いおん
きえ、た?
断崖絶壁の生誕式
むせ返るような熱さなのに、冷や汗が背中を伝って、寒いとルークは感じた。
今し方、欠けらも残らず光と消えた『誰か』の名前が、どうしてもでてこない。
その代わりとでもいうように、手の平には譜石があって、それはアクゼリュス崩壊からこちらずっと心に降り積もっていた乾いた音をたてるものにも似ている。固く冷たく、ほんの少しの優しさも、そこには感じられない。『彼』が最期に残したものだというのに。
「...ルーク...自分を追い詰めないで」
気遣わしげなティアの声。
ダメだ、俺が悪いんだ。俺が、俺が。
そう呪文のように唱えているうちに、ふと気付いてしまった。
ホントウニオレガワルイノ?
すべてにおいて自分を悪とすることで均衡を保っていたルークの心には、恐ろしすぎることばだった。今まで、少しも考えないようにしてきた言葉だった。
アクゼリュスも、セントビナーも、戦争も崩落も全部ルークがいなければよかったことだった。(ヴァンも、そもそも秘予言を知っていて、それでもルークを送り出した国の重鎮たちも、誰も悪くない。ただ、自分だけが悪いのだ。)
わがままな自分は常に仲間を傷つけてきたし、居場所を奪ったアッシュ、偽物として居座っている家庭も壊してしまった。(だって、偽者だったから。)
ルークはダメで、血にまみれた手はまわりを傷つけることしかできないから、ルークがこの世に存在するかぎりそれは仕方ないことではあったけれども。(俺は、出来損ないだから)
だけど、どうして...イオンは消えなくちゃいけなかった?(俺ではなく?)
ルークがいなかったらよかったのだろうか。ルークがいなかったら、イオンは今ここで、いつものように笑っていてくれたのだろうか。(笑っていて欲しい)
―ルークは、やさしいんです。僕は、大好きですよ。
大好き。
そう、自分は、イオンが、大好きだった。
笑った顔が好きで、控えめなことばが好きで、いつのまにか隣にいてくれることが好きで、最初から、ルークをルークとしてみていてくれたことに救われていた。
そんな、やさしいイオンが、誰に殺されるというのだろう。
ぼうっとしている間に戻ってきていたダアトの教会で、アリエッタとアニスが言い合うのがまるで遠くのように聞こえた。
ガイや、ティアやナタリアや...時折ジェイドが話し掛けてきた気がするけど、全然頭に入ってこない。
どうして、俺みたいな汚い手以外に、あんなきれいな奴を害することができただろうか。
飛び出してしまったアニスを追い掛けている間も、そんな疑問がクルクルまわる。
気付くと、自分はしゃがみこんでいるアニスのそばにきていた。
すると、唐突に。
ユリアのお告げではあるまいが、唐突にルークは理解した。
(ああそうだ。イオンはやっぱり俺が殺したんだ)
こんな汚い手で、それでも触れたいと願ってしまったから、汚れる前に光になってしまったんだ。だってそうだろ?あいつはあんなにも綺麗で、俺はこんなに汚い。
「悪いのはアニスじゃない、仕方なかったんだ」
だって、俺がここにいるんだから。
イオンの残した譜石の欠けらを、アニスに渡す。
アニスは、泣きじゃくりながらごめんなさいと繰り返していた。
ひとしずくも
ほんのひとしずくの涙も流せない自分は、やはり欠陥品だった。
「ルーク...無理するな、泣いていいんだぞ」
いつのまにかやってきていたガイが、いたそうな顔をしながらルークに呼び掛ける。
「...む、り?」
無理って、なんだっけ。それって、俺に許された言葉なのかなぁ。俺みたいな罪人に、許された言葉なのか?ガイ、わからない。どうなんだろう?
でも、イオン。やさしいおまえの死を、俺は汚したくない。
イオンのために涙を流すことは、イオンへの冒涜だ。だから、俺は一滴だってお前の為に涙など流したりはしないよ。
「俺は、無理してない」
「七歳児が、泣くのを我慢しなくていいんだ」
がい、がい。
おれはたしかにかなしいんだけど、なみだはでないんだ。
なみだは、なくなっちまったんだ。
ひび割れて乾き切ったルークという大地に降り注いでいたやさしい雨は、もう二度と降らない。容赦なく照りつける太陽で、悲鳴を上げるだけ。
ルークがこの手で、壊してしまったから。
いつからか、胸のなかに降り積もっていた石たちによって、もはやルークという心は崩壊寸前であった。
そうしてそこに、イオンの残した最後の譜石が投げ入れられる。
かつん
ぐしゃり
いびつな音をたてて墓石の下の『ルーク』はつぶれた。
「ルーク?おい、どうした、ルーク!!」
ガイの声は、遠くに聞こえる。揺さ振られるままのルークは、アクゼリュス崩壊
からこちら浮かべることのできなくなっていた表情を浮かべる。...すなわち、ルークは笑っていた。
幸せとは対極の、壊れた笑いだった。
「わかってた」
「何を、ですか」
ひとしきり笑った後に、眼鏡を押さえてきいてくるジェイドに答えたわけではないが、ルークは続ける。
「仕方なかったんだ。だってイオンはきれいで、汚いものに耐えられなかったんだ。...俺が、殺したんだよなぁ」
きれいなもののそばにいたら、いつか浄化されると思っていたのだ。きっと。ただ、そんなふうに思ってずっと甘えてよりかかってきたのだ。
「ベルケントにいこう、イオンの最後のスコア、無駄にしちゃいけない」
優等生の、模範的回答。
つぶれた花を抱えたまま笑う、泥人形。
仲間たちの背中に、怖気にも似たものが走る。
笑っている、この子供は笑っている。
アニスも、ナタリアも、ティアも。
どうすることもできずにその笑い続ける子供を見ていた。
慟哭にも似ていた。
叫びにも似ていた。
けれども、泣くこともできないこの子供は、ただ笑い続けているのだ。
ガイが、ぎりっと歯を食いしばり、しかし何も言うことはなかった。
否、出来なかった。
ここまで、この子供を壊してきたのは自分達だ。
そう、俺は笑っている。うれしいんだ。やっと、自分の生まれた意味が、わかったんだ。いままでぐちぐち悩んでごめんなみんな、でもわかったんだ。だから...
だから、笑ってもいいだろ?
俺は、壊すために、生まれたんだな...イオン。
どうしてこの手に何もつかめなかったのか、気付かなかったのはやっぱり俺が馬鹿だったからだ。つかめなかったわけじゃない。ただ、手で触れた途端に全て壊してきただけだ。
俺がやるべきなのは、自分自身をこの手で壊し尽くすまで、踊り続けることだったんだ。
俺の墓に石を投げ続けてきたのは、俺自身だったんだ。
以前に書いたものを読まなくてもなんとなく判るようには書いたつもりですが。
まぁ、続きです。「薇仕掛、自動演奏の鎮魂歌」の、イオルクバージョンです。
前のあとがきで、この続きをガイルクにすると救いがあって、イオルクにすると救いがないと書きました。
...救いのないほうの続きを書くのは、趣味ですか趣味ですそうですごめんなさい(笑)
携帯でかしかしかしかし打って作っていたので、テスト中ですがアップできます♪
いい感じに、私の心境が如実に現れてると...(え)
2007.01.26up