さぁ、目を覚まして!終着点はもう少し。
そして、それは始まりの合図。
Never ending story<繰り返しの物語>はもうおしまい。

次に君が開くのは、まだ筋書きも決まっていない
No title
のストーリー!
めでたしめでたしはまだまだ先のお話。
今はただ、「彼らはそれからずっと幸せに暮らしました」のエンディングを目指して!



ユリアが契約で紡いだ大譜歌が響き渡る。それは、どこか教会の鐘の音にも似て静謐。
ティアののびやかな声。
そして、とめどなく彼女の瞳からこぼれおちる透明のしずく。
ローレライを取り込んだ人間の行き先は、レプリカと同じように、その強大な音素に飲み込まれての消失。神にも等しい存在に手を伸ばし身を滅ぼしたイカロスのように、その躯すら残らない。
ほほ笑んだような死に顔のまま、緩やかに音素の結合をほどいていく兄の顔を、少しも忘れまいと見開いたアイスブルーの瞳は、瞬きすら堪えている。
世界への祈りで有りながら、兄へのレクイエムのように響くその声は、正しく鎮魂の歌を奏でるだろう。きっと、その命を賭して世界を正さんとした男の魂は、星の記憶の象徴として音譜帯へと登っていくローレライの腕に抱かれる。
まるであつらえた舞台のような石畳の中央で、ローレライの鍵を突き刺しほどけてゆく己の師を見送っていたアッシュの横顔から、涙の筋は見えない。
それでも、何か思うところはあるのだろう。・・・それを、彼が口に出すことはないだろうが。
だが、長く感傷に浸ることは許されない。
ジェイドの視線で持って促されたアッシュは、心得たように頷いて見せた。
軽く付きたてただけであった鍵をゆっくりと開放してゆく。
湧きあがる第七音素の粒子が、アッシュの長い赤い髪をふわりと浮きあがらせる。
空の青と、その赤がまるで対比のように、思われた。
そして。
「皆、すぐにここを離れてください。急いで、ノエルとギンジにアルビオールを準備させて、出発してください。じきに、ここは崩れます」
さらりと、当たり前のように言われたジェイドの言葉に、ぎょっとアッシュ以外のメンバーは目を剥いた。
それが冗談でないことは、揺るがない赤の瞳を見ればわかる。
ここが崩れるということはもちろんメンバー全員が理解していた。
そして、アッシュがまだローレライの解放という大役を残していることも。
だが、ジェイドは違う。彼には、どんなに望んでも第七音素を操ることなどできはしないのに。
それに、ローレライの加護を受けるアッシュであればこの先も無事である可能性は高い。
だがもちろん、ジェイドにそれは存在しない。
であればこそ、そのジェイドの言葉はまるで彼がヴァンのようにローレライとの同化を望んでいるかのようにしか聞こえなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ大佐ぁ!」
言葉を挟もうとするアニスを、しかし彼らしからぬ叩きつけるような強い口調でジェイドは拒んで見せた。
「もう時間がありません。ノエルたちも巻き込むつもりですか!」
常で有れば、それがどれだけむちゃくちゃで理論すら整っていないのか。ほかならぬ彼が鼻で笑っただろうに。
それでも、常に理性で行動して来たようなジェイドが、はじめて見せた人間の色に、誰もが言葉を飲み込んだのは確かだった。
ノエルとギンジは優秀なパイロットだ。
おそらく崩壊のタイムリミットぎりぎりまでは皆を待つだろうけれども、脱出のタイミングを見誤ることはしまい。
彼らが脱出をしなければ、救援を呼ぶことすらできなくなるからだ。すぐに各国の兵士たちを連れて戻って、メンバーを探すだろう。
それを、誰もが理解し(あるいは、信頼し)ているからこそ、ジェイドの言葉は真実正しくない。
けれども。
同時に、ジェイドを止めることはできないと、どこかで皆、理解していた。
ルークのコアである赤の宝石を持つのはジェイド。そして、その宝石をローレライのもとへと導いてやらなくては、ルークは還ってくることなどできない。
これからローレライの解放に集中しなくてはいけないアッシュには、其の荷が勝ちするぎることは明白で。
だからこそのジェイドのその言葉なのだと、その赤い瞳を前に嫌でも伝わってくる。
やがてまずガイが動いた。
「・・・ちゃんと、ルークを連れて帰ってきてくれよな。旦那、アッシュ」
悔しそうに薄い唇をかみしめて、強く拳を握りしめそれでも背を向けて歩き出す。
「わ、わたくしは納得しておりませんからね!あとで、きっちり弁明していただきましてよ!・・・アッシュ、大佐、お気をつけて」
ナタリアが、涙をためたペリドットの瞳を必死に見開いて、かつりとかかとを鳴らし出口へと足を向ける。
「あ、アニスちゃんは、アッシュとルークとついでに大佐に、パトロンになってもらわなくちゃいけないんだからっ!三人で絶対戻ってこなくちゃだめなんだから!」
ぎゅうっと、トクナガを抱きしめ涙目で、アニスも迷いを振り切るように走り出した。
「みゅう・・・ボクも、ボクも・・・」
いつだって、主人の傍を離れなかったチーグルを、そっとティアが抱き上げる。
兄への鎮魂歌を絶やさぬままに、そのアイスブルーを、静かに赤に向けて。
彼女は、何も口にはせず、その瞳で持って、すべての意思を告げていた。
一度、ぺこりと二人に向けて頭を下げると、鳴くチーグルの子供をぎゅっと胸に抱えて、走り出した。


そして、残された二人は、崩れ始めた石舞台の上で意識を集中し始めた。
アッシュはローレライに続く道を開くために。
そして、ジェイドは自分の持つルークの魂の欠片を持って、彼を導くために。
凄まじい第七音素の奔流にのまれそうになりながらも、食いしばるような声がアッシュの口から洩れた。
「てめえ、気づいてやがるだろう」
小さな小さな第七音素の塊であるルークの魂が、ローレライから溢れる第七音素に飲み込まれないように守りながら、ジェイドはふっと微笑んで見せた。
「・・・何のことですか?と言いたいところですがそうですね、可能性の一つとして考えてはいました。・・・成功確率は、半分以下といったところでしょうね」
小さな小さな赤い宝石は、まるで嵐の中のともしびのようにゆらいで、今にも消えてしまいそうな弱々しい光を放つのみ。
そしてそれがそのまま、ルークの生きる意志であり彼の命のともしびなのだと、言われなくたって理解できる。
いつくしむようにそれを掌で包み込みながら、ジェイドは笑った。
時折、ジェイドの体がかすむように透ける・・・ローレライの加護を受けぬジェイドもまた、一瞬でも気を抜けばこの第七音素の奔流へと飲み込まれることだろう。
もちろん、そんなことは全くおくびにも出さないが。
「勝算の少ない賭けには出ない性質だったんですけどね。・・・きっと、この世界の『ルーク』を見捨てれば、あの子は帰ってきてくれないでしょうから」
誰かの居場所を奪って生きることに、極端におびえ続けたルーク。
代替え品の存在として作られ、日だまりを追い出され、そうして世界から拒絶されて消滅したルーク。
それでも何度でも。
心の中で自分だけの居場所を探して。
『還る』約束を抱きしめて。
そして、手からこぼれるものを全部拾い集めようとした彼の願い。
例え勝算の少ない賭けでも、最早ジェイドにとって手放せるものではなかった。
『かつて』の自分とは、今の自分は違う存在である。ローレライによってもたらされたかつての記憶は、他人の日記を読まされたようなものであると、ちゃんと認識できている。
けれども。
その日記の中のルークも、そして今まで自分が一緒に旅をしてきたルークも、すべからく『彼』なのだ。
そして。
ルークの中でずっと眠っていた、この世界の幼子もまた、もうルークにとっては手放せない存在であるのだろう。
人はとてもわがままだから、どんなに両手から溢れても手を伸ばそうとしてしまう。
彼の手から溢れるのなら、一緒に抱えてしまえばいい。
人は一人では生きていない・・・生きてはいけないのだから。
「帰ってきなさい。・・・私はまだあなたに何一つ伝えてはいないんです」
ジェイドは、そう言って・・・初めてのキスを、『ルーク』へと贈った。



次でラストでございます♪
遅くて申し訳ありません。
ラストは前後篇です。来週末にいっぺんにアップいたします。
2010/8/15up