ローレライから聞かされた話は、仲間たちにはにわかには信じられない内容であった。
それはそうだろう。自分たちの記憶にはない「ルーク」という存在がこの世界にはあって、そのルークというのがアッシュのレプリカで、自分たちと行動をともにしていたというのだから。
おそらくはローレライの介入によって書き換えられた記憶は、しかし思いだそうとすればするほど、確かにどこか歪みのようなものがかいま見える。
ティアが屋敷で出会ったのは、六神将であるのは、アクゼリュスを落としたのは、ミュウを助けたのは。
まるで、質の悪い黒いインクで塗りつぶされたように、ぐちゃぐちゃな記憶。
塗りつぶされた顔は、誰のものだっただろうか。
「・・・えっと。その、ルークって存在を、私たちは忘れちゃってるってこと?レムの塔で、もう一人、いたってこと?」
こういう時の順応力は、大人よりも総じて子供のほうが高いといわれている。
混乱している口調ではあるが、アニスの言葉にローレライではなくジェイドがうなずいて見せた。
どんな時でもゆらぎを見せないのではないかとすら想われる静かな瞳。それが、ざわめいていた仲間たちの心を知らずのうちに静めてゆく。
「ええ。・・・それがルークです。そして、彼自身の心、魂と呼べるものが今、ここで眠りについている」
ジェイドの手の中で、呼応するように紅い石が明滅した。
ジェイドの赤の瞳よりも、なお炎の暖かな、朱の色に近い揺らぎが存在を主張する。
聖なる炎の光。
ルークという名に、そぐわしい、色。
そして、ジェイドの言葉を肯定するように、金の色を放つ瞳をした少年・・・否、ローレライがうなずいた。
どこか人間味がないのは、やはりローレライが音素の意識集合体であるゆえんであろうか。顔は、アッシュと同じはずであるのに、きっと誰も見間違えることはないだろう。
「・・・我は、この世界におけるローレライではない。従って、我自身も欠片であるといえる。障気中和の際に、消滅しかかったこの子の魂と体を、かろうじて留めることしかできなかったのも我が欠片である故。そして、我が愛し子はその形になって眠りについても、なお其方のそばを望んだ」
無機質な声、言葉。
けれども同時にどこか、子を想う親のように、慈愛のにじんだ色。
世界を巻き込んでまで、世界をわたってまで、それでもルークという存在を消し去りたくないというその行動は、印象と矛盾してどこまでも人間味がにじむ。
だからだろうか。欠片であってもほとばしる人ならぬもののプレッシャーがあってもなお、誰もがただ真剣に其の話に耳を傾けているのは。
自分たちの記憶にない「誰か」のことが、素直に真実だろうと思えるほどには、確かにローレライの言葉は真摯に尽きた。
「そして、この魂を体に戻せば、ルークは戻る」
ローレライの言葉が終わるのを待って発された、ジェイドの、確信を持った問いかけにやはりローレライはうなずく。世界は、はじけたルークという存在を塗りつぶす方向に動いたけれども、ルークのジェイドへの思いの強さがわずかな欠片をを残したのだ。
そして、日記帳に残滓を残し、本来予定調和で消え去っていたはずのジェイドの記憶をも呼び覚ました。
まるで気まぐれに響いた残響が、音叉を共鳴させやがてうねる音を呼び起こすように。
「心が離れても、この体には我が愛し子の想いや望みが染みついていた。だから、もう一人の愛し子が、その想いに引きずられてここまで来た」
ローレライが、ルークの手のひらを、そっとその胸に当てる。
ぽろりと、ただの一筋こぼれる涙は、いったい誰のものであるのか。ジェイドたちにはわからない。
「本来、我も、そして我が愛し子も、どちらもこの世界には存在しなかったはずのもの。だからこそ、世界はこの子の存在を否定し、なかったことにしようとした。この子は、存在しないことこそが自然で、本来の摂理。・・・そしてまた、本来この世界に存在するはずだった愛し子は、もはやこのままではやがて世界の第七音素に溶けて消える。・・・故に選べ人の子ら。もはやこれは、スコアにすら読まれていなかった未来。あまたの可能性の中の一つ」
日溜まりは一つしかないのだと、いつか誰かがいった。
その日溜まりからこぼれ落ちたものに、世界は居場所を与えない。
ローレライのその言葉が、真実味を帯びて誰もの心に警鐘を鳴らした。
いち早くその言葉の真意を読みとったガイが、青い顔をして、そしてローレライに問うた。
「・・・俺たちに、どちらの「ルーク」という存在を消すか、選べってことか」
「是」
短く肯定を告げるローレライに、女性陣が口元に手を当てた。・・・ローレライの力だろうか、仲間たちにもゆるゆると、少しずつ戻りつつある「ルーク」という存在の記憶を、失うことが正しいことだと、世界がいっているのだという。

「すべての記憶を戻そう。・・・その上で、己が道を選べ」

ローレライの―――少年の、差し出した左手を中心に光があふれて、そして、はじけて消えた。




小さな、小さな、七歳くらいの子供が泣いている。
ぶかぶかの服を着て、傷だらけの体をして。
ああ痛そうだ、かわいそうだ。
そう思って、自然と体は動いていた。
裸足のまま砂利道を踏みしめていた其の体を抱き上げ、そして、それ以上痛いことの無いように、足に刺さっていた小石を払ってやる。
大丈夫か?と聞くと、榛色の瞳がぼろぼろと涙をこぼしながらこちらを睨みつけた。
「おれはいらないそんざいなんだ。おまえが、おれのそんざいをうばったんだ」
全く其の通りだったので、彼はすなおにごめん。といった。
けれども、子供は泣きやむどころか、もっと激しく泣きじゃくる。
「どうして、おれは、いきていちゃいけないの。おれはおれなのにおれですらない。ぜんぶぜんぶ、おまえのせいだ!!」
うん、ごめんな。と彼は謝った。
この子は、それでも自分の願いを読みとって動いてくれたのだ。・・・それなのに、今消えることを宣告されている。・・・本来は、彼の存在こそがこの世界にあるべきだったのに。
本当の「ルーク」は、この幼子だったのに。
「おまえまでおれのことをいらないっていうんだ。・・・みんなみんな・・・」
違うよ。おまえは、いらない奴なんかじゃない。
かつての、自分と同じ叫び声。
誰かに、必要としてほしくて。ここにいていいよといってほしくて。
誰かの代わりになんてなれなくて、「自分」にもなれなくて。
・・・世界に、存在を、否定されて。
そして、消えていく。
泡のように。はじけて。それで終わる。
生きた証は、体すらも残すこともできずに。
「おれだって、いいきていいよって、いってよ・・・」
泣きつかれた子供が、ぐいと手をつかむ。
小さくて、暖かで、生きている手。

生きていていいよ。ここにいていいんだよ

「・・・ほんとに?」

・・・あの人が、俺に教えてくれた。ここにいていいよ。ということばを。
だから俺はおまえにあげる。
ここにいていいよ。いきていて、いいんだよ。
いままでごめんね、ちゃんと返すから。

ずっと泣いていた子供が、笑った。
(そっか、この子は)
かつての自分自身だ。
誰にも必要としてもらえなかった頃の、自分。
ぎゅうっと抱きしめてやりながら、ルークはただ、この子どもの幸せを願った。



(大好きだよ)


愛の言葉を




だめだ、崖の上の○ニョ(録画)みながら書いてたら、最後の文章が「ルーク、ジェイドだーいすきv」に変換されそうになってきたぞ。
相変わらずのシリアス展開にも関わらずの暴走後書きで申し訳ありません。
2010/6/27up