必死とは何だ。
死ぬ気でがんばるって、何だ。
本当につかみたいものをあきらめるのならば、それは本気なんかじゃない。


「ノエル、かまいません、直接に塔の上に行ってください!」
「え?!それは、危険すぎます!」
「旦那、正気か?!」
すなわち、ジェイドが選んだのは、みっともなくあがく道。
そのせりふに、パイロットであるノエルはもとより、仲間たちも目を剥いた。

「・・・あの子は、足らない頭なりにこちらを出し抜いて見せた。ならば、こちらが追いかける予想をしていないわけがありません。無茶は承知です」
「旦那・・・」
「大佐・・・」
ルークの日記を読んで、しばらく口をつぐんでいたジェイドのいきなりの申し出に、普段はとても冷静なパイロットであるノエルですら驚愕した。それはそうだろう、いくら彼女が天性の才能と、そして地道な努力を行った一流のパイロットであるとは言っても、空中停止して人をある着地地点におろすなどやったことはない。・・・レムの塔は、そもそも天空に届くように建設されたものであり、つまり空に近いほど、気流は乱れ機体を安定させるのは難しくなってくる。
下手をすれば、風に煽られそのまま生身で地面にたたきつけられることになりかねない。
まさか、誰よりも冷静なはずのジェイドからそんな提案がでるなんて、誰も予想しなかっただろう。無茶だ、そんな言葉が頭をよぎって、そうしてから気づいた。
ーーーその無茶をせずに、ルークを失って、本当に後悔しないでいられるのか?
ルークは、たった一人で障気を中和して消えようとしている。それは皆にもわかる。
それを止める手段は、もうつまりはルークを先回りするか、横入りするかしか方法はないのだ。
そして、それはおそらく、遅れて塔を上っていては間に合わない。
出発自体は高々数分の違いだが、アルビオール一号機につまれている浮遊音機関の出力回路は、後に完成したということもあって多少改良が積まれており、つまり単純スピードで言えばどうやったって、向こうの方が早いのだ。
だからこそ、ルークは少し無理な設定を作ってでも、向こうに乗り込むことを選んだのだろうから。
ならば、どうやったって無茶は必要になる。奇跡が起こることを信じるだなんて、それはすべての無茶をやり終えた人間でなければ言ってはいけない言葉だ・・・奇跡を信じた時点で、人は自分の努力を放棄するのだから。
「大丈夫、私の譜歌があるわ。たとえ多少ずれたところで、誰か一人でも放り投げてでもたどり着けるわ」
「ミュウもお手伝いするですのっ!!ミュウウイングがあるですの!」
最初に、腹をくくったのは、ティアだった。
ふるえる声を抑えて、必死に冷静さを装って、ロッドを握りしめる。
ミュウも、連なるように声を上げた。
「俺もいくよ。身軽さには自信があるからな、空中でも、ある程度は人より動ける」
「アニスちゃんもぉ、いざとなればトクナガ使って突進できるしぃ」
「ふざけるな。あのバカ野郎を殴るのは俺だ」
「わたくしもっ」
「ナタリアは残ってください」
わたくしもいきますわ!と叫ぼうとしたナタリアを、しかしジェイドは静かな声で押しとどめた。
どうしてですの!?と息を巻く彼女に、いつものようなひょうひょうとした口調でも、どこか感情の欠落した冷たい口調でもなく、ただ淡々と、告げる。
「あなたはキムラスカの王女です。・・・あなたを失うようなことがあれば、また戦争の火種になりかねません。先を考えない無茶を、勇気とは呼べませんよ。・・・ティア、アッシュ、ミュウ、そして私が行きましょう。ティアは譜歌を、アッシュはできるだけ早くルークから鍵を奪うことを、ミュウはウイングで補助をそれぞれお願いします。ガイ、ナタリア、アニスは、ノエルと協力して失敗した場合の救助フォローをお願いします。多少危険ですが、ティアの譜歌があっても万一ということがあります。全員で行くことは得策ではありません」
「・・・わかり、ましたわ」
ぐっとこらえたナタリアは、昔であれば自分もいくとだだをこねただろう。
けれども、彼女はそれをしなかった・・・つまりそれが、彼女が成長した証でもある。
そして、こんな無茶の中にも見える配慮が、まだジェイドが冷静なのだと告げていて、故に仲間たちは、それを信じることができる。
「十メートル、おそらくそれが接近の限界です。・・・高さを考えれば、完全なる停止は不可能、ぶれが予測されます」
ノエルも、腹をくくったのだろう。つねの冷静な口調で、作戦に対する情報を提供してきた彼女に、ありがとうございますとジェイドは心からの礼を言う。
どんなに取り繕ったところで、自分は自分の為に、今皆を巻き込んで無茶をしようとしている。
世界のためならば、一人の、それもぼろぼろな体のレプリカが消えて障気がなくなるのであればそれで万々歳、だれも気にすることはないしかつての自分ならそれを選んだだろう。迷うことなく、ルークに死んでくださいと告げただろう。
けれども、今の自分はそれを選ばない。・・・正しくはない、合理的ではない、けれど、たとえいつかその道を選ばなくてはいけないとしても、バカな子供をなぐってしかる位のことをしなければ、それは、自分で考えることをやめた音機関仕掛けの人形となにが違うというのだ。
世界のためになんて、きれいごとに聞こえるけれどもつまりそれは、お前は死ぬべき何だよとつきおとすことだ。そのくせ彼が勝手にやったことなんですなんて背中を向けるのならば、世界は利己的な殺人者よりもどこまでもたちが悪く罪深い。
「見えました!ルークさんです!」
ノエルの、緊張をはらんだ声が皆を現実に引き戻した。
皆が、前方のガラスに駆け寄れば、そこには今まさに、ローレライの鍵を手にしてぼんやりとしているルークの姿。
厳しい表情のジェイドが、ハッチを振り返る前に、手動解除したガイが扉を押さえてこちらを振り向いていた。譜歌を紡ぎ始めたティアを囲むようにして、アッシュ、ジェイド、そしてミュウが、ハッチへと足をかけてノエルのカウントダウンを待つ。
「30メートル、20メートル・・・5、4、3、2、1行ってください!」
彼女は、本当に天性の飛行機乗りだったのだろう。
高所で乱れる気流、少しでも操縦を誤って塔のどこかに機体をぶつければそれでジ・エンドだというのに、宣言通り、十メートルの高さまで接近するという技をやってのけたのだ。
彼女の1という言葉の後、ゼロが聞こえる前に飛び出した三人と一匹は、体をさらおうとする風に顔をしかめ、けれども悲鳴のように謳い続けるティアを守るように、ジェイドが譜術を展開して風の抵抗を和らげる。
「時間はありません、ティア。そのまま大譜歌に移行してください。アッシュ、あなたも」
「わかっている・・・お前も手伝えネクロマンサー!」
近づいてきた地面に、着地の衝撃に備えて再度風の譜術を発動させたジェイドは、もう少し手を伸ばせば届く位置にまできているルークの姿に、息を詰めた。

ーーー私が手放さなくてはいけなかった子供を、あなたに託しましょう。

ふと、どこかから、声が聞こえた、気がした。

風圧で吹っ飛ばされたルークが、それでも握りしめているローレライの鍵を、アッシュの手が押さえる。
暴れてふりほどこうとしたルークの体を、ジェイドの腕が羽交い締めにした。
「あなたが消えるその瞬間まで、私はあきらめませんよ」
ローレライのかけらがはじけ飛んで、光が、すべてを覆い尽くした。





超ごめんなさい。
私、アップする順番間違えていました。
話通じないというか、飛んでいたというか。
気づかなかった...気づかないまま二ヶ月放置の罠。
あばばばばば...
2009/12/13