「アニス、聞いてもいいですか?」
「なんですか?イオン様」
アニスは、この、天然で優しくて少しお惚けでそれでも憎めない導師のことを好きだった。
放っておけない弟のようで、目が離せない。
けれども、それも彼の、導師とかそんな肩書きなしの彼自身の魅力だと思っている。
だからこそ、アニスは彼をこれからも陰に日向に守っていけたらとも思っている。
そんな彼に、宿のベッドで荷物の整理をしていたらば、話しかけられた。
なにかあっただろうか、と首をかしげながらもトクナガの埃を払う手を止めて振り返れば、いつになく真剣な顔。
そして。
「さんたくろーすという人は、クリスマスにどうやって世界中をめぐるんでしょうか」
「...」
嗚呼、純真な子供時代に戻りたい。
アニスちゃんにはちょっと、この純真さはいたいです。正直。
きらきらと光を放つイオンの無垢な瞳に、なにかいたたまれなさを感じてしまう自分は、本当に子供だろうかと年を数えなおしたくなってしまう。
否、まあアニスと同年代を数えてみても、今更サンタクロースが煙突から不法侵入してプレゼントを枕元において言ってくれるだなんてことを信じている人間のほうが少ない。
というか、クリスマスにプレゼントをくれるのが両親(時には他の誰か)以外に居ることをかたくなに信じていられるのは、せいぜいが七歳児くらいまでだろうか。昨今では、その年代でも半々くらいの割合でサンタクロースの存在など信じていないシビアな子供が増えていると聞くが。
だが。
往々にして、どんなときでも純粋にサンタクロースを信じている子供に、それが否と伝えることは少しばかり心が痛む...というか、できれば夢を見させてあげたいと思うのもまた、大人の心。(アニスが大人かどうかは、この際置いておくことにして)
しかし、導師ともあろう人が果たしていまだサンタクロースを信じていてよいのだろうか。
悩むところである。
「え、えぇと。イオン様はサンタさんのお話って、本で読まれたんですか?」
「いえ、ジェイドに教えていただきました。ジェイドの生まれた地方では、たとえ雪まみれになっても根性で煙突から飛び込んでこられたそうですよ。」
...あの野郎。
ちょっとだけあのメガネに殺意が沸いた。
純粋なお子様をからかうのはあの赤毛だけにして欲しい。うちのイオン様を汚すのは止めてください。
小首を傾げているイオンには、矢張り本当のことなどいえそうにもない。
けれども、今のこの状況で、イオンに本当のことを告げないわけにもいかないだろう。
アニスが悩んでいると、がちゃりと部屋のドアを開けてルークが入ってきた。
一足先に風呂に入ってきたのだろう。ほっこりとしたミュウを抱えて、肩には長い髪から水分を取るためのタオルがかけられている。
手には、お約束のコーヒー牛乳...正直、たまにこのお坊ちゃまが妙に庶民派に見えてくるから不思議である。
「...ん、何やってんだお前ら」
困ったような顔をしていたアニスの表情を見て、首を傾げて見せたルークに、これはチャンスだとアニスは質問の矛先を向けた。
あの、使用人の溺愛っぷりからして、このお坊ちゃまには使用人かっこガイラルディアガランガルディオス略してGGGかっことじ、という名のサンタが着ていたに違いない。
なにせまだルークは七歳児なのだ。アニスよりは、サンタを信じている可能性が高いわけで。
「えぇとぉ。ルークのところには、煙突からサンタさんって来てた?」
アニスの思惑通り、ルークにはなしの矛先が向いたことで、イオンの意識をそちらに逸らすことにも同時に成功する。
「は?サンタ?」
しかし、ルークの反応といえば、意外なものであった。
「んなもん、煙突なんかからうちにくるわけねぇだろ」
「そう、なんですか...?」
ちょっとばかり、イオンがしょぼくれてしまった。しまったとは思うが、これもまた大人の階段、というやつである。
とはいえ、二歳児に告げるには少しばかり酷な事実だったかもしれないが。
が、やはりあの害ラルディアの育てたお坊ちゃま、そこはさらにアニスの予想の斜め四十八度くらい上を行っていた。
「サンタってのはな、クリスマスになると色んな人間に乗り移るんだよ」
「え?!そうなんですか?!」
「...はい?」
何その、ぱっと聞きB級ホラー。
アニスが思い切り半眼になっているのには気づかずに、既にイオンなど目をきらきらとさせている。
ついでに、ミュウもころりと騙されている...いや、ルーク自身に騙すつもりはないのかもしれないけれども。
当のルークといえば、少し得意げに人差し指を立てて、サンタを知らぬ子供に余裕たっぷりの講義である。
「いいか。サンタクロースってのが、どうやって世界中の子供にプレゼントなんて配れると思う?...ムリだろ。」
「はい」
「ですの」
素直な生徒達が真剣に頷くのに(勿論そこにアニスは含まれない。)、気を良くしたように頷くルークは、さらに講義を続ける。...とりあえず、アニスの目が据わりだしたことには誰も気づかない。
「だから、クリスマスイブに、サンタクロースはその子供の周りの大人に憑依するんだって。で、子供にプレゼントを渡すってわけ。...だからなのかなんなのか、やたら朝になるとうちはもっさりとプレゼント来てるしな」
(いや、それ間違いなく公爵家の坊ちゃんへのご機嫌伺い...いや、有り得るかもしれない。前に行ったときに、さり気なく使用人に至るまで、微妙にルークフリークっぽかったし)
「だから、今日日サンタが、煙突からはいってくるなんてないっつーの。...だろ、アニス」
「え?え、あ、うん。そうだねぇ」
いきなり此方にそんな純粋すぎて痛すぎる質問を振らないで欲しかった。
そんな自信満々に言われてしまっても、こちらとしてはどうしていいのか分からない。
が、否定しないだけの分別はアニスには用意されていた。
でも正直、憑依と言う言葉には突っ込みたい。(サンタ、死んでるじゃん!!!)
微妙にキレの悪いアニスに相槌には気づかずに、ルークはにこにこと笑いながらイオンの頭をぽんぽんと叩いた。
「ま、ローレライ教団に入り込むのは流石のサンタも難しかったかもしれないけど、きっと今年は来るだろ」
「そうですか...楽しみにしています!!」
「ミュウも楽しみですのっ!!」
...あああああああ、アニスちゃんあっちに混じれたら楽だったなぁ...。
サンタの話で盛り上がる二人と一匹を他所に、何かすっごい疎外感を感じるのは気のせいではないはずだ。
...とりあえず、今年はアニスも某使用人同様全力でサンタクロースを憑依させる必要が生じたようである。
色々突っ込みたいのに突っ込めない。...とりあえず、今からあの使用人を殴ってこようとだけ心に決めて、アニスは曖昧に笑ったままトクナガを抱え、その場を後にしたのであった。
『お坊ちゃまに中途半端に変な知識すりこむなぁあああああああっ!!!!!!!!!!』
『ルークのサンタクロースは俺なんだよはははははは』
『うぜぇえええええええええええ!!!!!!!!』
町の隅で、そんな怒鳴り声が聞こえたとか、聞こえないとか。
プレゼントを片手に
ちょっと更新遅れました。
なんだかクリスマスのおはなしがマイブーム。
2009/12/7up