「お前は、どこに行くのだ?」
「ん?」
この世界で目を覚ました時から、どうしてだか自分のやりたいこと、やらなくてはいけないことがはっきりとわかっていた。
ほかのなにもわからないのに、やらなくてはいけないこと、やりたいことを考えればあっと言う間に行動できてしまう。知らない街、知らない世界。それであるのに、どうしてか行動するのに困ることは一つもなかった。
戦うことも、また不自由がなく。
まるで冗談のように軽い体は、魔物をなぎ払うことなど苦痛でも何でもない。
ふらりふらりと。世界をわたって歩く。
そう、文字通り、「渡って」。
それが、おかしいということはうすうすは感じていた。
念じれば、自分はそこに行くことができた。
知らないはずなのに知っている場所。この間赤い日記を探しに行ったエンゲーブという街の一瞬後に、何せ自分はケセドニアという砂漠の街にいたのだから。
実のところ、食べ物を食べなくても特に不便はなかった。
何となく、おいしそうだと思えば手を伸ばす。けれども、意識しなければ逆に食べることも飲むことも忘れていて。
それを「おかしいことだ」とは認識していても、しかしやはり、どこか薄ぼやけた感情だけがそこにあった。
そして。
もう一つ。
「 お前は、どこに行くのだ?」
この世界に「生まれた」時から聞こえている声。
これが、ほかの人間には聞こえていないことも彼は知っていた。視覚的には、無理矢理例えれば小さな暁色のほのおの固まり、だろうか。ずうぅっと彼について歩く、落ち着いた低い声。
いつも同じ問いをそれはかけてくる。そして、彼はつねに同じ答えを返す。
「行くべき場所へ」
「・・・そうか」
そう答えると、それは小さく応えを返す。
それ以上の言葉を重ねることはなく、彼はただ、今青い空にぽっかりと浮かんで見える白い島を見上げる。
「・・・俺は」
やるべきことを。
ただ、それだけを。
ぎゅっと握りしめた拳を当てた胸が、例え痛んでも。
やるべきことをやるために、自分はこの世界に落とされたのだから。
わすれな草
「・・・誰」
どこか、やつれたような声が出たことに自分でも少しばかり驚いた。
目の前には、赤茶の髪と穏やかな榛色の瞳をした、少年。
シンクは彼を知らない。・・・だが、ここはレプリカ、ホドの島。ヴァンが対空迎撃を行っているために、まだネズミは入り込む余地がないはずである。
であるのに、ここに自分が知らない人間がいる。
そのことが、シンクに瞬時に警戒心を抱かせる・・・自分はここから先に進入者を入れないためにいるはずなのに。
なぜか、シンクの心は凪いだまま。・・・どこか、もう疲れはてて、世界すらもどうでもよくなってしまったような、そんな気持ちの、空っぽのまま。階段に座り込んだまま立ち上がる気力すらもわいてこない。
常であれば、それがおかしいと言うことに気づけたかもしれない。けれども、シンクはどうしてか、本能なのか、目の前にいるその見知らぬ少年に拳を向ける気にすらなれない。
「・・・人として、生まれたかった?」
静かな、そして穏やかな問いかけ。
目の前の少年は、ただほほえんでそこにいる。けれども、もしも今自分が気まぐれに拳を向けたところで、この少年にはかすりもしないだろうことは、何となくわかる。
「こいつ」は、人ではない。ひとのかたちをしているのに、人でも、たぶんレプリカでもない。
例えるのであれば、魔物に近いのだろう。・・・人の力では、越えることのできない、力を持つ。
「・・・別に」
「お前には、父親も母親もいない。だから望まれていない。・・・そう思う?」
望まれない存在。失敗作。
勝手に作って、勝手に捨てて、勝手に拾い上げて、勝手に否定する。
この世界は、自分の存在を常に否定し続けてきた。
だからいらない。自分も、この世界をいらない。
自分を作り上げ否定した張本人であるあの男の元に、いるという矛盾には、目をつぶり続けて。それでも自分は、この世界を否定したい。
「違うよ、シンク。自分がまず自分を選ばなくちゃ、世界に居場所なんてないんだよ」
ああ、空は青だったのか。
そんなことに、今更に気づかされたのは、自分が背中から地面に倒れ込んだからだ。とん、と肩を押されただけ。認識はしているのに、もう起きあがる気にもなれなかった。
自分が生まれて、空の色を気にしたことなどあっただろうか。空は青、地面は土色。雲は白。
刷り込みで刷り込まれたのだから、それを改めて確かめたことなどなかった。
視界がぼやける。・・・何か、されたのかと一瞬思ったけれども、ほっぺたに暖かな手をのばされて気づいた。
「・・・泣いたって、いいさ」
ああ、自分は今泣いているのか。
生まれて初めて。
人間の子供は、世界に生まれ落ちたそのときに泣くのだという。そうであるのなら、生まれて初めて泣いてる自分は、今やっと生まれたということだろうか。
温かい手は、そのまま、シンクの頭を優しくなでた。
親が、子供にそうするように。
「・・・大丈夫。この世界はもう、スコアから解き放たれる。自由だよ。すべてを否定されない人間なんていない。すべてを肯定されない人間もいない。・・・人生をかけて、自分を捜せばいい」
じわじわと、何かが自分の空っぽの心に、しみこんでくるような熱。
このからっぽの棺桶みたいなホドの島の中で。
体の中の水分を絞り出すような涙を流してるのに、初めて、呼吸の仕方を知った気がした。
「・・・外に送るよ。・・・シンクの道に、光があることを祈ってる」
ほほえみと、声が降ってくると同時に。
シンクの視界は光に包まれ。
そうして、シンクの体はホドからはじき出された。
「よい旅路を、愛しい子」
その声を、意識の隅に、聞きながら。
さてさて。いつも通りぶっちゃけトーク満載の後書きなのでいやんなかたはスルーでおねがいしまっせー。
私はシンクが大好きなので、救済ルートを作るつもり満々でした。エッタも出てないですけど無事ですよー。
実は、現在謹慎食らってますが、イオンのはからいでフォンマスターガーディアン復帰に向けてもろもろ手続きを踏んでいたりします。
何でシンクを出したかというのは、好きだという以上に、複線としてレプリカとのやりとりを出したかったからです。
ゲーム中だと、実はレプリカに希望のある展開ではない気がして。(ビックバンしかり、法整備しかり)これは無視していたらだめだよな、と思って入れちゃいました。
あれ?あの子ルークでないの????
って感じですよね。・・・あ、ちょ、石投げないでください。だって勝手に動くんですよぅ;;
次回はやっとこさ、ご対面です。
謎の子の謎が・・・解けるといいなぁ。
え、あ、ちょ、石は一人一つ、一人一つまででお願いしますっ!!
2010/5/16up