後ろから抱きしめてきて、とても暑い夏の日だったから正直に暑いと文句でも言ってやろうと思えば、先に文句を言われた。
「後ろから抱きしめるのはよくないね」
「よし分かった喧嘩だな買ってやろう」
人がせっかく、先ほどまでに随分と落ち込んで落ち込んで、其れこそずどーんずどーんと効果音と斜線を背負ってそうだったことを考えて文句を封印してやったと言うのにこの言い草だ。
そもそも、暑いのはそこまで得意ではない(何せ、下町だ。暑さを和らげるためには、せいぜいが薄着で、水浴びをするくらいのものしかない。)ユーリだ。沸点は気温の分押し下げられていると言ってもいい。
とりあえず一発殴ってやろうと拳を握り締めたところで、人のうなじ(髪をくくっているために、見えているのだ)に顔を埋めていたフレンが、矢張り思いのほか弱っているのだと理解して拳を下げた。どうにも、結局のところ自分はこの幼馴染に対してすこぶる甘いのだ。
ふわふわと触り心地のいい、太陽みたいな色の髪の毛を左手ですいてやりながら、フレンの気持ちが治まるのを暫く待ってやる。
「...ごめんね、久しぶりに会えたのに」
「別に、かまわねぇよ。暫く休暇!!とか言って無理やり置いてかれたから、出歩こうにもな」
星食みを打ち倒して、混乱した世界を立て直すために、騎士団長であるフレンはもとより、ギルドである凛々の明星も世界中を駆け回っていた。
そして、何だかんだと一番の無茶しい(であると仲間たちからは口をそろえて言われるけれども、残念ながら本人にはかけらの自覚もない)であるユーリに、大分貫禄も備えてきたボスが、一週間の休暇を言い渡してきたのだ。そのままの言葉で示せば、『いーい?たまにはゆっくりしなよ!ちゃんとハンクスさんにも頼んでおいたからね、徒歩でそのまま旅とか駄目だからね?ラピードもつれてっちゃうからね!一週間したらまた迎えに来るから!』である。
まぁ、確かに最近は疲労も溜まっていたし、こうなれば休むしかあるまい。久々に戻ってきた宿であるのに、ベッドのシーツと布団が太陽の匂いをさせていたのは素直に嬉しかったし、多分テッドだろう、少しばかりなれない掃除の跡が残っていてほほえましかった。
いつでも帰って来い、そういわれているような気がして。
しかしなんというか、こういう場合タイミングは重なるものである。
騎士団のほうでも、無茶に無茶を重ねて突進し続ける団長を見るに見かねた副官以下もろもろが、皇帝ヨーデルと副帝エステリーゼに直訴して一週間の休暇を勅命で出させたのだ。
流石のフレンも、勅命ですとにこにこと微笑んで令状を出されてしまえばもうそれ以上文句の言いようもない、完璧な騎士の礼を取って拝命するより他になく、しかし仕事付けになって久しかった最近のせいで、いきなり休みを貰ってもどうしようもなくて、そしてふらりと下町にやってきたところユーリと鉢合わせをした次第である。
ユーリも帰ってきてるよ!とテッドに言われて、あまりの暑さに丁度髪をくくっている途中だったユーリと会って。
一気に、今までの何かがどっとあふれてきて、そして一気に、落ち込んでしまったのだ。
少しばかり汗のにおいがして、でもそれ以上に、ユーリの香りなのだろうどこか甘いような、お菓子のようなそれを深く吸い込んでようやく、久しぶりに呼吸が出来たような心地になる。
ユーリの黒髪はとても大好きだから、どんなに彼が暑がっていても決して切らないでくれと頼んでいたそれはフレンの珍しい我侭で、めったにないことだからユーリも其れを聞いて髪を長いままに保っていてくれるのだ。
本当に、過酷な旅の中でも艶を失わない黒髪を触ることが、フレンは大好きだ。
けれど。
「...うん、やっぱり後ろからじゃダメだな。ねぇユーリこっちを向いて?」
自分で言っておいて、少しばかり黒髪に名残を感じたけれども、振り向いてこちらをまっすぐに覗き込む紫電にすぐにフレンの気持ちは上昇する。
若干、理不尽な要求にみせる不機嫌な表情すら、彼の魅力をなんら損ねることはない。ユーリ・ローウェルの本質は、ダイヤでもサファイアでもなんでもなく、この世界を包み込む夜の帳だ。彼の全てが、自分を包み込んで離さない。
そして、その夜の帳は、自分の疲れも醜い心のうちも全部抱き込んで、尚泰然と微笑むのだ。
そっと唇を合わせれば、少し冷たいそれが心地よくて、ただあわせるだけの其れを続けていると、くすぐったいと笑い声。
世界の何もかもを、背負わなくてはと気負った心も。
未だ身分だなんだと固執ししがみ付く貴族たちの言葉も。
自分で選んだ道でも、かけられる期待も何もかもが、時折放り出したくなるほど重くて。
それでも彼は、全部わかったように笑うのだ。そして、全部笑って、そのまま受け止めてくれる。
ぽんぽん、とユーリから抱きしめて、そして背中をゆっくりとたたかれる。
それだけで、何かが、落ち着いていく感覚を、覚えた。
「ほら、ま、どーせ休みなんだから、潔くぼけーっとするこったな」
「なんだい、それ」
ああ、息が出来る。
笑える。
大丈夫だ。
大丈夫だから、後もう少しだけ。
もう少しだけ、このままでいさせて。
君の笑う声が、胸の奥に、響いた。
弱虫な僕ごと抱きしめて
ジャンクですよ、何書きたかったのか...途中で止まってたのを加筆修正したらこんなんなりました。
多分、砂を吐けるくらい甘いフレユリを描きたかったのだと思われます。
色々間違いましたが(^o^)/
2009/9/6up