「あしゅー」
オラクル騎士団第六師団師団長、鮮血の二つ名を持ちその名のとおりに敵にも味方にも恐れられてきた戦士。呼び名は一部オカメインコやデコなど不名誉なものもあれど、おおむねアッシュと呼ばれるその青年は、そういって自分の服のすそをつかんだ少年に奇妙な表情のまま硬直した。
Ver a...?
俺が何をした、俺が何をした。
内心十回ほど唱えてからも消えなかったので、特に幻の類ではないことを理解した。
いっそ幻であってほしかったが、自分が白昼堂々妄想する人物のようにも思われるので非常に微妙だ。
すそをつかんでいた子供は、どうみても自分の幼いころ...年頃で言えば七歳くらいだろうか...にそっくりである。ついでに、自分のそれよりも少し色の薄い赤の髪に思い当たる節は一つしかない。
「...あーしゅぅ?」
かわいらしいしぐさで小首を傾げられて、アッシュの心臓あたりが「きゅんvv」と音を立てる。
がんっ
いきなり、唐突に壁に頭を自らぶつけたアッシュに、服のすそをつかんでいた少年はびくりと肩を揺らしておびえたように瞳を潤ませた。
そう、俺は専決ちがう先決いいや鮮血のアッシュ。まかり間違っても自分と同じ顔に萌えたりなどしない!!
思考回路にもうすでに何か混乱のきわみが訪れていたりもしたが本人大混乱なのでもちろん気づくわけもない。まるでそれしか言葉を知らないかのようにアッシュの名前をたどたどしくくりかえす少年にまた心臓のあたりが「きゅんきゅんvv」と音を立てたような気もしたが幻聴だ。空耳、Auditory hallucination、幻听。
「あーしゅぅ。あーしゅぅ」
「...レプリカ、か?」
「るーくぅ。おれ、るーく!!」
少年は、自分の名前をいえたことに満足したのか満面の笑みを浮かべた。
何かすさまじい予感を覚えてとっさに顔をそらしたアッシュは何とかその直撃を避けたが、うっかり通りすがってしまったおじ様とおば様の二人連れが直撃を受けて倒れた。レディアント・ハウルよりもすさまじい攻撃力だ。
ルークと名乗ったことにより、アッシュはようやく往生際悪く現実逃避に走ることを止めて自分のレプリカ...なぜか小さいが...に振り返った。
服がぶかぶかでないことを考えると、まずは誰かが着替えさせるなり何なりしたということだろう。
ようやくちょっと平常心を取り戻したアッシュは、心の中でそう分析した。
なんというか、目を離した瞬間に連れ去られそうな勢いでかわいらしい。
認めたくはないが。
そこまで考えて、アッシュはふと首をひねる。
こいつがあのレプリカなのだとしたら、どうして一人でこんなところを歩いている?
俺のルークはこいつだけだと言い放ち、アッシュにどんどんなついていくルークに血の涙を流し、これでもかというほどに八つ当たりをかましてくるはた迷惑使用人兼幼馴染の姿がない。
あいつが、認めたくはないがこんなかわいらしいルークなんぞを目の当たりにしていれば多分手放したりしない。...最悪、ティアとかいう比較的常識のある人種に制裁を喰らうまで暴走を止めないだろう。喰らった後も止めないだろう。どこまでも猫かわいがりにかわいがるはずだ、自分と同じ顔の人間にそこまでやられるとあきれるを通り越して気持ち悪い。
それに、自分は関係ありません的スタンスを貫くフリをしていながらさりげなく虎視眈々とルークを狙っているジェイドとかいう鬼畜眼鏡だってさすがにこんな姿のルークを一人で歩かせるようなことはさせないだろう。
メロン、ガキ、ナタリアだってこのルークを放っておくことは考えづらい。
(前から二人にそんな言葉を発したら多分、ジャッジメントとリミテッドのコンボで光の鉄槌を食らうだろうが)
「あっしゅ。あのさぁ、やどやどこだかわかる?」
思考に沈んでいたアッシュに、ようやくルークはアッシュの名前以外の言葉を発した。
「その前にお前、その姿は何だ?」
「あ。えっとね、じぇいどがつくったねんれいたいこうぐすりっていうのをかぶっちゃったんだよー。」
なぜそんなものを作るネクロマンサー。
候補としては、常日頃から怪しまれる三十台には見えない外見を保つため。
もしくは、確信犯。
どう考えても後者の可能性が高くて悲しくなってきた。...ちょっと行きすぎ保護者の3Gといい、鬼畜めがねといいどうして自分のレプリカはあくの強すぎて食いようもない人種に気に入られるのかが判らない。しかも、この二人がルークにべたべたしていると自分と同じ顔なので軽く嫌がらせのように吐き気を催すこともしばしば。
「で?なんでお前は一人でこんなところをふらついてるんだ?」
不思議と、レプリカ相手に怒鳴り声にならない自分は珍しいが別にそれはこいつの外見に萌えたわけではない。見た目子供怒鳴ると通行人に大変痛い目で見られるからだ(という言い訳)。
ルークは、アッシュの問いにちょっと目線をそらした。
と思ったら、どうやら視線はルークの足元の青いチーグルに注がれているようだ。
「ったく、おまえのせいだぞー!!ふらふらあるくからみんなにおいてかれたんだろ!」
「みゅ、みゅう。ごめんなさいですの」
怒ったようなルークの声に、青いチーグル若干ウザイ声で謝る。原因はこのチーグルらしい。大方、このチーグルがはぐれたのを追いかけて迷子になった口だろう。屑レプリカながら情けない。ミイラ取りがミイラになってどうする。
まぁ確かに、このケセドニアの街は人の往来が激しいが。
現に今も、身体を人ごみの中に持ってかれそうになってルークがたたらを踏んでいる。...また迷子になられても後味が悪いので、アッシュはひょいとルークを肩に担ぎ上げた。
いわゆる、肩車というやつである。
いきなり高くなった視界に、ルークとミュウは歓声を上げる。
ぺちぺち、とアッシュのおでこをたたきながら(元に戻ったら即座に度突き倒す。とアッシュは心に誓った)ごきげんのルークはうわーたけーと笑う。
なんだか、すっかり怒気をそがれてアッシュは脱力した。
自分は一体何をやっているんだほんとに。
いいか判ってるか、変態はガイと眼鏡の専売特許で俺のものではない。俺にはナタリアという存在がある。俺は正常だ。普通だ。決して変態などではない。
心の中で念仏のように唱えながら、アッシュはとりあえず迷子を宿に送ることにした。
「まぁ。良かったわねぇ坊ちゃん。お連れの方随分必死に街を探してらっしゃるのよ。部屋に二つ結びの女の子が待ってるはずだから、まずは安心させて上げなさいな」
宿の、気前のよさそうなおばさんはルークの顔を見るなりそういった。
あら、お兄ちゃんに肩車してもらったの。よかったわねぇ。
誰が兄だ誰がこのできそこないの兄なんだ!!
叫ぼうとした瞬間に、すさまじい純粋な笑顔が炸裂して、直撃を受けたアッシュは一瞬フリーズしてしまった。飴をもらってにこにことしている様はまるで七歳児のこのレプリカ、どうしてここまで順応しているのか疑問に思わないでもない。
大体、ここにつれてきたのだって服のすそをつかまれて迷惑だっただけでもう今すぐここを去ったっていいわけだ。きまぐれで送っただけ、そう、きまぐれ。
「迷子なんて。...不安だっただろう?」
微妙に悶々としているアッシュを尻目に、おばさんは心配そうな顔でルークを覗き込んだ。
しかしルークはしっかりと首を横に振る。
「あっしゅがいてくれたから、へいき」
ぴしり。
ルークが帰ってきたと聞いて、宿で待機をしていたアニスは階段を駆け下りた。
その瞬間、まるで瞬時に石にでもなったかのような音を聞く。
見ると、怒鳴りたいんだか笑いたいんだか泣きたいんだかやっぱり怒鳴りたいんだか微妙に判りづらい顔のままアッシュが石化していた。
ああ。
このツンデレの属性を考えれば、ルークの罪なお子様発言にやられてしまったと考えるのが妥当だろうか。大方、純真な笑顔と純真な賛辞でも聞かされたに違いない。ちょっと穢れた心の持ち主とか、すさんだ心の持ち主には大ダメージの一撃だ。ジェイドなんて、直視した時点で消滅しそうな勢いだ。
アニスの姿を認めて、「あー!アニス!」と走ってくるお子様をまずは抱きしめてぐりぐりと頭をなでながら、アニスは頭の中だけで計算をはじき出す。
そろそろ、外に探しに行ったメンツが帰ってくるだろう。
おそらくはルークをここまでつれてきてくれたのだろうアッシュ。
こんなにかわいくなってしまったルークが迷子になったと知れて半狂乱で探しまくっている某使用人とその他が戻ってくればお前おれのルークに何をした!!という彼のザ・言いがかりが始まるに違いない。
ガイはどうも、最近ルークの中でお株急上昇中のアッシュが大変気に食わないらしいのだ。
...
なんか、かわいそうだから(アッシュが)なんとかしてあげたいなー。
でもなー。さりげなく最近大佐もアッシュいじめに参加してるからタチ悪いんだよなぁ。
ガルドの計算なら一瞬にしてはじき出されるアニスの脳みそ。自己保身の計算も大変速かった。
結論:かかわらないで置こう。
もとい、もう手遅れだ。
宿に入るなり、よかったですねあそこの赤毛のお兄さんが肩車で連れてきてくれたんですよふふふふ。などと余計なことをのたまったおばさんにすでに俺の本気見てみるかモードのガイラルディア・ガラン・ガルディオスの顔が目に入ったからだ。
「ん?どうしたんだあにす?」
「いいのー。ほらルーク、アニスちゃんあっちでケーキ作ってあげるから行こうかー」
「え?!ほんとか!やたっ!!」
無邪気に喜ぶルークに、背中で起こり始めている闘争をなるべく見せないようにしながらアニスはさーいこーかー。と笑ってみせる。
ごめんアッシュあたしじゃとめらんないわ。
心の中だけでアッシュに謝罪しつつ、アニス・タトリン十三歳は同じく心の中だけで虫の居所の悪い面子に出くわしてしまったアッシュにエールを送る。
...頑張れ
すでに抜刀して切りかかりかけているガイに、ようやく正気を取り戻したアッシュがあわてて応戦している図が、最後にアニスの視界をよぎったのだった。
アニスの隣には、その阿鼻叫喚の様を引き起こした悪女...ではなく少年。
「...ハーレム...」
「ん?なんかいったかあにす?」
「なんでもない。...なんで数いる美女のなかでわざわざこの男どもはルークに集まるのかなぁと思っただけで」
最近はジェイドとガイの一騎打ちかとも思っていたが、どうやらそこにもう一人加わりそうだ。
自らのせいで、三つ巴の壮絶バトルが繰り広がりかけていることも知らない赤毛のマスコットは、脳天気にアッシュの肩車面白かったなぁと呟くのだった。
翌日、宿の入り口を半壊させてみっちり説教をくらい、復旧に汗を流す金髪の美青年と赤髪の美少年が目撃されたとかされないとか。(飴色の髪の誰かさんは、要領よく回避したとかしないとか)
ガイはルーク狂。確信犯の大佐と、必死に自分の中の萌を否定しようとするアッシュの青春模様。とりあえず、ルークを縮めたらかわいかろうと勢いで書いたためにまとまらない...。
とりあえず、展示物がルーク争奪戦ばっかりになっている自分にorz
2006.12.13