セレニアの花畑。
ティアの唄う大譜歌は、今はローレライのためにではなく、ただ個人のために捧げられる。
ここに集まっているのは、一年前のこの日、海に見えるレプリカホドで己の道の為に戦った者たち。
かつての世界情勢を鑑みれば、ここまで世界各国バラバラのメンバーが集まって、そして一つのことを成し遂げるなど信じられようもなかったこと。
そして、世界のだれもが、自分たちの傍からスコアが消えるなど考えることもなかっただろう。
けれども、結果として世界からはスコアが消え、情勢も著しく変わりつつある。
あるいは、それを必然と呼ぶ人間もあるかもしれない。
歴史において、動乱、変わり目の時勢には、必ずその時の主要な人物たちが引き寄せられると学者たちは説くという。
偶然としてはあまりにも出来過ぎていて、必然とするにはあまりにも不安定だったその邂逅は。
けれども、当の本人たちにとってはやはり結果論でしかないのだ。『もしもこうではなかったら』なんて想像は、結局想像のうちにしかない。
物語にやり直しなどないのだ。
どんなに似ていたって、物語は、『同じ』ではないのだから。
ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア
アッシュ
アニス・タトリン
ティア・グランツ
イオン
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス
そして、チーグル族のミュウ
けれども、かつて共に旅をしていたあと二人の姿はここにはない。
そして、その代わりのように、今この場所にはかつてはいなかった、赤い髪と緑の瞳をもった子供が、ミュウを腕に抱いて静かにティアの歌を聴いていた。
まだ幼い、まろい顔立ち。
形のよいまつげが月光を浴びて頬に影を落とし、少しだけ大人びた表情を作っている。
『ルー』の名を受けて生きる子供は、きゅう、と少しだけミュウを抱く腕に力を込める。
ローレライの解放と、そして二人の『ルーク』という存在の存続。
奇跡に近い確率で願われたそれは、果たして勝機の薄い賭けではあった。
けれどもローレライの解放はなされ、そして小さな...腕の中で眠る七歳ほどの赤い髪の子供を抱いたアッシュは、あの旅の一週間後に還ってきた。
しかし。
けれども、ジェイドと、そしてジェイドが最後まで手放さなかった、ルークという存在は、今日に至るまでいまだ姿を現してはいない。
「...しっかしなぁ...どこで何やってるやら」
兄と、そして兄の理想に賛同し正面から戦いぬいた者たちへの歌を捧げたティアがその歌声を終えてから、最初に口を開いたのはガイだった。
そこには、どこかあきれのような色が浮かんでいる。
そしてそれは、ここに集まっている全員に、多少の違いはあれど共通して言えることであった。
あの、ローレライ解放の日。
結論からいえば、確かに皆の前に帰って来たのは子供を抱えたアッシュ一人で、あの二人の姿は見られなかった。
約束は、果たされないのか。
言葉を無くしかけた仲間たちに、静かにアッシュが告げた言葉は、『あいつの気配は消えていない』であった。
この世界の『ルーク』であり、そして『あの世界』のローレライの力によって魂をつなぎとめた子供...『ルー』もまた、アッシュと同じようにこの世界のどこかにいるルークの存在を肯定した。
この世界のローレライの力によって、つまりルークの存在は確かに、繋ぎとめられたということである。
けれども。
待てども待てども、ルークとジェイドは姿を現すことはなく。
ひと月を過ぎたあたりで、額に若干の青筋を浮かべたナタリア殿下とピオニー陛下(ついでに導師イオン)が揃って捜索隊を結成するも、その後三月も全くその姿を掴むことができない。
けれども、不思議と世界のどこかでは、『赤い髪と赤い目をした二人連れを見た』という話がどこかでは聞かれる。ときにはエンゲーブ、時にはシェリダン、時にはナム孤島と、その出現情報はさまざまであるのに、決して捜索隊に尾っぽを掴ませることはない。
まるで勝ち目のない追いかけっこのようで、のらりくらりと追手を交わす様は、彼らの確かな実力を窺わせるものであった。
『...まぁ、あの馬鹿に本気で逃げられたら、一般兵士じゃどうしようもねぇな』
二人連れの片割れを、誰よりもよく解する皇帝が、そう苦笑気味に言って。
半年を過ぎたあたりで、捜索隊は解散され。一年はただ帰りを待つことと相成った。
そうして、今日がその節目の日。
あの戦いから一年の月日を経て、始まりにして終わりの地に、こうして皆が集まっている、意味。
『二人の捜索』
それが改めて各国から、かつての仲間たちに命じられたことに由来する。
(そして誰よりも、彼らこそが、今にも国を飛び出して捜索に行きそうになっていた。それもあって、一年の期間が設けられていたともいえるのだが。)
つまり今日この日とは、彼らがそれを開始する節目にもあたるのだ。
「そろそろ、一発殴りにいかないとなぁ」
拳を固めて言うガイに、ふふふ。と口元を押さえながらナタリアが笑う。
「わたくしも、言いたいことはたくさんありましてよ!」
少しだけ伸びた背で、うーんと伸びをしたアニスが、イオンの手を取りながら、
「イオン様も、一発入れちゃってください!」
と握りこぶしを作り。
「僕は、お帰りなさいって言いたいです」
その繋がれた手を握ったままで、イオンが小首をかしげる。
「ティアはどうするんだい?」
ガイに問われて、一年前よりも少しだけ大人びた顔つきになったティアは、レプリカホドに視線を向けたまま、
「ジャッジメントかしら」
と苦笑し。
「アッシュはどうなさいますの?」
ナタリアに問われたアッシュは、かつてと変わらず眉間に皺を刻んだまま、
「...さぁな」
とだけ答えた。
ミュウを抱いた子供だけが、少し戸惑ったように瞳を揺らし。
そして、やがて小さく小さく、呟いた。
「...『ここにいてもいいよ』」
「?」
意味を、計りかねた面々の視線にさらされて、少しだけおびえたように体を揺らした子供は、ぎゅっとミュウを抱きしめることで後ずさりをこらえ、そうして先ほどよりも少しだけ大きな声で、己の思いを夜空へと放った。
「俺、『るーく』に会えたら、『ここにいてもいいよ』ってあいつが俺に言ってくれたこと、あいつに言ってやるんだ!」
時も、世界すらも超えた邂逅。
すれ違い、疑い、傷つけあい、奪い合い。
そしてそれでも、向かい合った。
一人分の日だまりは、手をつなげば二人分の日だまりに変わる。
そして、認め合うことで、新しい日だまりはそこに生まれる。
『かつて』と『今』の約束を握りしめて、きっとだれもが、叶う今を疑わない。
『ここにいていいんだよ』
誰よりも優しく日だまりを願った子供に。
そしてその子供の手を離さなかった、不器用な大人に。
そう告げられる『未来』を、疑わない。
彼らが、目指す二人連れに出会う日は、あとほんの少し未来<さき>のおはなし。
No title -end.
あとがきは、長くなるので裏話後に別にアップいたします。
長らく、お付き合いありがとうございました。
*とか言いながら、来週は裏(という名の入りきらなかったジェイルク編)をお届けいたしますが。
⇒だって、まさか最終話で名前しか出てこなかったなんて、そんな\(^o^)/(没話では、がっつり出てたんですけどねぇ...あ、没話も後日こっそりとどこかに載せておきます。)
でも、本編としてはここで完結です。
裏話は蛇足...ではあるんですが、ジェイルクと言ってるのに出てこない奴らを引っ張り出さないといけないのでもうちょっとがんばりまーす。
2010/9/5up