「あら熱心ね。焼けちゃうわ」
「...変なこと言ってんなよジュディ。大体お前、CD借りに来ただけだってのに、何で上がりこんで茶まで飲んでんだ」
ハンクスの家は、少し年季があるけれども過ごしやすい二階建てで、二人と一匹暮らしなので十分に部屋は余っている。
主に一階がリビングと、そしてハンクスが使っており、二階の部屋は全てユーリに任せられている。(ラピードは、雨の日はリビング、普段は外の犬小屋にいる)
フレンは勿論のこと、よく大学の友人である面々もとまりに来ることがあるので、そういった意味では全く便利であるといえよう。
その広い部屋の一つ、ユーリが寝室兼私室として使っている部屋には現在、青い髪をシニヨンに結い上げた美女が優雅に茶を飲んでいる。
彼女の名前はジュディス。ただしユーリだけは彼女のことをジュディと愛称で呼ぶが。
宣言どおり、昼ごろに起きだして一気に荷物を片付け洗濯をし、ラピードの散歩がてらランニングをして戻ってきて、たまにはいいかとスコーンを焼き上げたところでまるでタイミングを見計らっていたかのように大学の友人であるジュディスがやってきた。
彼女は二十歳で、二つばかり年下であるものの、気の置けない友人としていい付き合いをしている。遠慮なしに付き合える、数少ない人間であるといえよう。
さて、貸す約束をしていたCDを受け取ってから、当たり前のように玄関から上がりこみ、そしてユーリの私室で一緒にスコーンを頬張っているのだが、そのしせんは妙ににこやかにユーリに向けられている。
否、正しく言えば、ユーリが手にしていた服に、であるが。
「ちなみに私は、もう少しフェミニンでもいいと思うわ。あの人、そういうの好きそうですもの」
人の心でも読んでいるのではないかと思えるほどに、ジュディスは聡い。
何気なくベッドに出されたいくつかの服を見て、すぐに結論に至る様は正直、かなわないとしか思えない。持って行っていた服の片づけだとかいくらでも言い訳は浮かぶのに、意味がないのが分かっているのでユーリはあえてそれ以上言葉を募るのを早々に断念した。
なんとなく、ジュディスが組んでいる長い脚(ユーリの部屋は決して狭くはないが、椅子は勉強机に一つだ。入って早々、彼女は当然のようにそちらに座ったので、ユーリが床の上の座布団に座ることになった)に目が行ってしまって、少し後悔。
(...なんでジュディの方が年下なのにこんなに色気があんのかね)
きれいなものは見せないと、と言わんばかりに、タイトなミニスカートからさらされた美脚は、同性のユーリであっても少し目のやり場に困るほど。
しかも、ジュディは足だけではなく全体的に間違いのないナイスバディだ。加えてその美貌もあって、校内外問わずモテる。...まぁ、彼女は幼い頃より『趣味』で実践格闘技をやっているので、少しでもよこしまな気持ちで近づいたが最後、間違いなくその美脚の下に沈むことになるが。
ユーリとて、モテるはモテるのだ。...が、ユーリの場合その身長と男らし過ぎる性格も災いしてか、とかく女子にすさまじくモテる。その結果と言えば結果なのか、片思い歴はひたすら長い割に、アプローチの仕方が全く分からないという悲しい現状に至るわけなのだが。
こうなると、少しばかりジュディスをうらやましくも思ってしまう。ジュディスであれば、自分から真っ先にアプローチに行くのだろうから。(自分の性格など当に把握している。大体、そんなことができたら十数年もうだうだと悩んでなどいなかっただろうから)
「余計な事ばかり考えていると、楽しめないわよ?一緒にお出かけするのは、楽しみなのでしょう?」
さらに見透かされたようなジュディスの言葉に、もうこれは苦笑するしかない。
「...まぁな」
手にしていた服をいったんベッドに乗せて潔く素直に答えれば、ジュディスは猫のように目を笑みの形に細めた。
「だったら、思いきることよ。...手始めにそれをしまってちょうだい。クローゼット、あけるわ」
ユーリの返事を聞く前にクローゼットを開け放ったジュディスに、もはやユーリはそれ以上何もいうことができなかった。


「...」
翌日。
ユーリは、大変不機嫌な顔で迎えにきたフレンをにらみつけていた。
否、彼に非があるわけではない。微妙にぽかんとしてこちらを見ているところは正直張り倒してやりたいが、それだって理由も原因もはっきりしている。
(ああクソ俺の馬鹿野郎!!なんでジュディに乗せられたんだ!!)
結局あのあと、「これがいいわこれを着て行きなさい」と半ば命令のように押し切られた服を、何の気の迷いか今日今この時身にまとってしまっているのだ...ああもう、ただの羞恥プレイではないか。考えれば、普段パンツルックしかしないユーリが、どうして今更ワンピース(シンプルな黒だけれど)など身にまとって似合うものか。頭を掻きむしってしまいたい。フレンの無言の視線が、ちくりちくりと痛すぎる。
「〜っ、着替えてくる!」
「ちょ、どうして着替えてくるんだい!」
耐えきれず玄関先で身を翻そうとすれば、あわてたフレンがユーリの手首をつかんで止めた。(うわ、こいつ、手、でかい)
「いいから着替えてくるから待てってんだ」
ぶっきらぼうに言い放てば、こてりと首をかしげて言ってくる。
「だからどうして着替えるのさ。似合ってるよユーリ、すごくかわいい」
「〜///」
顔が赤くなったのを、はたしてフレンは気づいているのかいないのか。
フレンは誰に対してだってフェミニストで、だから男勝りでむしろ腕っ節だけでいえば男顔負けであるユーリにだって平等にやさしいわけで。
だから、こんな、勘違いさせるようなセリフだって簡単に言ってしまう。
だけど、その一言で二階に駆け上がろうとしていた足が止められてしまったのだから世話はない。
空色の瞳は、厭味もなくにっこりとほほ笑んで、行こうかと一言。
「わかった、わかったから腕を引っ張るな!!」
照れ隠しに怒鳴ってしまえば、玄関先で見送りをしていたラピードが、呆れたようにわふ、と一声鳴いたのであった。


がたんごとんと揺れる列車には、日曜ということもあってそこそこ人が乗っている。
ユーリ達の住む町の駅から三駅ほどの場所にあるショッピングモールは、若者向けのファッションや、なかなかそろえのいい本屋、映画館などのアミューズメントや飲食エリアなど、オーソドックスな内容だけれどもそれだけに、休日は割とにぎわう。
おそらく、この電車に乗っている人たちも八割はそこを目指しているのだろう、家族連れはもとより、友達やそして、カップルなどが楽しそうに話しているのを見て思わずため息をつきたくなった。
あいている座席はなかったので、ドア付近で手すりにつかまり、なんとなしに外の流れる景色(別に、珍しいものでも何でもない。取り立ててきれいなわけでもない見慣れた景色)を眺めてみるものの、三駅分というのは会話を始めるにも短く、かといって沈黙しているには少しばかり長い。
けれども、どうしてだか、いつもであれば簡単に雑談の種をばらまくことのできる口がうまく回らずに、口の中だけであーとか、うーとか唸ってそこで止まってしまう。(フレンと出かけるのは、確かに最近は久しぶりだったけれど珍しいことではない。単なるウインドウショッピングから映画から、別段気にせず遊び歩いていたのに)
別に、普段だって会話がそれほど多いわけではない(お互いの家にいるのはしょっちゅうだったけれども、だからこそ特別気にすることもなかったので)のだから、今だってフレンは特に気にした様子もない。...わかっては、いるのだが。
(なんか、調子狂うな...)
たぶん、それはこの、見るからに女物の(いや、ユーリは確かにXX染色体をもっているのだから、おかしいわけではないのだが)ワンピースなどという、いつもと違う服を着ているから、何か落ち着かないのだと思い直して開き直る。
(気にしてたって仕方ねぇ、か。ま、こーいうときはフレンのやつにケーキでもおごらせてすっきりしますか)
心の中で勝手に結論付けて、フレンにたかることを決意する。ユーリのイライラに巻き込まれたフレンは少しばかりかわいそうだけれども、今更そんなくらいで揺らぐような関係ではないからこそ、たぶん苦笑一つで許すだろう彼に、とりあえず甘えることにしておく。
(ま、今日はフレンから誘ったんだしな)
そう結論付けて、とりあえずあと二駅ほどをやり過ごそうと窓の景色に目をやれば、そこには黒いワンピースをまとった己の姿が映っていて。
普段からは想像もつかないほどに自信がなさそうな、困った目をしている自分と視線がかちあって、はぁ、と思わずため息一つ。
「ん?どうしたのユーリ」
「んでもねぇよ...」
早くこの電車から降りてしまいたい、と心の底から願いながら、ユーリは思わず次の駅を示す電光掲示板を見上げる。
もちろん、無情にもその駅名はあと二駅この電車で過ごさなくてはいけないことを告げていて、心配そうに視線をやってくるフレンには悪いと思いつつも、もう一度、ユーリはため息をついたのであった。


03.虚ろな瞳




こいつら出かけるまでにいったい何話必要なんですか(笑)
書いていて楽しいのは私だけですが気にしたら負けですね(私が)
2009.5.10up