「やぁ、待ってた」
そのほほえみと声と言葉と顔に。
すべての絶望と心からの歓喜を、感じた。
深淵の底から
ギンジの決死のおとり作戦で、一行はなんとか猛攻をくぐり抜け、ホドに突入することができた。
無傷とは行かなかったアルビオール一号機と、そしてギンジを妹のノエルに任せ、レプリカホドを進んでゆく。
スコアをなくしたいと願うのは、変わらない気持ちであるのに。
ナタリアの本当の父親であったラルゴ同様、リグレットもまた、道を譲ることはなく果てていった。
次に待つのは、間違いなく・・・イオンのレプリカである、シンクだろう。
アニスの口数が少ないのには、もちろんすべてのメンバーが気づいている。さりげなく、ナタリアやティアがこまめにアニスに話しかけ、アニスもその気遣いがわかっているからこそ、無理矢理にでも笑って、冗談を言い合う。
戦いたくて戦う訳ではない。
それでいい。・・・この次の世代を担う若者たちが、戦いしか選べない世界では、スコアがなくても先が見えている。
「・・・この先に」
ジェイドは、少しばかり後ろを歩きながら、徐々に熱を放ちだした暁色の石を、そっとポケットの中で握りしめていた。
ミュウもまた何かを感じているのだろう。定位置になりつつある、ガイの肩の上で、手放そうとしない赤い日記帳を抱えながら、ただじぃっと階段の先を見据えている。
忘れてしまったこと。
忘れてしまったもの。
なくしてきた何かが、かけがえのないものだったなら。
本当に、何事もなかったかのように、違うスタートを切れるだろうか。
「過去を振り返るだけじゃ先に進めない」
と言うことが、どれだけの重みを持つのか。
後悔は、もういらない。
「・・・ここでけりをつけましょう」
その言葉に応えるように、手の中で石が熱を放つ。
「やあ、待ってた」
その、穏やかで場違いにのんびりとした声に。
「だ、れ?」
アニスが、ぽかんと口を開いた。
アニスだけではない。ガイも、ナタリアも、ティアも、アッシュも、ミュウも。
そして、ジェイドですらも。
そこにいた人間がシンクではなかったことに驚き、硬直していた。
赤茶色の、襟足ではねる髪。
榛色の、少し目元の下がった、穏やかな瞳。
レプリカ技術で大量生産されたのだろう強力な魔物の蔓延るここレプリカホドにおいて、丸腰であることの異常さは、誰の目にも明らかで。
彼が、ヴァンの側の人間であるならば、今まで顔を見せなかったことに疑問が残る。
しかし、そうでないならば、アルビオールを持たないはずの人間が、空中に浮かんでいたこの島に進入し、かつ自分たちよりも早くここに到達するというのは不可能だ。
「・・・待ってた」
けれども、その答えの一つは彼の手の中から現れた。
ジェイドと同じ、コンタミネーション現象。
アッシュの持つ、ローレライの鍵にどこか似ている、不思議な形の剣が少年の手のひらに現れて全員が一斉に武器に手をかける。
えもいわれぬプレッシャーが、本能に危険を告げていた。
今一瞬でも気を抜けば、その瞬間に地面にキスをするのは自分たちの方だ。
幾千の戦いをくぐり抜け、戦闘に自負があるからこそ、力量の差を絶望的に感じる。・・・それでも、ここで引けば、世界はレプリカに作り替えられてしまう。
スコアから逃げるために滅びるオリジナルから生まれるレプリカが、スコアの業に縛られていないとどうしているのだろうか。・・・少なくとも、そんな世界が、自由な世界だとは、思えない。
そんなこちらの決意が、果たして彼には届いているのだろうか。にっこりと笑ったまま、少年は剣を持たない手・・・右手をこちらに差し出す。
「渡してくれ。・・・持ってるだろ?」
「何のことだ!!」
吼えるアッシュには、ちらりと視線をやっただけで、少年は確かにミュウと、そしてジェイドだけを見据えている。
本能的に、ジェイドとミュウは彼の言っている「もの」が何かがわかってぞくりと背中をふるわせる何かを感じ取る。
よくよくみれば、アッシュによくにた面立ちの彼。けれども、圧倒的なまとう空気の差が、それを感じさせない。
実力行使も行う。そうなる前によこせ。それが、彼が武器を取りだした裏のメッセージ。
笑っているのに、いっそ殺意混じりににらまれた方が楽だとすら思ってしまう。
だが。
「渡せませんよ、残念ながら」
ジェイドの言葉に迷いなどない。これを渡してしまえば、自分と何か大切なものをつなぐ細い糸は完全に断たれるということを本能的に理解していたからだ。
過去の自分はきっと眉をしかめるだろうただの直感に従って動いている。だが、確信を持てるまであいまいに保つままで失うものがあるということを、知っている。
「これは、ご主人様から僕が預かっているものですのっ!!」
そして獣であるミュウもやはり、その己の直感に従って動いていた。
結果としてジェイドと、ミュウの断固とした言葉に、少年は少しだけ目を見開いた。
ほかの仲間たちは、何のやりとりをしているのかなどわからないだろう。・・・ミュウが握っているものが日記帳であるのは見て取れるので、それを渡せと言われているのはあるいは理解できるのかもしれないが。
少年に目を細められて、びくりと泣きそうになったミュウを、守るようにティアがその前に立つ。
足の隠しナイフを構え、ぎりっと少年をにらみつけた。
ナタリアも矢を番え、ガイも後衛を守るように一歩前に出る。アッシュも、いつでも走り出せるように重心を前にかけ、ぐっと柄を持つ手に力を込める。
「・・・別に、渡してさえくれれば邪魔をするつもりもないんだけど。渡さないなら奪うけど」
「話し合う気もなく、武器を取る方の言葉を信用はできませんわ!!」
困ったように首を傾げる少年に、ナタリアが厳しい声を上げる。・・・罠でないとは断言できない。
「通してちょうだい。こちらとしても、無駄な戦いは避けたいわ」
濃いフォニムを展開させ、すぐにでも譜歌を発動させられるように意識を集中させたティアが言い放つ。
「・・・はぁ。誰か冷静な奴、いないの?」
ため息をついた少年に、苦笑を浮かべながらも全く目が笑っていないガイが、すぅっと目を細める。
「悪いけどね、旦那とミュウがここまでして手放したくないものを、わざわざ持っていってくださいって差し出させる趣味はないんでね」
「そうそう、大佐のわがままなんて珍しいんだから、あとで恩に着せられるでしょっ☆」
「・・・仲間思いなことで」
アッシュが、ガイの横に並ぶようにして足を踏み出し、びりびりとした闘気を放つ。
「・・・そこを、どけ」
「はぁ・・・面倒だな」
もう一度、大きくため息をついた少年は、ちらりと困ったような視線をジェイドとミュウに送る。
今度は、そこに先ほどまでの圧迫感がないために、少しだけミュウが体から力を抜いたように息をつく。
「俺の大切なものがそこにあるんだよ。・・・それがないと、俺は自分が誰なのかも分からない」
え?とティアが目を見開くよりも前に、彼女の体が前のめりに崩れ落ちる。
少年の体が、一瞬にしてそこまで潜り込んだことに、前衛のはずのガイとアッシュは全く気づけていなかった。
我に返るのが一瞬早かったガイの渾身の一撃を、何のことはなしに笑み混じりで受け止めた少年は、たった一振りでガイをふっとばす。
石畳にたたきつけられたガイの体が、びくんと痙攣するようにはねて動かなくなった。慌ててナタリアが駆け寄り、回復譜術の詠唱を始める。
アニスが、トクナガをオートで戦闘に参加させて、その隙に走りよって日記ごとミュウを抱き寄せて走り出す。
今、真っ先にねらわれるのはミュウだ。戦闘能力のないミュウを、放置して置くわけにはいかない。
「なめ、るなっ!!」
アッシュが切りかかり、ミュウの方に走り出そうとしていた少年が舌打ちをしてその剣を受け止める。
その間に、詠唱していたジェイドの一撃を、辛くも後方に飛んでよけた少年の着地地点を狙って放たれた矢を、さらに人間離れした動きでたたき落とす。
ナタリアによって回復したティアとガイも戦線に復帰する。
それまで余裕の表情を崩さなかった少年が、舌打ちをしながら手を上空に持ち上げる。
「なっ」
狼狽したのは、アッシュだった。
それがなんなのか・・・分からない彼ではない。自身だけが単身で扱うことのできる力、超振動。
しかし、規模はそれの比ではない。・・・あれを放たれれば、この場所自体が吹き飛んでしまう。
「渡してくれ。・・・これが最後の警告だ」
少年の声が、妙に高く、空気をふるわせたような気がした。
あっはっはっはっは(をい)
ちなみに、彼のベースは、ジャンクのダーク君だったりします。彼のソフトバージョン。とりあえずやりたいことがあるからあんまり後先考えずにやらかしています。
あとちょっとおぉおおおおおおっ!!
長くてすんませ・・・
2010/5/30up