俺はお前みたいに頭使うよりは体動かしてるほうが性に合ってるからなといえば(事実、全く持ってそのとおりである。自分にあんな、鉄アレイ代わりになりそうな本を読み解く根気なんてない。)、腐れ縁の『悪友』はそうかもねと笑った。(否、それは彼にとっての自分であり、自分にとっての彼ではない。何せ彼は子供の頃はともかく超がつくほどの堅物で、およそ悪友と呼ぶには難がある)
とかく、フィールドワークを好んでいる自分は、いくつかの興味の中から生態学と言うやたらスケールの大きいフィールドを選び、一方彼は昔から目指していたとおりの法律の専門家の門を叩いた。
互いの道が分かれていたことなんて、恐らく呆れるほどずっと一緒にいた、そしてこれからも変わらずそうなのだと疑いもしなかった小、中学校のときならいざ知らず、高校のころにはとうに気づかざるを得なかったことだった。
いくら男言葉を使ってみたとて自分は女で、彼が男だと気づかざるを得なかったこともあったが。
気ままに過ごしていた学部生時代はともかく、それを専門にすると決めて飛び込んだ研究室で卒論の研究を始めてからは家に帰る事も少なくなり、気づけば国中のみならず海外を飛び回っているという有様だった。
故に、自然互いに忙しさも増して顔を合わせる事も少なくなり、院生へと進んだところでそれは一層加速して、時折人伝いに近況を聴く以外には情報も入ってこない。ああこのまま離れていくんだろうなとぼんやりと思えばらしくもなくちくりと痛む胸に、我ながら一途なものだと笑いたくもなる。
...一度も口にしたことはなかったけれども、自分は恐らく、彼が男で自分が女だと気づいた頃からずっと、彼を好きだった。
ただ昔からずっとそばに居たからだろうといわれれば否定することはできないが、だが思ってしまったら其れを昇華させるか成就させるかすっぱり諦めるかしない限り、たちの悪い痛みとともに残るのみなのだ。
...しかも、どうにも普段の距離感を棄てられなかった自分は、間を詰める事も自分から遠ざける事もできずに、その場で足踏みをしてなぁなぁと過ごしてきた。
物心ついたころからの付き合いであるゆえ、彼の内側に確かにある自覚があるのを喜ぶべきか、それゆえに意識もされないことを嘆くべきか。
だが間違いなく彼の隣は心地よくて、背中を預け預けられることが呼吸をするくらい楽なことで。
いつかは、誇り高い法律の番人になるであろう彼には隣に相応しい人間が他に居るのだと半ば逃げるようにして、忙しさを理由に無理やりに遠ざかったのは弱さだろうか。


01.立ち止まった時間


「ユーリ君?大丈夫?酔ったのかしら?」
思考に沈んでいたところで、独特の話し方をする声で現実に引き戻された。
ボサボサの黒髪にヨレヨレの服。全く胡散臭いおっさんでしかないその人は、しかしその筋(つまりはユーリの専門分野)における第一人者であり、三十代にしてすでに教授と言うポストを持つユーリの指導教官である、シュヴァーン・オルトレイン。
何故かシュヴァーンと呼ばれることを嫌がり、「レイヴンって読んで頂戴よぉ」と泣きつかれるのはいい加減ウザイので、ユーリはこの人のことを「レイヴン(もしくはおっさん)」と呼んでいる。教授に対し失礼だろうと言って、フレンあたりは「オルトレイン教授」と堅苦しく呼ぶのだが、ユーリはそこらへんざっくばらんな性格をしていたゆえ、特に気にもしていない。
ともかく、彼に話しかけられたことで我に返り、そういえば自分は昨日まで海外のフィールド調査に行っていて、そこから帰って来たところだったと思い至った。
「あー...いや、平気だ。ちょっと疲れたのかもな」
そう応えを返せば、レイヴンは納得したように頷いた。
今回は何せマングローブの森に入り込んでの調査で、何度もスコールに降られたりしてかなりの難航作業だったのだ。期間も短く始めから決められていたこともあり、体力には自信のあるユーリでも少しばかりは疲労を覚えるほどに。
勿論、十分楽しんでやってはいたのだが。(現地の人々との交流も楽しかった)
「今日はさっさと帰って、せっかく明日から土日なんだし、明日明後日くらいゆっくりしなさいな」
「ん、ああそうだな。ラピードにも顔見せねぇと」
多分レイヴンはこれから大学にいって早速集めたデータを吟味するのだろう。普段であればユーリもそれに習うところだったけれども、今日はその気遣いに甘えて直帰することにした。空港でそれぞれ違うバスに乗り、先にきた目的地行きのそれに乗る直前「お疲れ様」というレイヴンの声が聞こえて、返事の代わりにユーリは軽く利き手を上げて見せた。


「ワウッ!」
「ただいま、ラピード。留守任せて悪かったな」
玄関に出迎えてくれた相棒...三年前、怪我をしていた子犬をユーリとフレンで拾って育てたのだ...ラピードが、じゃれるようにユーリの足に顔をこすり付けてきたので、ボストンバックを一度地面において、ユーリはしゃがみこむとその頭を抱きしめるようにしてなでてやった。
ラピードはあまり人に懐かないが、ユーリとフレンにだけは心を開いてくれているようで、こうして素直に甘えてくれる。やはりユーリのほうもラピードがまだ随分と小さかったときから育ててきたこともあって、ラピードはなくてはならない種を越えた親友だと思っている。
「なんじゃ、帰っとったか」
恐らくラピードの声を聞きつけたのだろう、白髪の初老の男性...物心着く前に両親をなくしたユーリを引き取って育ててくれた親代わりである、ハンクスが玄関を開けて出迎えてくれた。
「おう、残念ながら帰っちまったな」
「...全く、年頃の娘がジャングルだマングローブだなんだと飛び回りおって...さっさと風呂でも入ってこんか、ボサボサな頭しおってからに」
ハンクスは迎え出るなり顔を顰め、そんなことを言ってくるけれども、それがハンクスなりの愛情なのだと理解しているユーリは、いつも通りの軽口を叩いて笑った。
ユーリが両親を亡くして、血もつながっていないのに黙って引き取ってくれたハンクスとその夫人(彼女は、三年前に他界した。とてもとても穏やかな人だった)は実の子供のようにユーリを可愛がって育ててくれて、そして可哀想だと甘やかす事もしなかった。
やんちゃをしては容赦なく頭をはたかれたのは記憶に鮮明に残っている。
両親が保険に入ってくれていたお陰で生活することに困りはしなかった金があったのだが、一切それには手を付けず、ハンクス夫妻はユーリを高校まで行かせてくれた。
その先は、奨学金を借りて進学し、今に至るのだけれども、それでもユーリのための帰る家を常に保ってくれているのが、ハンクスなのだ。
いくら感謝してもしたりないし、将来働くようになったらきっと、恩を返したいとずっと思っている。(ハンクスのことだ、それを素直には決して受け取らないだろうけれども)
少しばかりじゃれあいのような言葉の応酬を交わして、ユーリは地面においていたボストンバックをひょいと持ち上げる。
「...んじゃ、風呂入ったら俺がメシ作るよ。ラピードも、一緒に風呂はいるか」
今日は久しぶりに、ハンクスの好きな和食でもいいかもしれない。
「わんっ!」
ユーリの言葉を理解してるのだろう、一声鳴いたラピードをつれて玄関を開けて、ユーリはその中にいた人物に一瞬、硬直した。

「お帰り、ユーリ」
「今日はフレンも早く帰って来たから、夕飯に誘ったんじゃよ」
硬直しているユーリの心など知る由もないだろう、やけにのんびりと言ってのけるハンクスの声が随分遠い。
心配したようにくぅんと鳴きながら寄り添ってくるラピードの頭をなでてやる余裕もなかった。どくんと、やけに心臓の音が大きい。

金の髪の、久しぶりに見る幼馴染は、ただいつものように柔らかく微笑んでいて。
だから、忘れようと思っていたはずのずきりとした痛みが、妙に大きく、心に響いた。




別人とか言わないで下さい分かってます!
...いや、あの、甘酸っぱいかんじの話も...書いてみようかなぁどうせうちのサイト糖度やけに低いし...と思ったんですが。
...予 想 以 上 !!の大惨事(笑)でもそれが私クオリティ!(開き直るな)
純愛フレユリでお送りする予定です。
ハンクスさんは大好きなので登場しておりますvv
2009/4/26

以下、蛇足的な設定。(現時点での登場予定の人たち)
長いので、少しばかり下げます












ユーリ:修士一年。研究室のオルトレイン教授と一緒に、えっさほいさと森林調査(...ええと、なんとなくユーリにはフィールドワークしてもらいたかったんです。管理人それをやっている人間ではないので偏見捏造はいりますが、ご容赦を)に駆け回っております。
姉御肌な、大変男らしい性格。ちなみに身長は170cmです。少し縮んでます。
幼い頃に両親を亡くして、ハンクスさんちにお世話になっている。フレンはハンクスさんちに引き取られてから知り合った幼馴染。

フレン:法科大学院一年目。法律の専門家目指して日々勉強中。趣味は剣道で、過去全国制覇の経験あり。性格はやっぱり超がつくほどのまじめっぷりで、ついでに超がつくほどの鈍感人間。料理の腕前は破壊的。
ご両親は健在です。

エステル(エステリーゼ):ユーリたちの大学の学生。正真正銘のお嬢様で、少々世間知らず。本の虫で、文学に関して語らせると日が暮れるとのもっぱらの評判。
おっとりのんびりとはしているが、ユーリのフレンへの気持ちには気づいていて、しょっちゅうやきもきしている。

リタ:ユーリたちの大学の工学系の院生。天才少女なので、飛び級しています。機械工学を専門にして、日々機械への愛を語っている。(名前も付けているらしい)

ジュディス:ユーリたちの大学の学生。常にミステリアスな人で、いつの間にか心を読んでるんじゃないかと噂されている美女。ユーリとは気が合うらしく、よく一緒にいる。

レイヴン(シュヴァーン):その筋ではとても優秀かつ有名な研究者にして教授。ユーリの先生。一度まじめになると格好いいのだが、いかんせん普段が普段なのでいまいちリタとかに信用してもらえない可哀想な人(ユーリはちゃんと分かっていますが)。よく、さりげなくユーリの相談相手になってくれていたりする。

ラピード:ユーリとフレンが三年前に拾ってきたワンコ。ニヒルな性格で、フレンとユーリ以外にあまり懐かない。

...まぁ、全員出てくるかは未定ですがこんなカンジで。