こいつのこんなところがむかつく。
例えば、誰にだって優しいところ。誰にも好かれて、そして誰にも『この人にとって自分は特別なんだ』なんて思わせるほどに、真摯。
そのくせ鈍くて、好意を向けられているなんて、これっぽっちも気づかない。
でも、こいつのそんなところも含めて、こいつらしさとして、好きなんだ。
日曜日で、晴れている事もあって、その喫茶店は少しばかり混み合っていた。
それでも、並ぶのを忌避させるほどには混んでいるわけでもなく、二人は少し此方でお待ちいただけますか?とマニュアルにあるのだろう文句を並べて店の入り口の外側に並べてあるベンチを手で示して見せた。二人は少しばかり顔を見合わせて、問題ないと判断し、はい、お願いしますとフレンがにこやかに言ってみせる。
(...また、こいつは...)
ではお待ちください、と頭を下げて中に入っていった店員の耳が赤かったのはユーリの見間違いでもあるまい。なにせ、見目は物語に良く出てくる王子様のような、金髪碧眼の甘い顔立ち、口を開けば人当たりもよく、身長も高くスタイルもいい。そんな人物に笑顔つきでお願いしますなんて言われてしまえば、大抵の女子はああいう反応を返すのだ。まぁ、ユーリなどは幼い頃からの耐性があるから、今更フレンに笑顔を向けられたところで大抵がポーカーフェイスで返す自信はあるけれども。
ちらりと店内をみれば、落ち着いた雰囲気の内装の中で、楽しそうに語らうカップルが何組か見える...自分とフレンも、そんな風に見えるのだろうか、などと取りとめもないことをぼんやりと思ってしまうほどには、先ほど沈んでしまった気分を少しばかり持ち上げてくれた。
ショーケースに入れられたケーキの類は、見た目にそぐわず(と、本人はかたくなに思っている。とはいえ、別段卑下する事もなく堂々と食べ歩いているが)甘味の類に目のない(別段ユーリは、三食甘味でも構わないほどの甘味好きだ。しかし、これに関しては研究室のシュヴァーン教授とはまったくそりが合わない。)ユーリの目を楽しませてくれる。...ああ、どれにしよう。そんなことをウキウキと考えていれば、どうやらこちらの考えを読んだらしいフレンがくすくすと笑いながら連れてきてよかったよ、と一言。
アレだけ、苦しいから距離をとろうなんて思って、実際離れてみたところでこいつはいつもこうなのだ...フレンと居る時間は、いつだってユーリにとって特別だった。
暫く待って、窓際近くの席に案内される間にも、女友達同士で来ているような客層はあからさまにフレンを見てざわめく...フレンは全く気づいていないけれども。
きらきらの金髪が光に透けて、少し目を細めてからユーリは、少しだけ息を吐き出した。...まさか、見とれていたなんて、いえない。
「ご注文は何になさいますか?」
「え...と」
先ほどからショーケースを眺めていたのだ、とうにケーキの種類など覚えてしまったけれども、その中でも苺のタルトとガトーショコラで迷っていたユーリは一瞬口ごもった。実のところ、暫くの調査で久しぶりの好物だ、子供っぽいといわれようとも悩むところ。
けれども、その前に当然のような口調でさっさとフレンが注文してしまった。
「紅茶とコーヒーを一つずつ。紅茶はアールグレイのミルクティーで。あとは苺のタルトとガトーショコラを」
「かしこまりました。少々お待ちください」
頭を下げて戻ってゆく店員を見送ってから、ユーリのぽかんとした視線に気づいたのか、フレンが首をかしげてよこした。
「どうしたの」
「...いや、お前、なんで注文...」
「え?だって君、アレでよかったでしょ?」
「いやまぁ、そうだけどさ」
ちなみに、ユーリは一言も、何を注文したいなんて言った覚えはない。
当然のように言ってのけたフレンに、決まりが悪くなってユーリはぽり、と頬をかいた。
「大丈夫、ケーキは半分こしよう?そうしたら、両方楽しめるだろう?」
「...お前って、ほんと...」
「ん?ほんと、何?」
「...なんでもねーよ」
ぷい、と視線を逸らすくらいは赦されるだろうか。
いつだって、自分の先を行ってしまうこのまぶしいばかりの幼馴染は、本当に。
本当に腹が立つほどに...
(...こいつ、最初からそのつもりだったな...)
どうせ、誘ったのだって買い物も確かにあっただろうが、長旅で疲れているユーリを気遣った口実なんだと分かっている。フレンとは、そういう奴なのだ。
やがて運ばれてきたケーキと飲みものを見やって、そうしてニコニコとこちらを見ている幼馴染を見やって。
ああもういいや、とケーキを堪能する方向に頭を切り替えたユーリは、暫くの間、その微妙な腹立ちを忘れることにした。
さくりとしたタルトも、しっとりとしたガトーショコラも、とても。
とても、甘くて、美味しかった。
「まぁ、フレン、随分素敵な気遣いですね。私も、誰かにそんな風にしてもらってみたいです」
「...フレンと出かけてみればいいだろ、絶対、あいつ誰にでもそうだから」
「でも!!そんな風に何も聞く前に察してくれるなんて、以心伝心、ユーリとフレンの絆のなせるわざ、です!」
翌日、大学の研究室にて。
シュヴァーンに資料を借りるついでに遊びに来た(もしかしたら、手段と目的は逆かもしれないが)エステリーゼが、ユーリが入れてやったお茶を両手で抱えながら熱弁するのに、ユーリは少しばかり苦笑しながら、彼女の手からマグカップを救出してやった。このままでは遅かれ早かれ、確実にカップの中身は机の上、だ。
何故か、ひょんなことからフレンへのユーリの想いを知ってからと言うもの、この年下の友人はことあるごとに熱弁をふるうのだ。まぁ、コイバナというものは普通の女子であれば大抵好きなものだろうから(残念ながら、ユーリは余りそいうった属性を持ち合わせてはいないのだが)、まさに年頃のエステルとしては、この姉のように慕っているユーリの恋が上手くいってほしいと純粋に思っているのだろうけれども。
「ユーリは、フレンに気持ちを伝えないんです?」
純粋培養のお嬢様であるエステルは、ある意味とてもまっすぐだ。
直球ストライクの質問に、最早ユーリは苦笑するしかない。
「あー...そうだな...」
「こぉら、嬢ちゃん。そういうのは本人しだいなんだから、あんまり口出ししてやんないのよ?それで気まずくなっちゃったりしたら、嬢ちゃんだっていやでしょ?」
タイミングよく、よれよれの白衣のまま、書類やら本やらを抱えて丁度戻ってきたシュヴァーン教授...もといレイヴンがお土産よーといって最中を机の上に置きながら、こつん、とエステリーゼの頭を資料のファイルで小突いた。軽薄そうに見えて人の機微に聡いレイヴンは、実のところ気回しがいいので生徒達に大変人気が高い先生の一人であったりもするのだ。
エステリーゼは、小突かれた場所を押さえて、少し申し訳なさそうにしながら、素直に頭を下げてきた。
「ごめんなさい...考えなしでした」
こういったところ、エステリーゼの憎めないところだろう。別にいいよ、きにしてねーし。といってやれば、しゅん、としていた顔が、ほんとうです?と見上げてきてくすりと笑ってしまった。本当に、エステリーゼは可愛らしいと思う。
自分もこんな性格をしていたら、もう少しはこの状況もましだったのかもしれないが。
「いいんだよ、あいつは将来の弁護士だし、いい加減俺なんかかまってないで立派な法律家になってもらわなくちゃな」
別に、ユーリはフレンに想いをつげて、それでどうになると思うほど夢見がちではなかった。
別に、この社会は出身や生まれ、仕事が何であれ卑下する事も差別される事も建前上ないが、孤児で、かつ女だてらに気も腕っ節も強く、レイヴンについて平然とマングローブだなんだと飛び回っているユーリと、堅実に司法試験を目指すフレンという組み合わせは意外に見られるのは確かなのだ。(こんなにも違う二人が幼馴染であるということに対して、であるが)それに、彼の目指す弁護士は激務で、むしろ彼を支えてくれるような女性がそばに居るほうが、フレンのためでもある。何処に...日本に居るかも分からない自分が支えるというのは、いかにも難しいだろう。そう、先を考えれば、むしろ今の幼馴染であるのが、一番、二人にとっていい関係なのだ。
「あ、おっさん。データ纏めといたのそこのフラッシュに入ってから」
「あ、了解―。ユーリ君、仕事早くて助かるわぁ」
「へいへい、おだててもなにもでねぇぞ」
「その代わりおっさんからのお礼、ほら嬢ちゃんと一緒に食べちゃいなさいな。最中、好きでしょ?」
器用にウインクして見せたレイヴンに、サンキュ、と一言礼を言って最中を口に運ぶ。小豆の甘い味が広がって、自然、頬も緩む。
だが、エステリーゼを見上げれば、最中を手にして入るものの、なんだか微妙な表情でじぃっとユーリを見ているばかりで。
視線で責められているような気がして、ユーリは思わず苦笑してしまった。
「んだよ、まだ言い足りないってか?」
「うっ、そうじゃ、そうじゃないんですけど...でも、あの、その」
「おこんねーから、言ってみな?」
子供をあやすような口調で言ってやれば、もごもごと口ごもりながらも、エステリーゼは上目遣いに言ってくる。
「フレンが、そんなこと言ったんです?...私は、その。私は、なんだかユーリが、理由を付けてはじめから諦めちゃっているように、思えるんです」
「...」
最中を口につけたまま、ユーリは硬直した。
その硬直したユーリを見て、あちゃぁーという顔で、デスクに座ったレイヴンが頭を押さえた。恐らく、自分が直球ストライクで一番ぐさりと来るところをついた自覚などないエステリーゼは、そんな二人の反応を交互にきょろきょろと見回して、え?え?と泣きそうな顔だ。
普段、どこまでも格好いい姉御然としているユーリの呆然とした顔など、めったに見られるものではないのだから、エステリーゼの狼狽も無理はない。(もしかしたら、彼女は初めて見たのかもしれない...無意識ではあるが、ユーリは庇護対象においている人の前では特に、余り感情の波を見せないので)
「おーい姐さーん、だいじょーぶー?」
「...」
デスクに乗りかかるようにして身を乗り出したレイヴンが問いかけるも、恐らくは自分の中でぐるぐるしてしまっているのだろう、ユーリからの応えはない。
最早エステリーゼはほとんど涙目だ。あーよしよし、とその頭をなでてやりつつ、困ったもんだわねぇとレイヴンは息を吐いた。
自覚していたからこそ、今の言葉は大分きつくユーリに突き刺さったに違いない。
レイヴンは、エステリーゼと同じくユーリの所謂恋心については知っていたけれども、本人がそれ以上の進展を望まずに離れようとしていたので、見守っていたところはあったのだ。エステリーゼのように純粋に二人が上手くいくことを望んでいないわけではなかったが、この年になるとしらがみというものが気持ちを邪魔することをよく知っていたので、あえて何も口は出さないようにしていたのだが。
(そうなのよねー、ユーリ君ってば、必要以上に自分を軽く扱っちゃうのよねぇ。別に、隣に居る資格なんて、いちいち数えなくたって気持ち一つで十分でしょーに)
前に二人で酒を飲んだときに、ぽつりと漏らしていた、ユーリの過去がユーリのその性格に拍車をかけていることをレイヴンは知っている。ユーリは、両親を亡くしてしばし、親戚をたらいまわしにされてかなりきつい扱いも受けていたらしい...多分、そのトラウマが無意識下に働いているのだろう。何を言われたかまでは話さなかったけれど。
「...悪いけど、嬢ちゃん、ちょぉっとユーリ君そっとしといてくれる?多分、しばらくしたら自分で立ち直るでしょ」
「わ、私...とんでもないことを言っちゃったんじゃ...」
取りあえず、エステリーゼを一旦外に出そうとレイヴンが立ち上がって、入り口にエステリーゼを連れて行くと、目じりに涙をためたエステリーゼがなおもユーリを振り返ろうとしたので、さりげなくレイヴンはそれを体で防いでやった。
そして、ぽん、とエステリーゼの頭に手を乗せてやる。
「大丈夫、もう少しそっとしといてやんなさいな」
「は、はい。失礼しました...」
あからさまにしょぼんとして出て行ったエステリーゼには少し可哀想なことをしたけれども、ようやっと最中を手放してはぁーっと深くため息をつき、額に手を当てたユーリを見ればまぁこれも正解だったわねぇと思わないでもない。
取りあえず、冷め切ったユーリのお茶でも入れ替えてあげましょうかと、レイヴンはぽん、とユーリの頭に手をやってから、ミニキッチンへと足を伸ばしたのであった。
05.指折り数える
何を指折り数えてるって、フレンを好きな理由と、自分がフレンの傍にいちゃいけない理由、ですかね。(説明しないと分からないタイトルってどうなの←いや、いつものこといつものこと)
おっさんの保護者的立場大好きです。包容力があると思うんですよおっさん、個人的に。
エステルちょっと扱い可哀想ですけれど、ユーリの自覚のために涙を呑んで犠牲になってもらいました。ごめんねエステル。
次はフレンが動きますよー。ユーリがうだうだして偽者くささ満載になりますけどごめんなさい(笑)
2009.5.31up