『話したいことがあるんだ』
シンプルな、メールの文字。
それを見た瞬間に、ああきたか、とだけぼんやりと思った。
んだよ、呼び出しって。といってやれば、しっかりと此方に視線をよこしたフレンのことのほか真剣な瞳に、どきりと一度、ユーリの心臓の音が高鳴った。
あの熱を出した日からこれまで、一度もユーリに視線を合わせようとしなかったフレンがそうしたということはつまり、彼が何かしらを決めたのだということを示唆している。
今度は、ユーリがフレンから視線を逸らす番だった。何もかも見透かしているような空色の瞳が、ずっと想いを抱え続けたまま隠してきたユーリには、辛いものでしかない。
確かにユーリは強い。けれども、それは痛みを伴わないわけではないのだ。
沈黙が、あたりを支配する。ここは幼い頃はいつも二人で遊んでいた海の見える丘にある公園で、空の色を徐々に夕焼けが満たし始めているこの時間帯、子供達は皆帰ってしまって丁度、人は二人だけ。
さわりと、葉が揺れる音だけが、この場を満たしてゆく。
「...なぁ、俺は忙しいんだよ。用事がないなら、もう...」
先に沈黙に負けたのはユーリのほうだった。自分らしくはないと分かっていながら、また誤魔化して今までの関係を続けることを、選択しようとしてしまう。
けれど、フレンはそれを、赦しては、くれなかった。
背中を向けようとしたユーリの左手を、ゆるくフレンの右腕が枷となって戒める。
その距離こそが、ずっと二人が埋められずに居た、距離で。
今、フレンが詰めた、距離でもあった。
また、フレンの瞳がユーリを絡め取る。...其れだけで、ユーリはもう、動くことが出来なくなった。
「...ごめんユーリ。僕は、君に、伝えなくちゃいけないことが、ずっとあったんだ」
もう、逃げる道は、ない。
「な、何だよ。今更伝えるもなにも...」
「お願いユーリ。...話を、聞いて」
それでも逃げようとしてしまったユーリは、ついにフレンに押し切られた。しぶしぶ、振り返って、しっかりと、フレンの瞳を、自分だけを映しているその瞳を、見つめなおす。
今度はもう、ユーリも、視線を逸らすことはしなかった。
「ねぇユーリ、僕はね、ずっと、ユーリと一緒に居るのが当たり前だと思ってた。君は僕の幼馴染で、親友で、ずっと隣だって。」
「ああ...」
つきりと、胸が痛む。分かっていたはずなのに。フレンは自分のことを、幼馴染以上には、見てくれないって事くらい。とっくに。
諦めてた...はずだったのにまだしつこく痛む胸が苦しくて、ユーリは自然、握りこぶしを胸に当てていた。それでも意地のように、フレンの瞳だけを、まっすぐに見据えて。
フレンの色から、段々と紺色に、ユーリの色に移り変わる空を背景に、ただフレンを見据えていた。
「ねぇユーリ、僕は自惚れてもいいかな」
「はっ?何を、だよ」
思わず、素で聞き返してしまった。緊張感やら何やらを一瞬忘れて。
そうだ、コイツはこういう奴だった。時折、こうして思考回路をこっちの理解不能段階まですっ飛ばして結論まで持ってくるのだ。最終手段が体当たり、というのもつまりはこの癖に起因する。結論までたどり着けばいいのだが、つかないときは混乱して体当たりにならざるを得ないのだ。
つまり。
「僕は君を好きで、そして君も僕が好きだって事を」
零れ落ちるようにして、投げ掛けられた、その言葉が、がつんとユーリの頭を殴り飛ばした。
「...へ?」
時折こうして真正面に見せかけて真後ろの死角から殴りかかってくるのである。本人に自覚がない分、すさまじくたちが悪いとも言えるのだが。
取りあえずユーリは、今度こそ、完全に思考停止した。
「で?何であえてアタシのところに逃げてくるのよ。あんた」
冷たい口調とは裏腹に、ユーリの好きな冷えた苺ミルクを出してくれているあたりはリタの優しさだろうか。はい、といって手渡してくれたマグカップに、ユーリは弱弱しくさんきゅ、と答えて受け取った。
あまりに弱弱しいユーリの様子に、流石にいつものように突っぱねるのも悪いと思ったのか、リタにしては珍しく、何も言わずに自分の分のマグカップに口をつけながらどかりとユーリの隣に腰掛ける。
風呂上りの格好は健康的な足を惜しみなく出したホットパンツで、冷たい苺ミルクに口を付けて、リタはちらりと隣の黒髪の...ユーリに視線を走らせた。
彼女にしては珍しく、リタにも分かるほどに狼狽して見せているのだから、相当参っているのだろう。いきなり『今から行く』とだけメールが来たときは何事かと思ったのだが、あえてリタの家をチョイスしたのは狼狽した彼女なりに、一番こういったときに突っ込まないでおいてくれる人選を無意識であれしたということだろう。
特にエステルあたりのところに行ったら最後、暴走したエステルがフレンのところに乗り込まないとも限らない。其れこそ泥沼だ。
(あー...もう、らしくないわね...。全く)
あまりに落ち込んでいるユーリに、がりがりと洗い立ての頭をかいていると。
ヴヴ...
バイブの音に続いて、リタの携帯電話が、メール着信の光を知らせた。
「ちょっとごめん」
テーブルの上に乗せてあったソレを、ユーリに一言断って摘み上げ送信者を確認し、そうしてほんの少しだけ片眉を上げる。ちらりとユーリに視線を走らせるけれども、彼女は大人しく苺ミルクを舐めているだけで、リタの反応に気づいた様子はない。
其れを確認してから、少しばかり思案して、そうして、リタは返信のために携帯電話に指を走らせたのであった。
「少しは落ち着いた?」
「...悪いな、リタ」
「別にいいけど...わ、私は別に心配してるわけじゃないわよ!アンタが落ち込んでるとエステルが気にするから、だからなのよ!」
「へーへー、分かってますって」
顔を赤くしてまくし立てるリタに、ようやっと落ち着いてきたユーリは笑いかける余裕が出来ていた。フレンの急な言葉を、上手く受け入れることが出来ずに、結局あの後背中を向けて全速力で逃げ出して。そしてリタの家に潜り込んだのだ。
だって、まさかフレンが、自分の気持ちに気づいていただなんて。
それならば、何て自分は滑稽なことをしていたのだろうか。...自分ひとりで、ずっと隠して、気づかれないように、気づかれないようにって。
(道化だよな、俺って...)
嬉しいとか、そんなことを考えるよりも早く、頭をがーんと殴られたような気がした自分は、おかしいのだろうか。...矢張り素直になれない自分は、フレンのあの言葉を、結局零れ落としてしまったのだろうか。
(でも、もう逃げちまったしな...)
フレンの言葉に答える事もできず、ただ、逃げて。
リタが何も言わないでくれるのをいいことに、リタの家に逃げ込んで。
結局、向き合う覚悟が無かったのは、最初からユーリのほうだったということだ。
膝を抱えて、顔を埋めたユーリは、ふぅっと大きくため息をついた。
此方を、何かを言いたそうな顔をしてみているリタには、やはりユーリは気づかない。
(こっそりと、リタが携帯の通話ボタンを押したことにも、気づかないで居た。)
「あんたはさ、フレンのこと、好きなの嫌いなのどっちなのよ」
出来るだけ言葉を選ぼうとしたのだろう。けれども結局のところストレートになってしまったリタの問いかけに思わず苦笑して、ユーリは顔を上げた。
ユーリが落ち着くまで何も聞かないでくれたリタだからこそ、結局この問いかけすらも不器用な気遣いなのだと分かってしまうから、するりと言葉が喉をすべる。
「好きだよ。...ずっと、前から」
「なら如何して逃げたの」
「...かなうと、思ってなかったから。最初から、もう諦めるつもりで、でもずるずる来て。...かなうなんて想像、これっぽっちもなかったんだよ。アイツにとって俺はただの幼馴染、そんだけだと思ってたからな」
「でもそうじゃ無かったってわけね?...いいじゃない、別にそれなら、何がいけないって言うのよ」
「...俺もわかんねぇよ。でも、ずっとあいつの隣にはもっと相応しい奴が居るって。もっとアイツを、支えて理解してやれる奴が居るって、そう思って...」
「じゃあそういう奴が出てきたら譲るわけ?」
「...譲りたく、ねーよ...」
ようやっと、やっとのやっとで本音を吐き出したユーリに、やれやれとリタはため息をついた。
そうして、何故か玄関先に行くと、外に向かって声をかける。
「だそうよ。ほらさっさと連れて帰りなさい。言っとくけど、泣かせたらエステルが怒るんだから、承知しないわよ」
「は?リタ、お前何言って...」
ぎょっとしてユーリが体ごと振り向くのと、リタが玄関の扉を開くのはほぼ同時で。
そこに立っていた、金髪の幼馴染の姿に、今の会話を聞かれたことを理解したユーリは顔を青くして出口を探し、玄関を押さえられていることに気づいて迷いもなく窓に手を掛ける。(ここはちなみに三階だ)
が。
「...君は、猫じゃないんだからいい加減窓から出入りするのはやめようね?」
其れよりも先に、フレンに窓を閉められてしまった。
「もう逃がさないよ、ユーリ」
耳元で響いた声に、全身から力が抜けた。
09.零れ落ちたものに手を、
(伸ばして拾い上げて見せる!)
えーとどこのヲトメ漫画ですか全身かゆいなぁ...
そしてユーリが弱い子ですが...いや、私の場合ギャグになって主人公最強説になるか、ナイーブな感じになるか両極端しかかけないので...スンマセン。
さて、次でハッピーエンド。フレンがもう、なんていうかタラシにしか見えないの、私だけでしょうか?
2009/7/5up