俺に声があったら、一番最初にあんたの名前を呼んで、二番目にあんたに「大好きだ」って言うのに。



夢を見た。
体質なのか性質なのか、夢というものはほとんどみない。
少ない例外としては、恩師を傷つけ死なせてしまったあのときの夢を、何度かみることはあった。
けれども、眠りというものは所詮脳の休息の為に存在し、レム睡眠時に無意識下でも脳を働かせるのは無駄だという認識が勝っているのか、ほとんどと言っていいほど経験がない。
それでも時折はいたずらのように脳裏に浮かぶそれ。
ただわかるのは、それが「夢」だということと、そして夢であるとわかっているのに感じる妙な現実感。
そして今、目の前には「彼」が立っていた。
寂しそうに笑い、そして見慣れた緑の瞳を悲しさにゆがませて。何かを探すように視線をさまよわせている。

―――大切な子供です。泣かせないでくださいね?

どこかで、誰かが言った言葉。誰なのか、いつのことなのかもわからない。
けれども直感的にわかった。・・・今自分は、その約束を破ろうとしている。
「泣かないでください」
帝国の狸どもをやりこめるのも、戦場でもっとも効率のよい作戦を立てるのもなんだってやってきた自分を。
こんなことで困らせられるのは「彼」位だと苦笑する。
けれども、自分のその言葉に、「彼」はまたくしゃりを顔をゆがませただけだった。
「どうしたんですか?」
問いかけには、うつむいたまま首を二度ほど横に振る。
「悲しいことでもあったのですか?」
また、「彼」は首を横に振った。
少しばかり困ってしまう。何せ、自分は生まれてこのかた人の気持ちとかそんなものに気を配れるようになった(正しくは、人間らしい感情を曲がりなりにも理解できるようになった)のはそう昔のことでもないのだ。
そして「彼」も、感情が表に出やすいくせに言葉をついついと隠しがちで。だから、落ち込めばどこまでも転がっていってしまう。
ふぅ、と息をついて考える。・・・そうだ。先ほど彼は、何かを探している風ではなかったか。
「捜し物をしているのですか?」
問いかければ、少しばかりの逡巡ののちにうなずく応え。

―――たいせつなものなのに

音を乗せない唇が、それでもそう言葉を紡いだのがわかった。
そして、「彼」はやがてこちらに背を向ける。
ちょうど、夢がさめる前兆のように、感覚がぼやけて消えかかる。
そのときどうしてだか、そうしなくてはいけないような気がして。
そうして、消えかかる背中に向かって、叫んだ。
「いかないでください、―――ク!!」

自分がなんとその名前を呼んだのか、背中に汗を浮かべて飛び起きたその瞬間には、霞がかってしまっていて思い出すこともできなかった。


「そうか、行くか」
「ええ」
ナタリアとアッシュはキムラスカに。
ティアとアニスはダアトに。
そして、自分とガイはマルクトに。
それぞれの国で、最終決戦に向けた準備を整えて、これから二手に分かれたアルビオールでレプリカホドに突入する。
ジェイドは、自分の主であり幼なじみでもあるピオニーの、珍しく真剣で低い声音を聞きながら特に感慨もなくうなずいた。
自分が、今更怖じ気付くことなどできないのはわかっているし。そんなものピオニーだって承知しているだろう。
今朝みた夢がどこか胸の端っこで引っかかって、記憶にいないはずの記憶に残る青年の姿を何度もリピートさせる。
それにらしくもなく心を乱されていることを、おそらく見抜かれているのだろう。決戦前に動揺を見せるようでは、それはさすがに気にもなろうものだ。
「俺には、お前が何か大切なものを落としてきちまったように見えるんだよ」
「・・・さて、何のことでしょうか」
「見つけろ、そして離すな。・・・できるだろ?」
どこか真剣で、そして確信めいた言葉。
夢の中で、泣いていた少年。
握りしめてはなせない暁色のかけら。
いつものようにはぐらかそうとして、変に失敗した。
顔がひきつっているような気がする、うまく笑えない。
けれども、ピオニーはそんな自分をみて満足したようだった。大丈夫そうだな、だなんてどこにも根拠のない言葉さえもいって見せる。
論拠を言って見せろ、と言おうとしてやめた。どこかにやにやしているピオニーには、もしかしたら未だ答えをつかみきれずにいる自分の心の内さえも読まれているような気がしてならない。
どうにもそれは、しゃくに障るようであった。
「・・・もう時間です、では陛下、ご機嫌よう」
わざとらしく恭しい礼をとって背中を向ければ、おう、適当に頑張ってこいよと彼らしい励まし。
それにはあえて応えを返さずに、ジェイドはその場を後にした。

宮殿を出て空を見上げれば、ちょうど赤と青の機体のアルビオールが色を取り戻した空にその姿を見せたところであった。
おそらくはもう、これからレプリカホドへと同行することになるであろう仲間たちは皆あそこにいるはずである。あとは自分があそこに乗り込めば、二手に分かれたアルビオールでホドへと突入作戦が採られる。
確かに世界はスコアに支配されているかもしれない。
それでも、どうしようもなくあがくことでその呪縛から時放たれるのだと、   が教えてくれたのだから。

「結局のところ、なによりもスコアを憎む彼こそが、もっともスコアに取り付かれた人間なのでしょうけれどね」

深いため息を一つ、風に流して。
ジェイドは目を細めて、アルビオールが着陸する様を、見上げていた。
その赤い機体が、まるで「彼」の髪の色だと、心のどこかがささやいた。




シリアスなのにごめんなさい。
前半の「捜し物を〜」の下りで、
「見つけにくいものですか?」
と続けそうになった私はどうなんでしょうか?(をい)
一気にアップできるように書きためていると、なんだか不思議な気分です。
次で再会しますよー。六神将空気でごめんなさい。
一応気になる方のために蛇足しておきますが、
生存組:アリエッタ、ディスト
・・・組:リグレット、ラルゴ
シンクは・・・ええと、次回かその次あたりでちょろりと出しますのでそのときにご確認くださいませ。
2010/4/18up