「ごめん、少し本を探したいから、適当に時間を潰しててもらってもいいかな」
「ああ、構わないぜ。レシピ本、気になってたしな」
「ふふ、君らしいよ」
例えそこに混じる感情が違えども、フレンと出かけることなどそれこそ数え切れない回数を重ねてきた。今更どちらかの用事にびったりとくっついていることは有り得ないわけで、二人は当然のように広い本屋のフロアの入り口で別れた。
フレンが足を向けたのは、法律関係の専門書がおいてある一角、そしてユーリが足を向けたのは、実用書などの所謂主婦向けの一角である。
洋服選びならともかく(フレンは、その器用さに見合わず、たまに壊滅的なセンスを発揮してすさまじい服を選ぼうとするので、その暴挙を水際で食い止めているのが実のところユーリの功績でであったりする)、わざわざ小難しいコーナーに行ったところで頭が痛くなるのは分かりきっていたので、特にそれに否やはない。
すでに何人か、雑誌やらを手にとって立ち読みをしている客の隣に並んで適当な料理の本を手に取り、ぱらりとめくり始めれば、徐々に起こるざわめき。
(...?)
視線はレシピ本から外さないものの、波打つような其れがまさか自分を中心に起こっているとは露も気づかないユーリは、友人であるジュディスに言わせて見れば「ユーリって、人のことになるとすごくよく気が回るくせに、自分のことになると壊滅的に鈍いのよね」であろうか。
つまりは、長身のすらりとしたスタイルと掛け値なしの容姿をした黒髪の美女が、惜しげもなくタイトなワンピースから美脚を晒しているものだから、一体何処の所属のモデルだ、と憶測が飛び交っているのだ。
しかし、普段どちらかといえば色気も何もないボーイッシュな格好をして逆ナンに合うという経験ばかりしているものだから(ユーリは、とかく女性にもてる。とにかくもてる。それは、小学校時代からずっとだ)、完全にその方向の想像が働いていないのである。
ざわざわとまではいかないが、さわさわと小さなざわめきの中心に居たユーリの隣に、ぴょこりと茶色い髪をした小柄な少年が、とことことやってきて並んだ。そして、その肩にぽんと手をやる。
「ん?」
「あ、やっぱりユーリだ!珍しいね、ワンピース」
「おう、カロル先生じゃねぇか。買い物か?」
ユーリは、自分よりも大分目線の低いところに居る少年...名前を、カロル・カペルという...にやってその姿を確認したところでふわりと相好を崩した。彼は、ユーリの近所に住む中学生で、彼がよちよち歩きの頃からちょくちょくと面倒を見てきた事もあってかユーリを本当の姉のように慕っているかわいい弟分だ。トレードマークの前髪を上げた髪型はいかにも活発なカロルらしく、ぽん、といつものようにその頭に手を乗せてやれば、子ども扱いしないでよと頬を膨らませながらも若干嬉しそうに笑う。
「うん!そ、その。ナンと、映画を...」
「お、やるじゃねぇかカロル先生。ちゃんとエスコートしてやれよ?」
「う、うん!僕、頑張るよ!」
頬を赤く染めた彼は、幼馴染のナンという女の子をどうやらデートに誘うことに成功したらしい。幼稚園時代から、カロルがナンを好きなことを知っているユーリとしては、どうやら積極的なアプローチを努力しているカロルを応援したい気持ちが大きいわけで。
向こうで本の会計を済ませているナンの姿を認めて、ほら、あんまり待たせんなよ、と背中を押してやれば、少し照れたような顔のあとに素直にうん!と大きく頷いたその素直さに内心、うらやましい気持ちすら抱く。
(コレくらい、素直になれてれば良かったのにな...)
「ユーリはフレンと?」
「ん?ああ。ま、いつものことだけどな」
「ふーん...あ、そうだユーリ、今日僕ユーリ可愛いと思うよ」
会計を終えてカロルを視線で探し始めたナンの元に急ぐべくユーリにくるりと背中を向けたカロルが、首だけで振り返って、そんな一言。
ユーリは、ついこのあいだまで転んだだけでべぇべぇ泣いていた子供が言うようになったもんだと苦笑しながらも、サンキュな、と言ってひらりと手を振る。
ナンの元に走るカロルからは全身から幸せオーラが滲み出していて、頑張れよ、とユーリは心の中だけでエールを送った。
(さ、てと。...そろそろ、アイツも用事が終ったか?)
暫く、その後もレシピ本を読み漁り(ユーリは、基本無駄な出費はしないたちである。気になるレシピはおおよその作り方さえ読んでおけば後で幾らでも工夫のしようがあるので、レシピ本は立ち読みするのが基本である)、そろそろいい時間かと時計に目をやって、法律専門書のコーナーへと足を向ける。
広いフロアに目をやれば、大分人で混みあっていて、学生らしき姿が参考書などのコーナーで本を開いている姿も見受けられる。ああそういえば、もうすぐテスト期間だなと、めっきりそんなテストなどと言うものから遠ざかってしまった(去年の夏に院試を受けたのが最後か)身分のユーリとしては、少しばかり懐かしい気持ちにさせられた。
いずれにせよ少しばかり人を探すには難しいともいえたが、幸いにもフレンは長身であり、あの輝かしい金の髪はどうにも目立つのだからこういうときには便利だなと、本棚から少しばかりのぞくそれに笑いをかみ殺す。(多分周りがみんな金髪でも一発でフレンの其れを見分けられるのだろう自分がいるのは知っているが、そんなこと死んでも教えてなどやらない)後ろから近寄って驚かせてやろうかなんて、子供みたいな考えが頭をよぎるくらいには、どうやら自分はこの外出をことのほか楽しんでいるらしい。
二つばかり本棚を過ぎて、本を開いて読んでいるフレンに声をかけようとして、ユーリはふと、足を止めた。
フレンの隣...見覚えがあるオレンジ色の髪色の。確か、あれは、ソディアと言う名前のフレンとおなじ法学を勉強しているクラスメイトであったはず。
彼女も本を探しにきていたのだろうか、そしてたまたま同じコーナーにいたフレンを見つけたから挨拶をしていたのだろうか、別段珍しいことではないだろう。ここらの学生にとってはありがたいことにこの本屋は専門書も充実していて、だから、休日にクラスメイトに出会うことなんて珍しくもなんともなくて。
ずきん
フレンの笑顔がクラスメイトとしての顔だろうことはわかっている。それでも、ソディアのほうはフレンに間違いなく好意を抱いていて、少しばかり彼を見る顔が赤い。
ソディアは少しばかりきつい目つきはしているものの、小柄で十分に守ってあげたい女の子の部類に入るとユーリは思う...少なくとも、こんな、ワンピースでも着なければ女に見えないような自分とは違う。
あんなふうに、可愛らしく恋心を出すことなんて、ユーリには出来ない。
きっと、彼の隣に相応しいのは、あんな、女の子なんだろう。...そんなことを思えば、単純にフレンと出かけることが出来るということで浮かんでいた気持ちが一気にしぼんでいく。
フレンの肩を叩いて驚かせてやろうなんて、少しばかりわくわくとした気持ちだってあっという間に沈んでしまって、出そうとした手もなんとなく重力にしたがって下に落とされた。
「...」
自分らしくもないとは思うけれども、ことフレン関係に関しては常に自分らしくない行動を取ってしまうというところは自覚済みなので仕方ないのかもしれないけれど。
このまま帰ってしまおうかなんて、本当に弱気な思考すら浮かんできたところで、青い空色の目が、ふとこちらを捉えるのが見えた。...隣に居たソディアの、赤い瞳も次いで此方を捉えるのも。
「ユーリ!ごめん、待たせたね。今選び終わったところだから、すぐに会計してくるよ」
ああ、なんて残酷な奴だろうと思う。隣にいたソディアは明らかに、ユーリを睨みつけてきているというのにフレンはそんなこと露とも気づいていない。なぜなら彼にとってソディアとはただのクラスメイトで、それ以上のカテゴライズには入っていないからだ。
...ああ本当に酷い奴だ、と、ソディアに対する同情でもなんでもなくそう思う。
あぁ、とだけ答えればそれじゃあまた、とソディアに挨拶を交わし、レジへと何冊かの本を抱えて小走りに向かって離れてゆく金髪を少しばかり見送ってからなんとなくソディアに視線を戻せば、先ほどよりも苛烈な瞳が此方を睨みつけていた。
(...これまた、分かりやすいこって)
ユーリ自身は、特段ソディアを嫌っているわけではない。それどころか、ある意味純情で、かつ素直な性根はむしろ気にいっているといってもいい。
まぁ、もちろん、だからといって相手からも同じ感情がかえってくるわけではないのだが。
「...」
特に挨拶を返す間柄でもないし、ユーリは軽く会釈だけをしてフレンの後を追うべくレジのほうへと踵を返す。
その間中、背中に刺さる苛烈な視線が、素直になりきれない自分にはなんだか少しばかりうらやましくさえ感じた。
04.その手に触れられない
カロル先生とソディア登場!!
うっかりと人物紹介でカロルだし忘れてたなんてそんなこと...ありました(笑)
あえて直さないのは私クオリティ!!文中に説明出てきたからおっけーってことにして置いてください(ヲイ)
2009.5.24up