もう、間違えたくない。
もう、間違えない。

たとえ、この身が滅びても。


ライガクイーンを、超振動で、人住まぬ森に送るくらいのことはルークには造作もなかった。
あえて、攻撃を受けて、ティアが気絶したころを見計らって、一気に飛ばしたのだ。
ティアには申し訳ないが、致命傷ではないはずだ。
後は、クイーンが母親としての義務を果たしてくれることを願って、ルークは一度だけ瞠目した。...自己満足だとは判っているけれども。
イオンの、揺れる瞳とぶつかった。
ちょっと、困惑したような瞳の彼に、ちょっとだけ人差し指を口に当ててみせる。
そのしぐさの意味を感じ取ったのか、イオンは逡巡した後に頷いてくれた。

あの、桃色の髪の少女が泣かないで済めばいい。と、ルークは願っていたから。
あの、桃色の髪の少女が悲しまないで済めばいい。と、イオンが望んでいたことを、ルークは知っていたから。



「ルーク。貴方は...」
タルタロスの上、風に髪をなびかせているルークに、イオンが少しだけ微笑んで呼びかける。
イオン、と名前を呼びそうになって、苦笑した。
どうせ、もうこの口から声が漏れることなどないのに。
どこまでも、自分は傲慢で浅ましい。
得られた奇跡を喜ばずに、失った一握りの不幸に酔いしれる。
ふと、ジェイドが甲板に出てきたのが見えた。
それだけで、幸せになれる自分がいる。たとえ、あのときのジェイドと今のこのジェイドが違う人物だとわかっていても、それでも、ジェイドはジェイドだから。
でも、ジェイドは一度だけこちらに目線をよこしただけでふいと視線をそらしてしまう。

ずきん

判ってる、判っている。
でも、どうしても、あの赤い瞳が綺麗に微笑んだところを見たい。
自分に、向けて欲しい。
名前を呼んで、馬鹿ですね、とか、仕方ないですねって言って欲しい。
「ルーク様ぁvvアニスちゃんもまぜてくださいーぃvv」
くねくねとした動きでしなを作ったアニスが、まろぶようにやってきてルークの思考を中断する。見た目に反して、なかなかにしたたかで強い少女だ。彼女も、「仕方ないなぁ」と笑いながらよくルークの相談を聞いてくれた。
ぴょこん、と二つ結びの髪が揺れると同時、背中に背負ったトクナガの手がまるで挨拶でもするように揺れて思わずふきだしてしまう。
「?なーんで笑ってるんですかぁ?」
「アニスさんの背中で、トクナガさんがこんにちはしたですのっ!!ご主人様、挨拶したですのっ!」
ミュウが飛び跳ねて、ルークは一瞬ぎょっと目を見張った。
まさか、このチーグルは人の考えを読むという術を持っているのではあるまいか。
「...ミュウって面白いー」
「みゅ?」
一瞬、きょとんとしたアニスが笑い出して、逆にミュウが首をかしげる。
なんだか、あったかくて二人の頭をぽんぽんとなでてやったら、「子ども扱いしないでくださいー!!」とアニスがぷんすかと頬を膨らませて、イオンがそれにくすくすと笑った。

「ルーク、貴方は、優しいのですね」
イオンが、あの時とたがわぬ言葉を、たがわぬ笑みで言った。
そんなんじゃない、俺は優しくなんかない。
優しいのはお前で、綺麗なのもお前で、優しいのは俺なんかじゃない。
「僕は、確かにチーグルを助けたいと思いましたし、ライガクイーンを止めたいと思いました。...けど、僕には実際は何をする力もありませんでした。...だから、ルークは優しいのだと思います。力を使う方向が、守るためであるから」
ちょっとだけ、逡巡して。
ありがとう、の代わりにルークはイオンの頭をぽんぽんと叩いた。
わ、導師様になんてことをっ!!と後ろでアニスが騒いでいるけれども、イオンはそんなことを気にせずに笑う。
「どういたしまして」

そうだ、俺は、この笑顔も、守りたいと思ったんだ。


「そうですか、協力してくださいますか。ありがとうございます」
頷いたルークに、事務的な口調と朗らかな笑顔でジェイドは言った。
ただし、その瞳は少しも笑ってなどいないが。
宜しくお願いしますねぇ、と言いながら、内心ジェイドの心は穏やかではなかった。
どうにも、この少年を見ているだけで苛立ちが募る。
少年時代からこの方、読んだ書物の中身を忘れたこともない。...忘れられるほうが、どうかしているとさえも思っていた。
それなのに、まるでこの少年のことを自分は忘れてしまっているのではないか。という気にさせるのだ。あの緑の瞳を向けられるたびに。
不可解な点も多い。イオンとティアの報告によれば、ライガクイーンはまるでその場から卵ごと消え去ったのだといっていた。ルークが、手をかざしたその途端に。
そのことを問い詰めれば、明らかに何かを隠している様子ではあるが、ルークが言葉を話すことが出来ない以上、口を割らせることも出来ない。何より、『これから外交に協力していただく公爵子息殿』のご機嫌を損ねたとあっては、後々面倒なことになるだろう。
あからさまな様子で、こちらが突っぱねているにもかかわらず、ジェイドのことを見つけるたびにうれしそうに微笑んでくるのでさらに調子が狂う。そして、名前を呼べばそれだけで幸せだといわんばかりに満面の笑みを浮かべるのだ。(本人が隠しているのかどうかは謎だが、それを見てティアが「かわいいv」と呟いていることをジェイドは知っている。)
まぁ、貴族というものは得てして変わり者だ。
世間も知らずに、のんびりと暮らしてきた道楽息子だろう。
そう、自分の中の逡巡に決着をつけようとした瞬間、船が揺れた。


ぱきぃいいん
澄んだ、乾いた音が廊下に響き渡った。
ソレを放った人物...ラルゴは、軍人にあるまじき様子であっけにとられていた。
自分が鎌を突きつけ、震えていたはずの少年が放った剣で、ネクロマンサーの譜術を封じるはずだったアンチフォンスロットは砕け散ったのだ。
「ミュウ!!天井に第五音素を!!」
「はいですのっ!!」
同時、チーグルの放った炎で砕けたフォニム灯で、一瞬目がくらむ。
「アニスっ!!イオン様を!」
「了解ですっ!!」
ルークは、俊敏な様子で駆け出したアニスを見て、頑張れと願う。
同時に、ジェイドを取ってしまった自分に少しだけあきれた。
ラルゴのわき腹にジェイドの槍が食い込んで、鮮血があふれ出したのを、少し悲しい顔で見つめながら、(少しだけ、ナタリアを思い出した)走り出す。
自分が居場所を返すべき、人の下へ。


「貴方は、本当に何者なんですかねぇ...?」
アンチフォンスロットというものなど、本当に一部の研究者や要職しか実際には見たこともないはずだ。それを、公爵家に軟禁されていたルークが見ることのできる機会などあったとは思えない。
確かに、ルークの行動は結果としてジェイドを助けたが、だからといって手放しで喜べる状況でもなかった。
手馴れた様子で、無駄なく魔物を切ってゆくルークは、もちろんその問いに答えることはないし答えることもできない。常であれば、紙に書いてもらうなり手に書いてもらうなりすればいいが、この非常時にそんなことをする余裕などあろうはずもない。
ライガを、絶対零度の冷気で氷付けにしながら、油断なくジェイドはメガネを押し上げた。
ティアは、軍人であるからして冷静に戦っている。だが、ジェイドからしてみればまだまだひよっこにしか見えない。
ルークは、まるで、いくつもの死線を越えてきた猛者のようにすら見えた。
自分の死すら、超えてきたように。
「...フリジットコフィン」
また、一匹のライガを片付けて、ジェイドは息を吐く。
あれでも、ルークは大分力をセーブして戦っている。もし、ジェイドが一対一で見えたら、勝てるという自信はない。
(本当に、何者なんでしょうか...)
ブリッジに向かう扉に行き着いて、ようやく息を吐いたところで、再びその疑問が、頭をよぎった。
(...私としたことが、冷静さを欠いていますね)
自分を奮い立たせるように首を横に振って、譜歌を歌い敵を眠らせたティアを呼び寄せ、ブリッジへと足を進めた。
ルークが、『きをつけて』と口を動かしているのが見えたけれども、見えなかった振りをした。

だって、聞こえないから。


聞こえても、届かない言葉







イオルクが好きなんです(え、いきなり何?)
イオン様は、たとえジェイルクだろうとガイルクだろうとルークといちゃこら出来ます。それがイオンクオリティー!!(黙れ)
ちなみに、『no title』はこのネタのタイトルです。増えたら番号でもふろうとか画策中。文章中、フォントがでかくなってるのはサブタイトルだとでも思ってくださるといい感じ。
2007.1.20up