剣を振るうには、どうしたってこんなものは邪魔だ。
けれど、手放すことはなかったし、今もそのつもりはない。
少しずり落ちてきたそれを、なれた様子で鼻の上に押し上げて、ユーリは空を見上げた。
エアルの塊のような星喰みが、ちりりと目の奥を焼く感覚がして目を細めた。


月明かりのメヌエット


「ねぇねぇ。青年、聞いても良い?」
本日の食事当番は、レイヴンとユーリ。
最初こそ、まともに料理などしたことのないメンツ・・・ラピードは論外として、お姫様のエステルと、口にはいれば何でもいいというスタンスのリタであったから、料理当番はユーリとカロルが担当することが多かった。
けれどもメンバーが増えて、ある程度皆旅なれてきたこともあり、平等に当番を回そう、ということで導入されたのがペア制度。この場合、メンバーのうちの半数以上が人並み以上の腕の持ち主である故、ペアを組ませることでその他の面々の被害を最小限に踏みとどまらせる狙いがある。
たまに、エステルとフレンなどという組み合わせになって皆が自主的に手伝う日なども合ったりはするが、本日は安心度の高いユーリとレイヴンという組み合わせなので、まだかまだかとこちらをちらちらみてくるメンバーの目には期待がこもっている。それをみて、レイヴンは苦笑を浮かべた。
ちなみに、本日のメニューはユーリ特製のミートソースである。レイヴンの担当はサラダの為、メインはこの、中身の男らしさの割にお袋の味な絶品料理をこさえてくれる黒髪のあんちゃんの手によるものだ。
その仕込みもあらかた終わって、レイヴンのポテトサラダもできあがったこともあり、鍋をぐるぐるとかき回す、すらりとした長身の青年に雑談の種をふれば、んー?とこちらをみもせずに気のない返事が返ってくる。
その横顔がきれいだなんて、まるでポエマーのようなことを思いながらそんなことはおくびにも出さず、レイヴンは常日頃疑問に思っていたことを口に出してみた。
「青年って、そんなに目が悪いの?」
この青年に出会って、死人だと思っていた自分を人間に引き戻されて、ついでにあの、ちょっとばかしかたくなで純粋なかつての英雄の意地っ張りと世界をかけてぶつかり合う頃になっても。
レイヴンはついぞ、この青年がハーフフレームのシンプルなメガネを外すところをみたことがない。眠るときくらいははずしているようだが、それは本当に、一日のうちのわずかな時間で。
まぁ、とても目が悪いのであればメガネも手放せないだろうし、わざわざその疑問は向き合ってはなす類のものではない。必要ないのならばかけていないだろうし、必要であるからかけているのだ。
だからこそ、ただの話の種であった。本当に、ただの雑談。
レイヴンにしてみれば、そろそろ寒いわねぇというせりふでも、今度はグラタンにでもしましょうかでもよかったのだ。今回が、たまたまそれだっただけで。
が。
なぜか、一瞬ぴくりと鍋をかき回す手を止めた青年の顔が小さくゆがんだのを、レイヴンは見逃せなかった。
(聞いたら、まずかったかしらね)
ほかの若人たちとは違い、ギルドや騎士団でいろいろともまれてきたレイヴンは機微にさとい。だから、この話題が思いの外、ユーリにとって触れてほしくないものだと気づいてしまったと内心頭を抱える。
レイヴンのスタンスは、基本込み入った話には踏み込まず、であるゆえ、めったに踏まない地雷を踏んでしまったかと、背中に冷や汗が伝う。
「・・・んー、このメガネ、度はほとんど入ってねぇよ。俺、目は悪くないし」
「へっ?なら何でまた、メガネなんて。おしゃれって訳でもないでしょうに。剣使うのに、邪魔じゃないの?」
しかし、返ってきた返事の意外さに、つい聞き返さずにはいられなかった。
調理の邪魔にならないようにと、素っ気なく結い上げられた黒髪のおかげで、いつもより表情の見えるその白い顔は、少しだけ、ほんの少しだけ沈んでいるようにも見えて。
「・・・ま、やっかいな体質って奴だな」
毒づくようで、やはり、どこかこれ以上は聞いてほしくない風のユーリの、珍しく歯切れの悪い受け答えに、レイヴンはそう。とだけ言っておくに留めることにした。
「・・・別に隠すこともねぇけどな。あんまり面白い話でもねぇし」
「・・・あ、おっさん、そろそろ皆呼んでくるわね!青年、盛りつけよろしく!」
かなり強引に話を逸らしてその場を離れれば、後ろからは苦笑の気配。
あぁ、ばればれよねぇと心の中でため息をつきながら、それでも苦笑した青年が、気づかない振りをしてくれているのもまた、青年なりのごまかしなのだと思うと、なんだか微妙にすっきりとしない気分にはなった。



(気にしない、とか思った時点で思いっきり気になってるものよねぇ・・・)
よくよくみてみれば、ユーリはよく、目を細めていたり、少しだけメガネをずらして目をこすっていることがあった。
目は悪くない、とは言っていたけれども、見えづらそうにしている。というのがぴったりとくるだろうか。
たとえば、ここが砂漠であれば砂が目に入ってこすることもあるだろう。
けれども、例えば戦闘中などでも時折そんなことがあることが、じぃっと観察していればわかるもの。彼はとても器用だから、とても自然にそれをやってのけていてほかの仲間たちは気づいていないし、戦闘に支障がでているわけでもない。
(・・・あれ。でも青年って、前からそうだっけ?)
一本、矢をつがえて魔物に放ちながら、ふと覚えた疑問に自分で首をひねる。
出会った頃から数えてもうすぐ季節は一巡り。しかし、レイヴンが青年のメガネについて気になり始めたのは、そういえば最近のことのような気がする。
あえて言うのならば、アレクセイを倒して、そして星喰みが現れてから。
(・・・なぁんか、ひっかかるな)
ちらり、とユーリに視線を流せば、彼はもう何事もなかったかのように実に楽しそうに敵に突進していた。・・・実に元気なことである。
その様子を見てしまえば、別段おかしなところもないようなきもするのだけれども。
(まぁとりあえず、一番わかってそうな人に聞いてみますかね)
黒と対になって前線で戦っている金色の騎士様へとちらりと視線をやって、次はエアルの注射器を放ちながら愛してるぜーと声をかけたレイヴンは、とりあえずこの戦闘を終わらせるべく、魔術の詠唱へと意識をシフトさせていった。





うちのユーリ君は最後までハーフフレームメガネオンリーでしたというお話(待ちなさい)
妄想膨らませるとこんな感じになりました的な(笑)妄想なので、尻切れトンボで暴走中ですが、まぁいつものことということで。
2009/10/12up