ちょろ、と顔を出したリスに、赤い髪と活発そうな緑の瞳をした少年がそろりと手を伸ばした。
もう少しで手が届く。そんなところでするりとリスは子供の手をよけて、そうして気まぐれのようにちょこんと少年の頭の上に鎮座した。
「ひょあっ!」
まさか、自分から寄ってくるとは予想していなかったこともあり、びくりと肩を揺らして悲鳴を上げた少年は、けれども動いていいものかもわからずその場で固まってしまった。
そんな様子を見ていた庭師のペールが、あったかな目で少年を見守っている。
しかし、あまりにも少年ががちがちに緊張してしまったものだから、「大丈夫ですよ」と声をかけてやった。
何せ、ペールの目には、リスがまるで自分の巣のようにリラックスして少年の頭にまるくなり、うとうととし始めているのが見えている。多少動いたところでおびえさせることはないだろう。
それを伝えてやれば、少年は見えはしないけれどもそっと上目遣いに自分の頭を見やり(リスを落とさないように、もちろん首を上げることはしなかった)、そうしてからやっと、そろりそろりと歩きだした。
「ほんに、 様は動物によく好かれますな」
「そうなの、か?よくわかんねぇ」
「動物に好かれるのは、心根の優しい方だと言われますからね、 様もやはり、お優しい方なのでしょう」
「...?」
難しかったですかな?と聞かれて、少年は素直に頷いて見せる。
また、ペールの笑い皺が濃くなった。
リスは本格的に寝てしまったのか、くるんと器用にまるくなり、ついでに少年の髪の毛をきっちりとその小さな手に掴んで離さない。
本当によほど、少年の頭の上が気にいってしまったのだろう。
それに、また二人顔を見合せて笑う。
しばし笑ったところで、ぽんぽん、とペールが手を合わせて土の汚れを払った。
これは、ペールの庭仕事が終わった合図であることを知っている少年は、解りやすくぱぁっと顔を輝かせた。今日は、これからおやつの時間なのだ。
「さて、そろそろ屋敷に入りましょうか?お茶の時間でしょう」
「うん!ティアがケーキ焼いてきてくれたんだろ?俺、絶対二個食うからな!」
まるで、孫と祖父のように手をつないで、二人は中庭から屋敷の中へと、入って行った。
No title -ending story-
世界は緩やかに変革を迎えている。
導師イオンの改革により、ローレライ教団の教えは、スコアを中心としたものから新しく編纂されている経典へと変わってきた。
いまだ、旧派の動きはあれども、ローレライが地殻から解き放たれた以上誰にもスコアを詠むことができないという事実で持って、その変化は徐々に受け入れられつつある。
また、ユリアシティの面々が、世界が障気に侵された際に積極的に病人を受け入れたことも、教団側への信頼回復に役だったと言える。...今は、導師イオン、その守護者アニス、そしてユリアシティの代表であるテオロードの補佐として世界を駆け回るティアが、新たな教えを紡いでいこうとしている。
また、キムラスカとマルクトの長年の対立も、ついに表面的な意味ではなく幕を閉じた。
世界から緩やかに第七音素の量が減り、新たなエネルギーの代替案を講じるためには、ベルケントとシェリダン双方の技術者の総力を合わせるのが効率がよいことは明白であるということから、対立するよりも手を取った方がいいという打算が働いたことは四割あるものの。
キムラスカの外交を一手に引き受けるようになった時期女王ナタリアや、稀代の君主と名高い皇帝ピオニーの手腕と、何より世界共通の脅威に一時期でも手を取り合ったという事実が急速に世界をまとめ上げたと言っていい。
絶対的な星の記憶から世界は離れ、決して平たんな道ではないとしても人々の顔は決して暗いものではない。
世界にわずか残るレプリカたちの保護も率先して進められ、今では小さな集落に彼らも世界の一員として暮らしている。
小競り合いは、ある。
決して、明るい話題だけでは、ない。
それでも、世界は緩やかに明日を迎える。そして、人々も明日のために今日を生きる。
「さぁ、終わりましてよ!お待たせいたしましたわ、ガイ、アッシュ!」
ナタリアのきりっとした声と、ヒールを鳴らす足音が響き渡った。
城内の客室で茶を飲んで待っていたガイとアッシュは、それぞれに視線を上げてキムラスカの麗しき王女を見、そしてそれぞれに頷いて見せる。
ガイはちょうどマルクトからいくつかの案件を持ってキムラスカに来ており、またアッシュもローレライ教団からの案件を持ってキムラスカに来ていた。
そして、これから彼らは、タタル渓谷に移動することになっている。皆待ち合わせは同じなので、一緒に移動することはあらかじめ決まっていた。
王女であるナタリアの仕事が終わるのを待って、この後迎えにくるアルビオールで出立する予定だ。
「さ、参りましょう。日暮れまでには到着しなくてはいけませんもの」
背はまっすぐに、顎を引いて、決して下を向かない。
身に付けた王女としての気品をまとい、悠然と笑って見せるナタリアに、幼馴染二人は苦笑した。
彼女は、なんだかんだと昔から自分たちを引っ張っていくリーダーのような存在だった。
そしてこれからは、キムラスカを引っ張っていくリーダーとなっていくのだろう。
それは成長で有り、そして彼女の努力の結果でもある。
例えスコアが彼女を優秀な王だと詠まなくても、この目の前の彼女こそが預言となる。
きっと、キムラスカはもっとよい国になっていくはずだ。
二人は立ち上がり、そうしていつかの昔と同じように、三人並んで出口へと歩き出す。
「あーちょっとちょっとイオン様ぁ、だめですよぅフローリアンは連れてけません!」
「あ...すみません、ごめんないフローリアン。お留守番をお願いします」
「...えー、僕も行きたかったよう...」
「駄目駄目!今度連れてってあげるから、今日は大人しくおるすばーん!...パパ、ママ、フローリアンのことお願いね!」
「はい、解りましたよ。アニスちゃん」
「アニス、イオン様、アルビオールが」
「あ、はい!今行きます!...アニス、行きましょう」
「はぁい!...じゃ、行ってきます!」
「「「いってらっしゃい」」」
世界の国々の混乱の中で、一番改変を強いられたのがローレライ教団である。
既にスコア至上主義の大詠師派は廃されたものの、スコアへの執着はいまだ根深いものがある。
それでも、イオンを中心として新たに教団をまとめる動きを担っているのが若き世代である。
ヴァンにより、オラクル騎士団の主要メンバーがごっそりといなくなってしまったため、その再編にも走り回っているが、かつての師団長アッシュと、そしてアリエッタが戻ってきたために大分負担も軽くなってきた。
オリジナルイオンのレプリカであり、大詠師モースに軟禁されていたフローリアンも加わり、ダアトは何かしらいつもにぎやかな体をしている。
かつての厳粛すぎる空気は代わり、今では街の空気も随分と明るくなった。
まだ、教団の中をすべて変えてしまうには時間が足りないかもしれない。
けれども、いつだって歴史は親から子供へと受け継がれるもの。
若い世代が中核を担うのであれば、きっと先に進めるはずだ。
「皆に会うの、久しぶりだねぇ」
少しだけ背の伸びたアニスが、うーんと伸びをしながら笑う。
「そうね...私はこの間マルクトにはいったけれど、ナタリアに会うのはとても久しぶりだわ」
少し大人びたティアが、そんな彼女の横を歩きながら目を細めた。
「僕は皆さんにお会いするのが久しぶりです」
やはり少し背の伸びたイオンがほほ笑み。
「ボク、皆さんにお会いできてうれしいですの♪」
その腕の中で、ミュウが大きな耳を揺らした。
そして彼らの見上げる先には、真っ赤な機体のアルビオールが、挨拶をするように旋空していて。
まるで、空に浮かぶ太陽のように、思われた。
ローレライが、音譜帯へと登ってから、一年の月日が流れていた。
彼らの目指す先は、始まりの場所であり、終わりを望む場所。
―――タタル渓谷。
ってわけで、続きます。ジェイルク要素は後半へ。
そして、いっぺんにアップするとかいって間が空きます。
焦らしプレイで申し訳ありませんorz
2010/08/22up