僕らの街のおまわりさん☆ -おまわりさんのあいぼう-



この街の治安を守る警察は、もちろんさまざまな仕事を持っている。
所謂、悪と戦う、というようなヒーローのような要素はもちろんその一部でしかなく、迷子を預かったり、道案内、お年寄りの介助に喧嘩の仲裁まで様々だ。
今で有れば、街に警察は当たり前のように溶け込んでいる。
パトロールで通りすがれば街の人々とあいさつを交わすし、つまり警察も街の一部である公言するのにはばかることはない。
けれども。
一昔前は、警察と言えば腐敗のイメージが色濃いものであった。
街の人々にとっては、三流のギルド崩れと殆ど変らず、むしろ権力を持つ分三流のギルド崩れの方がましだと思っている人間が大多数を占めた。
汚職、逆らう人間への逮捕状の偽造、裏金、所謂上級階流層の人間の、一派庶民への圧力や暴力が当たり前のようにまかり通っていた時代である。
むしろ、一部のせいで現在は少しばかり評判の悪くなってる節もあるギルドは、そんな理不尽な圧政に敢然と立ち向かう街の守り人で有り、つまり警察は建前の役割すら無くしていたのだ。
街からは活気が消え、人々も暗くなれば足早に家に帰りしっかりと鍵をかけ...街にはびこるのはろくでもないごろつきか警察官だけ(もっとも、街の人にとっては警察官もごろつきも変わりはなかったのだが)。街に絶望しながらも、生まれ育ったここ以外に行く場所もなく、ただただ耐え忍ぶことしかできなかった。
けれども。
アレクセイ・ディノア。
この街の警察の長が、彼に変わった時に、この街はがらりと変化を遂げた。
上流階級の優遇の廃止、汚職幹部の更迭、新規警官の雇用の促進、啓もう活動...改革を挙げればきりがない。
初めは、どうせ新しい人が来たとしても警察は警察だろうと半信半疑であった街の人々も、しかし目に光をもって街の治安の維持に当たる他でもない自分の街の若者の姿を見て、これは口先だけではないと確信を持ったのだ。
若き警察の長に憧れ、また自分たちの街を自分たちで守りたいという意思があってもくすぶるしかなかった若者たちが警察に集まるようになり、結果としてがらりと警察の体制は変わる。
また、もちろん警察の内部から警察を変えようとしていた、何よりも街を愛していたもともとの警察官たちも活動には熱が入り、今では若輩の良き手本ともなっている。
そんな、長たるアレクセイの改革を挙げれば暇がないが、その中でも一つ、少しばかり面白い試みがあった。
前置きが長くなってしまったが、つまりそれが...警察の仲間として、人以外の、つまり犬の起用の開始を行ったことなのである。
他の街では既にいくつか試みられている警察犬や軍用犬の利用というものは、今この世界においてはその有用性が徐々に認められている過渡期にある。
その中で、実験段階とはいえ犬を警察の組織の一員と認めるということにためらいを見せなかった彼に、あるいは驚きの、そしてあるいは称賛の...一部には怪訝な視線が送られた。
とはいえ、人と動物を同等に並べるその試みは初めから大規模に行われるものではなく、その育成はとりあえずある一部署に任されたのであった。



「...で、俺はなんで犬小屋の掃除押し付けられてんの?」
「...はっはっは、すっかり拗ねてんなユーリ。ま、始末書だけじゃ済まないところを、掃除で許されたんだから、ま、観念するこったなぁ」
今日も今日とて、最近馴れてしまった掃除ルックに身を包んでがしがしとデッキブラシを動かしていたユーリは、様子を身に来たのだろう顔をのぞかせた上司であるナイレンに、ぎろりとジト目を向けた。
他でもない、ユーリに毎度犬小屋掃除を命じるのは上官である都合この人なのだから(時折副官がその役目を変わることもあるが)、どうにも文句を言いたくなるのは仕方のないことだと言えるだろう。
そもそも、ユーリは警察においては微妙...というラインは一足飛びどころかジェット機で飛び越えるレベルで規則違反のオンパレードを繰り返しているものだから(結果としては、規則違反とどっこいどっこいよりは少しばかり上の成果を上げているからこそ、何とか首の皮一枚繋がっている状況で有るのだが)、一応手段の規律を保つためにも罰則を受けさせないわけにはいかない。
集団というものは、規則を守るばかりでは柔軟性を失うが、規則や決まり事をおろそかにすることで簡単に瓦解してしまう。
だがしかし、ユーリの信念が誰かを守るためにあることが分かっているからこそ、こうした犬小屋掃除の罰則程度で許されていることもあるのだが。
当然、上層部には嫌われ者のユーリは、警察学校時代から教官に目をつけられ通しだった問題児である。幼馴染で有り腐れ縁のようなものでもあるフレンが優秀で品行方正であるのとは対照的に、ダントツの問題児であったと言っていい。
扱いにくいという理由で、どこの部署でも敬遠されていた(すべての科目において、実技はフレンと並びダントツのトップで有ったことが災いしたと言っていい)ユーリを拾ったのがこのフェドロック警部なのだ。
「ま、こいつらもうちの部署の仲間だ、仲間の面倒見るのは仲間の役目だ。...なぁ、ランバード」
「ガウッ!!」
洗浄している小屋の中から出て、大人しく隅で待っていた第一弾の警察犬であるランバードが吠えてナイレンにこたえる。
警察の上層部の人間はほとんどが警察犬の能力を疑問視しているばかりだけれども、都合訓練や世話に参加することの多いユーリは、彼らが驚くほど賢くその嗅覚も直観力も機動力も人間よりもはるかに勝る。
信頼さえ作ることができれば、人の意思を読んで邪魔にならないようにサポートしてくれる彼らの何と心強いことか。
確かに、ユーリにとっても彼らの存在に否はない。
だがしかし...まぁ何というか、警察に入るまでは犬と言えばペットという認識しかなかった身で、しかも犬舎にはランバードのような第一線組だけではなく。
「きゃうっ!!」
「...脚にじゃれつくな、ラピード」
無邪気にユーリの靴を甘噛みする子犬もいるわけで。
女の子で有れば「可愛いvv」とハートを飛ばすところであろうが、いかんせんユーリは子供や子犬など意思疎通のはかりにくい生き物が苦手ときているので、どうにもここの掃除は気が進まないのだ。
そんな風に解りやすくぶすくれているユーリを、ナイレンとくればにやにやと笑って見守るのみだが。
脚にじゃれつくラピードを振り払おうと脚を振るユーリに、遊んでもらっていると勘違いしてさらにじゃれつくラピード。
その様子は、傍から見ればどうにも微笑ましいものでしかない。
ちらりと、ナイレンはランバードと視線を交わし合い、くっと喉だけで笑いを交わした。
「ま、俺はぁな。...お前くらいのじゃじゃ馬だったら、さぞかしこいつらもやりがいがあるだろうって思ってるんだけどな」
「?なんか言ったか?たーいちょう」
「あ、気にすんな気にすんなさっさとやっちまえ」
「...へーい」
ぼそっと呟いた言葉は、当然人であるユーリの耳には届かない。
けれども、その呟きを拾ったラピードとランバードは、やはり応と答えるように鳴いて見せる。

(お前くらいのじゃじゃ馬の行動力についていけるくらいならぁ、こいつらの働きも認めざるをえねえだろ、なぁ)

果たして上司の思惑に気づいているのかいないのか。
その機動力を近い将来発揮するだろう彼らは、いまだ研磨される途中の原石なのである。



と、言うわけで久々のおまわりさんシリーズはわんこ達に登場していただきました。
でも、これは前2本の少し前のお話です。ラピードが、まだ子犬の頃の話ですね。
本篇軸では、ユーリとバディを組んで活躍していますよ^^