「あ、ねぇねぇあの人」
「シーフォ君?」
「恰好いいよねぇ。エリートコースなのに、『現場で経験を積ませてください!!』って、ディノア所長に直談判、特例で現場配属でしょ?」
「体術も勉強もできちゃって、まじめでハンサムで...ああもう、彼女とかいるのかなぁ」
「あ、ちょっとみて!今ため息ついたよため息!...ああもう、何してもいい男ってのは絵になるよねぇ...」
きっちりおまわりさん
フレン・シーフォは警察官である。
元々、警察官であり殉職した父へのあこがれが強く幼いころからこの国、街を守るのだと警察官になることを志しており。
それは、夢を現実とした今となっても、「警察官としてこの国を変えて見せる」という幼いころの親友との契りを忘れることなく日々邁進している。
そのストイックとも言える行動は、主に若い御嬢様方から小母さま方まで、幅広い層に人気を集める結果となり。(彼氏にしたい!から息子に欲しい!まで実にバリエーションは様々)
それでいて本人が全くそれを鼻にかけないものだから、おおむね男性陣からも評判が良い。(息子にしたい!もしくは兄貴にしたい!までバリエーションは以下略)
同期で同じ警察官となった某腐れ縁とはある意味で正反対を地で行く好青年である。
けれども、微妙に鈍感であるところが玉に瑕で、今も向こう側で若い職員がきゃーきゃーとうわさをしているにも関わらず、彼は全くその視線に気づいている様子はない。v
ちなみに。
「...今日のクッキーは自信作だったんだけどな...」
女性陣の黄色い声等全く届いていない当の本人とくれば、同僚たちに先ほど満場一致(一部医務室行き)でバイオハザード認定された己の手料理に、ひたすら首をかしげながらため息をついていたりする。
恋する乙女フィルターにとってはアンニュイなため息も、実のところ非常にしょーもない理由であったりするのだが。
勿論彼女たちがそんな彼の内心など知る由もなく、今日も自分の預かり知らないところで人気バロメーターを上げているのであった。
フレン巡査長の一日は、新聞のチェックから始まる。
昨日に起こった事件を知り、世の中の流れを掴む。
どんな軽微な犯罪でも、世の中を背景して起こるのだという父の持論を受け継いでいるフレンは、このほかにも日常の定期パトロールで街の様子に目を配ることも怠らない。
街の人たちにも声掛けをしているし、できれば皆の顔を全部覚えていきたいとも思っている。
「はよーっす」
「おはようユーリ、今日は珍しく十五分前に来たんだね」
「...どこかの誰かさんが『遅刻なんてありえないだろう!』って、酒飲みながら三時間も説教してくれたおかげじゃねーの」
そして、同僚であり、幼馴染であり、ついでに腐れ縁で親友でもあるユーリが眠そうな顔でやってきたところで朝の挨拶。
ついでに言えば、彼は所属する課で一番出勤時間が遅い(定められている時間は皆同じである。つまるところ、彼は来るのが遅いのだ、単純に)為に、この時点ですでに他の同僚とのあいさつは済ませている。
勿論、この課をおさめるナイレン警部には一番にあいさつに行くのがフレンの日課だ。
「早く警部と先輩方にあいさつをしておいでよ。全く、君ときたらいつまでたっても学生気分が抜けないんだから」
ついでに言えば、こんな朝の説教も割と日課である。
「ほら、ちゃんとネクタイをしめなよ!」
オプションで、制服をきちんと着こなさない事に対する説教が入るのは、ただ単に今日は同僚...ユーリが十五分早く来たことにより時間に余裕ができたからだ。
お茶をすすりながら先輩メンツが生温かい目で此方を見ているのだけれども、勿論それは二人とも気づいていない。
ある意味、この説教はこの課の朝の定例シーンでもあるということだ。
金色の形のよい眉を精一杯吊り上げて怒っているものの、結局じゃれあいみたいなものだから、ひそかに犬猫コンビで名が広がっていることにはたして気づいているのかいないのか。(もちろん、気づいているわけはないが)
「あーあー。うるさいうるさいー」
「もう!ユーリ!」
きっかり始業五分前にユーリがするりと説教から逃げ出し、『いつも通り』のタイムスケジュールの完成で有る。
ある意味で、ゆがみがない。
もちろんそんなことには無自覚なフレンは、もうこんな時間じゃないか。と、自分の説教の延長時間をすっかりと忘れてため息をついたのであった。
現場担当とはいえど、捜査が入らないときはもっぱらデスクワークで有る。
というわけで、本日の午前中はみっちりとたまっていた書類を片付けることに労力を注いだ。
もちろん、机の上で何かをすることが苦手(というか最早鬼門)の腐れ縁の首根っこを押さえることも忘れない。ユルギスやら赤毛の双子やらの先輩軍団に笑われながらも、ユーリの仕事もきっちりと終わらせた。(いや、終わらせたのはユーリなのだが。)
一応、やればできる子なのに...と以前呟いたことがあるのだが、その時は本気でナイレンに爆笑された記憶がある。そのあとしばらく、同じ部署内では「オカン」と呼ばれていたことは記憶に新しい。
そのまま机で昼ごはんに突入し、人間の食べ物とは思えないと評判高い弁当を二人でもくもくと頬張る。
...ちなみに。
フレンの弁当=見た目は最上級であるのに、中身はマジで人間の食べ物ではないむしろ食材の冒涜である。の意。
ユーリの弁当=使用している食材も、完成している料理もすべからく人間の食べ物で有りむしろおいしそうだが、「え、これそのうち糖尿病で死ねんじゃね?」のレベルで甘味づくしなあたりそろそろこの人の甘味への胃袋ブラックホール具合が人間じゃないんじゃね?っていうか餡子タッパーとか人間の食べ物じゃないよね?ね?の意。
である。
唯一人間らしいチョイスとして、先輩のヒスカが皆の分としてまとめて入れてくれた緑茶で喉をうるおし、二人同時に弁当をフィニッシュ。
食後の運動として、稽古場で組み手をして汗を流すのももちろん日課のうちである。
その前に、犬舎によって警察犬たちの様子を見るのも忘れない。本日はランバードとラピードが仲良く昼ご飯を食べていたようだったので、軽く挨拶をするのにとどめておいたが。
「腹ぁ括れよ?」
「随分余裕だね、ユーリ」
ちなみに。
組み手と称して殆ど真剣勝負の殴り合いと化している昼の運動には、よくギャラリーが付いているのだがやっぱり二人とも気づいてはいないらしい。
午後には、パトロールを兼ねて街の様子を見て回る。
もちろん迷子がいれば家まで送るし、喧嘩があれば仲裁。ここら辺は、警察官で有ればどんな立場で有っても義務であると常々フレンは考えている。
ちなみに、本日たまたま同行したユーリ(パトロールは基本二人一組なので、ペアは毎日異なる)のおかげで、不良同士のけんかを止めるはずが、途中からユーリもついでに止めなくてはならなくなってしまった。...まぁ、割といつものことだが。
あっちにふらふら、こっちにふらふらと正規ルートのパトロールを勝手にそれてどこかへ行ってしまうので、ユーリと組まされると最早パトロールではなく散歩になってしまうとは皆共通の言である。
が、ふらふらしている分よく見ているのか、裏路地のゴタゴタの発見率はダントツに高いユーリのことはナイレンもよく評価していて、なのでこの『散歩』は事実上黙認されている体がある。
警察官のくせに、最近では腕っぷしも強く性格もからりとしているユーリをしたって不良軍団がパトロールにじゃれついてくるので、なんというか...ぱっと見、ユーリが不良の親玉にしか見えやしない。
悪いことをしているわけではないのに、どう見ても警察官には見えない(制服がこれ以上なく似合わない上に、たまに行う潜入捜査でマフィアに扮するほうがよっぽど自然に見えてしまうマジック)彼の将来がちょっとだけフレンは心配だ。
「...ちょっとユーリ!パトロール中に買い食いするのはやめろって言ってるだろ!」
ついでに。
ちょっと目を離した隙に、駄菓子屋で菓子を買ってもぐもぐ口を動かしていたユーリに、今度こそフレンは拳を振り上げたのであった。
報告書を作成し、本日の仕事は終了。
珍しくも残業などもなく、まだ日も明るいうちに勤務終了を迎えることと相成った。
上司であるナイレンに書類を提出し、きちんと挨拶をしてフレンは着替えるためにロッカーへと向かう。
途中で、また影から「きゃーvvシーフォ君よラッキーv」とか、「今日早いのね!飲みに誘ったら来てくれるかなぁ」とかいじらしい女子職員たちの黄色い声が上がっているのだが朴念仁(先輩一同曰く)と名高いフレンは本日もそれを綺麗にスルーして、更衣室の扉をあける。
と、そこには自分の同僚であり、幼馴染であるユーリの姿。
すでに半分着替えていた彼の隣に立って(つまりロッカーが隣なのだが)、自身も着替えるべく制服に手をかければ、「今日、箒星の女将さんが、食べに来いって」と一言。
「うん」
やはり一言だけを返して、とりあえずフレンは心の中で神様と亡くなった父に今日一日が平和に終わったことを感謝した。
また明日も、同じようにきっちりと彼の一日は始まるわけだが、隣に幼馴染がいる限り一日たりとも同じ日がやってこないことを果たして彼は知っているのだろうか。
果たして今日も、きっちりおまわりさんの一日が幕を閉じるのであった。
あれ、なんかじゃれてるぞ?
2010/8/15up