『いい加減痴話喧嘩は外でやりなさい外でっ!!』
と、リタに家をたたき出されたのが三十分前。
終電から二本前の電車に飛び乗って、家の近所の公園へとついたのが先ほど。
冷えたミルクティーの缶を投げてよこされて、ユーリは其れを口につけた。
ちらりと視線を走らせれば、腰掛けたベンチの隣で、フレンもコーヒーを口につけているのが見える。
殆どの家々の明かりも消えて、星と月明かりと、そしてわずかばかりの電灯だけがフレンと、そしてユーリの横顔を照らしていた。

「...お前さ、ほんと最後は体当たりだよな」
「...ご、ごめん」
苦笑交じりに呟いたユーリに、眉根を寄せてすまなそうに謝ってくるフレンを見て、思わずユーリは吹き出して笑ってしまった。
流石に最初は申し訳なさそうにしていたフレンも、あまりにもユーリが遠慮なしに笑うものだから、段々むっとしたように唇を尖らせ、そんなに笑うこと無いじゃないかとこぼす。
なんだか、久しぶりに思いっきり笑ったような気がした。
考えてみれば、最近はらしくも無く悩んでいたものだから、どうにも調子が出ていなくて。
でも、答えが出てしまえば呆れるほど簡単だった...ユーリにとってのフレンが、フレンにとってのユーリと同じだった。それだけの話。
お互いに、近すぎて、最初から近すぎて、自然すぎて気づけなかった、それだけの。
気づいてしまえば、もう、笑ってしまうしかないような、そんな気がした。
「ま、俺も人のことは言えねぇか...」
「ねぇユーリ、返事、聞かせてもらってもいいかい?」
「...わぁってるよ、もう逃げねぇっつーの」
ユーリは、にかりと笑みを浮かべると、少し離れたゴミ箱に放物線を描くようにして放る。
からん。
ユーリの手首がスナップを利かせるのと、時間差で缶がゴミ箱の一番下の金網とぶつかるのは少しばかりの時間差で。
その音を聞いて、ユーリはしっかりと、フレンと向き合うように体を向けた。
「お前の背中は俺の場所で、俺の背中もお前の場所だ。...そこに無理に名前つけることはないかもしんねぇけどさ。俺は、それがずっと、お前でなくちゃ嫌だ」
「...まったく、結局君は素直じゃないね。...でも僕も同じか。ずっと君にそばに居てほしいって思いながら、それがどういう意味を持ってるのか、考えた事もなかったんだから」
お互いに、顔を向け合って笑う。暫く、真夜中の公園に二人のしのんだ笑い声が響いた。
「...なんだか順番を色々間違えちゃったかもしれないね。ねぇ、これからも宜しくね、ユーリ」
「ほんと今更だな...ま、こっちも、適当によろしく」
「また素直じゃないな君は」
「今更俺が素直になるとでも思ってんのかお前は」
「...まぁ、無理だろうね」
「だろ?諦めろ」
「...何か釈然としないんだけど」
また、二人で顔を見合わせて笑う。自分たちの関係が何もかも元に戻ったわけではないけれど、座りなおしたその居場所がまた心地よくなるようにしていけば良いと、今はそう思えた。
不意に、フレンが放った缶も綺麗な放物線を描いて先にユーリが放った缶にあたり、からんとまた高い音を立てる。二つばかり捨てられた缶は丁度二人のように並んで、寄り添っているようにも見えた。
「さ、帰ろうかそろそろ。ハンクスさんも心配してるだろうし」
「じーさんには先寝とけってメールしてあるっての」
「起きてると思うけどね。ハンクスさん、何だかんだでユーリにはすっごく甘いから」
素直ではないユーリは、そんなことねーよとそっぽを向くが、それがただの照れ隠しだということくらいフレンには分かる。両親を亡くして、決してその後幸せな道をたどれなかったユーリだけど、今のようにまっすぐに人の目を見て話が出来るのは、ハンクスやその夫人が親と同じくらい愛情をかけて育ててくれたからだ。
それに。
「ほら、お出迎え」
公園の入り口に目を向ければ、そこには二人で育ててきた青い犬...ラピードの姿。

「わんっ」
「ラピード...悪いな」
「あんまり遅いから、ハンクスさんがボディーガードをよこしたみたいだね。そろそろ帰らないと」
「ま、そうだな」
フレンとユーリの真ん中にちょこんと座ってこちらを見上げてくるラピードに二人で苦笑してしまう。まるで「若い娘がこんな遅くまでほっつき歩いてるんじゃない」というハンクスの顔が思い浮かぶようだ。普段は憎まれ口のたたきあいをしている二人だけれども、こういうところで確かにハンクスはユーリのもう一人の父親なのだと感じる。
とことこと歩き出したラピードを追いかけるようにして家へと足を向けた二人は、なんだかラピードのその無言の背中にも父親めいたものを感じてしまってくすりと笑ってしまう。
「将来ユーリをお嫁さんに貰うとしたら、僕はやたら沢山お義父さんに挨拶しなくちゃいけないね」
「...お前の思考回路は、俺にはたまに理解できねーよ...」
ぐったりと左手で額を押さえながらも、ユーリがそっと右手につながれたフレンの手を払いのけることは無く、街灯と月明かりで伸びた二人と一匹の影は、重なるようにして伸びていった。



10.戻れなかった場所


おまけ

「あらあら、負けちゃったわね」
「ふふん、この私の計算に勝とうなんて百年早いわよっ!!」
「...うう、おっさん給料日前なんですけどー...」
「ご愁傷様ね、おじ様」
「なんにしても、上手くっていよかったです」
「ま、そうねー。青年もユーリ君も、ほんっと鈍かったしねぇ」
「とっくにくっついてるとばっかり思ってたわよ、あたしは」
「そうなんです?」
「ふふ、そこが二人のいいところなのではないのかしら?」




一応これで終わりです。最後は短くてすいません。
お題にあわせての物語って少し難しかったデス;;
しかしユーリは連続で飲み物を飲み続けてみずっぱらにならないんですかね?そしてさりげに、賭けをしている皆は酷いなぁ...(お前そこか言うべきところは)とにもかくにもここまでのお付き合いありがとうございました。
お次は現代パロでおっさんとユーリのお話です。
2009.7.12up