結局ユーリの熱は二日ほど続いて。
その間、ハンクスが帰るまで、出来る限りフレンが面倒を見て、それはいつもと変わらないことであった。
でもそこを皮切りに、急にフレンの態度がよそよそしくなったのは、誰の目から見ても明らかで。
話しかけてもうろたえて赤くなったり青くなったりしてまともに返事を返してくれないフレンに、流石のユーリも大分へこんだりもしていた。


「...おまえさぁ、いきなりどうしたんだよ?あからさまにユーリ避けたりして」
ずずっと、アイスコーヒーをすすりながら胡乱な目を向けてきた友人、アシェットに、フレンはテーブルに突っ伏すようにしながら呻いて見せた。
ちなみに現在は大学構内ではなく、少しはなれたところにある小さな個人経営のカフェテリア。小さいながらもオーナーのこだわりかコーヒーの味がよく、また価格も手ごろであるので密かにコーヒー好きが通っている店である。
ちなみに、ここにフレンを誘ったのはアシェットだ。フレンやユーリとは中々に長い付き合いを持つ彼だからこそ、急にギクシャクし始めた二人を放っておく事もできずこうして取りあえずフレンを捕まえて、仕切りがあるために個人の空間を作りやすいこの店にわざわざ連れてきたのだ。
(こりゃ、フレンのおごりだな)v 心の中で呟いて、ため息をつきながらアシェットは根気よく尋ねた。フレンはとてもまじめで真摯だけれども、まじめすぎて対処しきれない事柄にはショートしがちで、ついでに最後は体当たりという特攻っぷりなので、友人としては暴走する前に止めてやりたいという優しさである。
「な?どうしたんだってば」
再度問えば、ようやっとよろよろと顔を上げた(心なしか目の下に隈が浮いて、金髪の艶が少しばかりなくなっているような気がする)フレンは、観念したように、小さく口を開く。
「...ユーリって、僕のこと、好きな、の、かな...」
アシェットは吹いた。盛大に吹いた。
この際、口の中にコーヒーが入っていなかったのは幸いだろう。ついでに、とっさに顔をそらせたお陰で目の前の友人の整いすぎた顔に唾を吹きかける事もなかった。これだけでずいぶん自分を賛辞出来そうだと心から思う。
とりあえず、お前今更かぁあああああっ!!!!!と声を大にしたいのをこらえるので精一杯である。
何とか心を落ち着かせて、ゆっくりとアシェットは再度問いかけた。何せこの目の前の友人はまれに見る堅物で、アシェットの知る限り今まで色恋沙汰はかけらも無かった。こうなると恋愛関係については初心者マークを通り越して講習所にも入っていない無免許。そのまま公道を走らせたが最後、事故を起こす確率が泣きたいくらいに高すぎる。何せ、最後は体当たり、とユーリをして言わしめている男である故に。
アシェットは大分前からユーリのフレンへの想いは気づいていたし、ユーリのことは大切な友人だと思っている。そんな友人達が上手くいってほしいと思っている自分は、まぁ友人想いだということだろうか。長年やきもきさせられてきたのだから、いい加減にしろといいたい部分も多々あるわけだが。
「...お前はどうなんだよ、フレン」
「え?勿論、好きだよ」
けろりと返してきたフレンにアシェットは脱力する。...だがここで崩れてはいけないと、質問を噛み砕いてやった。
「お前のそれは幼馴染としてだろ。そーじゃなくて、お前大体、ユーリのことを恋愛対象としてはどう見てるんだよ」
ずばりと核心を突いてやれば、フレンの顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。...どこまで初心なんだと思わないでもないが、今までのフレンの天然記念物並の鈍さを考えれば進歩したほうだろうか。高校生時代も大学時代も、どこの漫画だよと思わせるほどにモテまくっていたのに、全てをスルーしたある意味伝説の男であるゆえ。
「え、ぼ、僕は、その...ユーリが、ずっとそばに居てくれたら、いいな、と」
「それは友達としての感情じゃないだろ?...お前さ、幼馴染とか親友とか、そんなの抜きにしてユーリに向けてる感情、そろそろ自分で理解したほうがいいんじゃないのか?」
ユーリが其れを望まなかったから、アシェットもあえては言わないできた。
でも、フレンが気づきかけてしまったのならば、そのままにしておくのは二人にとっていいことではない。
「僕が、ユーリに...」
「ユーリがお前を好きだからお前も好きにならなくちゃいけないのか?...その前にお前がどう考えているのか整理しとけよ。そうじゃないと、ユーリのこと傷つけるだけだぞ」
言ってやれば、しゅんとしょげたように頭を垂れたフレンが、うん...と小さく呟いた。
その、怒られた子犬のような姿に、アシェットはアイスコーヒーで喉を潤しながら、ふうと心の中だけでため息をつく。
(あー...俺も大概おせっかいだよな...)
「ちなみに、俺はお前がずっと、ユーリしか見てないと思ってたけどな?...ま、何があったかは知らないけど、あんましその態度続けてやるなよ?ユーリがかわいそうだ」
「うん...ありがとう、アシェット」
素直に礼を言って、ホットコーヒーに手を伸ばしたフレンに、アシェットはぽり、と頭をかいた。
あんなに長い間一緒にいたというのに、いや、いたからこそ。
あの黒髪の友人と、この金髪の友人の関係と言うのは、随分と複雑にこじれてきてしまったのだろう。
(でもまぁ、こいつが何かしら行動するなら、終着点には行き着くだろ)
ことによっては今度はフレンとユーリからおごってもらわなくてはなるまい。
そう心に誓ったアシェットは、取りあえず、じっくりとフレンの話を聞くべく、ことりとグラスをコースターの上に置いたのであった。


「どうしたの...と聞くまでも無いのだけれど、貴方らしくないわね」
「...うっせ」
大学構内のカフェテリアは、昼下がりと言うこともあって大分人もまだらになってきていた。
そのテーブルの一つで、ユーリ手製の弁当をつまみながら、ジュディスはユーリへと問いかけていた。
ユーリが風邪から回復してから、どうにもユーリが沈むことが多くなり、またあからさまにフレンのユーリへの態度がおかしくなっている。元々人の機微に聡いジュディスは常からユーリのよき相談相手であったわけだが、こうもあからさまに避けられて内心かなりダメージを受けているユーリを見てしまっては、自分から動かざるを得なかったわけだ。通常は傍観者に徹する主義である彼女にしては、かなり珍しいことではあった。
形の良いサンドイッチは、少しばかりからしの利いたチキンサンドで、横に置かれたピクルスがアクセントになって大変美味しい。これはあとでレシピを聞かないとね、と心の中で思いながら、ジュディスは目の前で珍しくむくれている友人(彼女が他人に甘えて感情を素直に出すことなど、余り無いことなのだから)に微笑んで見せた。
「...彼、なんだか急にあなたのことを意識しているようにみえるのだけれど?」
余り苛めても可哀想なので、早々に本題に入ってやれば、ユーリがぴくりと少しばかり眉を動かした。他の人間が見れば些細過ぎて見逃しそうなサインだが、ジュディスにはそれで十分に理解できる。
「貴方から告白した...と言うわけではなさそうなのだけれど」
「しねーよんなもん。...別に、熱出して二日看病された以外何もなかったはず...なんだけどさ」
どうやら本当にユーリにも理由が分からないらしい。あの鈍い幼馴染君が、急に態度を変えたわけを。
さてどうしたものかしら?とジュディスは頬に手を当てて小首を傾げながら、この、一途な友人へと視線を向けてみる。そんな彼女が少しばかり疲弊したような表情を見せているので、全くフレンはとても罪作りよね、こんな子に思われてるのに、なんて少しばかりフレンに毒づいてやりたい気持ちにすらなってくる。
「きっかけは分からないにしても、そろそろ関係をどうにかするとき、ってことじゃないかしら。...彼、多分何かしらがあって貴方を意識し始めた。と言うことだと思うし」
ずばりと言ってやれば、少しばかり顔を赤くしたユーリがひょいとチキンサンドをつまむ。誤魔化すようにむぐむぐと口を動かすものの、食べやすいように一口大にカットされたそれではそれほどに時間を稼ぐこともできず、結局飲み込んでしまって、にんまりとしたジュディスの視線から逃げる術がなくなってしまう。
彼女にしては矢張り珍しく気おされたようにわずか胸をそらせて、そうしてから、つい、とジュディスのロゼ色の瞳から視線を外した。
結局其れが、ユーリの答えを意味していて、ジュディスは困ったものね、と心の中だけで呟く。
「多分、近いうちに彼から動くでしょうね。...大丈夫よ、どう関係が変わるにしろ、今更切れるような縁ではないのでしょう?」
「...あぁ、サンキュな、ジュディ」
「どういたしまして。...そうそう、エステルやリタも大分心配していたようだったから。落ち着いたら、ちゃんと彼女達にも話してあげてね?」
「...あー、落ち着いたら、な」
出来ればいい報告を聞きたいものだ、と思いながら。
もしそうであれば、また手作りの料理をご馳走してもらいながら聞きたいものね、と心の中でジュディスは呟いたのだった。


08.終らされた旅路




えーと...はい、もだもだ?(何ゆえ疑問系)です。
フレンの相談できる友人が見当たらなかったので(酷い)アシェット君大活躍♪ごめんなさい性格分からないので大分捏造ですが、彼は大変動かしやすいキャラで御座います。
次はいよいよ対決!!(待て)ですよ!はよ動け、ふれーんっ!!(ホントニね)
2009.6.29up