「...何か言い残すことはあるかしら?」
クールなツンデレメロンが、冷たい口調と心底絶対零度なアイスブルーの視線でもって問いかけた。
その豊満な胸の下で腕を組むという姿勢は、健全な青少年であれば顔を真っ赤にしてうつむいた後に前かがみにでもなりそうだが、生憎とここにいるのは七歳児と二歳児と何か間違ってしまったご主人様至上主義のHENTAIと規格外の陰険メガネだけだったのでどうにもならないが。
「大丈夫、幼馴染の好で、さくっと逝かせて差し上げますわ」
笑顔のプリンセスが、ぎりぎりと弓を絞る。
逝かせる、の当てている漢字にこれ以上ない何かを感じるのは決して間違いでもないだろう。
「アニスちゃんちょぉおおおっと我慢の限界―...おっとイオン様、ちょぉっとこの耳栓と目隠ししてそっちでミュウ抱いて大人しくしていてくださいね♪すぐに終りますから♪ミュウ、イオン様よろしくね」
「はい分かりましたですのっ!!」
「ええと。はい、分かりましたアニス」
とりあえず、純真無垢その2を火炎放射機能付の愛玩動物と一緒に避難させた導師守護役が、己の武器であるパペットを巨大化させる。(バックに「月夜ばかりと思うなよ?」と見える人は決して目の錯覚ではないので目をこする必要はありません。)
ついでに、ネクロマンサーも槍を取り出してやる気マンマンにメガネを押さえている...天光満つるところに我はあり...どうやら、のっけからインディグネイションをかますつもりがマンマンのようだ。
ちなみに、このメンバー全員の殺意の先に居るのが、金色の髪をしたご主人至上主義のちょっくら常軌を逸している男...ガイである。
ちなみに、木にロープでくくりつけられているにも関らず、どこまでもすがすがしい笑みを浮かべている。...ある意味それはそれで怖いような気がする。
「ガイあなた、わ、若紫計画だなんて...見損ないましたわ!」
「はっはっはっは、ナタリア、何をそんなに怒っているんだい?俺は可愛いルークのためにリハビリメニューを用意しただけじゃないか」
ナタリアにすごい剣幕でまくしたてられても何処吹く風。常に彼のセンサーは可愛いかわいい赤毛の子供にロックオン☆なので、むしろ今現在こてん、と首をかしげて「わかむらさき?」とはてなマークを飛ばしているルークに向けられているため、ほとんどみんなの怒りなんぞスルー状態である。
否...最初から、ルークに根本的に関る事象以外を全力で色々スルーしている感があるが。(つまるところ、今更である。)
「個人的には家事全滅なドジっこも捨てがたかったけど、やっぱり将来二人で森の奥に小さな家を建てて暮らすことを考えれば、あったかい料理を作って待っていてくれるほうがいいかなぁと思ってさ」
「やっぱりかぁああああああっ!!!!!ってかアンタなんでそんな前からプラン立ててんだぁあああああっ!!!!!」
アニスの叫びがこだまするが、やっぱりお惚け主従はかたや首をかしげ、かたやいっそ胡散臭いまでの完璧な笑みを浮かべるだけである。
とりあえず、そろそろナタリア王女の手から、矢が放たれそうな気がするので誰か止めたほうがよいのではなかろうか。
「大佐ぁ、大佐も何か突っ込んでやってくださいよぉ」
ダメだこのHENTAI☆言葉が通じやがらねぇ。
ぐっとこらえたアニスがくるりと背中のリーサルウェポン、ネクロマンサーを振り返ると、何故かそこには妙に感心した表情を浮かべたジェイドの姿。
「...何を感心してるんですか、大佐」
ティアの冷たい声に、ジェイドがポツリと呟いたその言葉は、妙に寒々しく、辺りに響き渡る。
v 「...いや、ある意味どっちもどっちだなぁ、と思いまして」
「...」

青田買いと言うかなんというかなガイもガイだが、特に疑問にも思わず通常の人間ですら難しい家事マスターをなんてことはなくやってのけてしまったルークにも問題はあるのではないかと言うことで。
そういわれてしまうと、まぁ確かにと思わないでも、ない。
「...でもそろそろあの使用人殺っちゃったほうが、ルークのためな気がしますアニスちゃん」
「墓に入れてもルークのピンチとあらば飛び出てきそうですよねぇ」
冗談のはずのそのせりふが、最早冗談に思えないのはどうしてだろうか。
ぶるりと背中をふるわせた女子面子の背中に、少し不機嫌そうなルークの声がかけられた。
「...っていうか、お前らいい加減料理冷めるっつーの!!喰わないんだったら俺とミュウとイオンで喰っちまうぞ!」
ほっぺたを膨らませるその仕草が、妙に可愛らしくて仕方がない。
...ぶっちゃけ、こう育てたのってガイだよなぁ。と思わないでもなかったが。
とりあえず可愛いからいいか、というところ落ち着いた面々は、とりあえず使用人をそのまま木にくくりつけて、夕飯へとなだれ込んだのであった。





昨日がいい夫婦の日だったので、何となくこんなネタです。
お前、其れよりジェイドの誕生日をいわってやれよ、という突込みが入りそうですが、続きが読みたいというプッシュをいただきましたので、久々にこのシリーズを更新してみました。
2009/11/23up