「ああ、悪いねぇ呼び出しちまって」
「いえ、ちょうど騎士団への指示出しもありましたから、問題ないですよ」
夜、ザーフィアス、市民街の小さな酒場。
常であれば、ザーフィアスでの滞在は、ユーリが下宿している帚星に皆で宿泊する。帚星は下を、たいていの宿がそうであるように酒場と食堂にしているため、皆特に疑問もなくそこで食事を取る。
ちょうどザーフィアスに寄る用事ができて、それならば騎士団の様子を見てきたいというフレンの為に、これから三日ほどの滞在を決めた。
休めるときに休むという、旅の鉄則が体に染み着いて久しい仲間たちは、もう日も暮れた今はユーリの料理の師匠である女将さんの料理に舌鼓を打っている頃だろう。星喰みが浮かんでいても、おいしいものに喜び、笑いあう若者たちの元気な姿を見ていると、まだ世界を終わらせてはいけない。だなんて、少しばかり青臭い決意がわいてくるから不思議だ。
星喰みの浮かぶ空は、暗闇の中でもどこか奇妙に吸い込まれそうな色を見せていて、それを見上げていたレイヴンは、一度ぶるりと体をふるわせる。あれは、もう次の世代には残してはいけない。
「入って、何か食べましょ。おっさんおなかすいちゃったわ」
話したいことがあるのだと、騎士団に向かうフレンにこっそりと声をかけて、時間と待ち合わせの場所だけを小さく告げたのは午前のこと。
騎士団の仕事で忙しいだろうに、きっちりと時間を守って姿を見せた金の髪に、さすがだねぇと少しばかり苦笑が浮かんできたのは仕方ないことかもしれない。全くにていないようで根本がそっくりな、彼の幼なじみとついつい比べてしまうのはレイヴンだけでもあるまい。
すでに騎士団の服を着替えて、シンプルな私服で現れた彼は、そうですねとその顔に爽やかな笑みを浮かべて酒場の扉に手をかける。何となく、この王子様のような時期騎士団トップの青年が市民街の酒場に当たり前のように入ろうとしているのが少しばかり新鮮で、そして少しばかりいけないことをしているような気にさせる。
実際は、彼はあの黒髪の青年と同じ下町育ちなのだけれども。
するりと体を店内へと滑り込ませ、話がしやすいように選んだテーブルはカウンターの端。
腹にたまるような料理を適当に注文して、酒は飲むかいと聞けばいただきます。と応え。少しそれを意外に感じた自分は、つまりあの下戸の青年とまた比べてしまったのだと気付いてこっそりと苦笑した。
「ユーリのことですか?」
店員が注文を取って、その背中を見せたところで、笑みを浮かべたまま聞いてきたフレンは当然のことながらレイヴンが彼を誘った理由など見通していただろう。見通されていることを知っていたレイヴンは特に驚くこともなくそうよ。とだけ返す。
死人のように生きていたあのころに比べれば、こんなに人のことに気が向くだなんて・・・と驚きがあるけれども、それも悪くないと思う。
「・・・答えちゃまずいことだったり、青年に直接に聞いた方がよかったらそう言ってちょうだいね。・・・青年、目が悪い訳じゃないのよ、ね?」
先に運ばれてきた酒のボトルの中身を、相手方のコップに注いでやりながらちらりとその空色の瞳を見上げれば、あぁ、とフレンは声を上げる。
やはり、あまりよい内容ではないのだろう。ユーリの反応と同じように、フレンの反応もまた、どこか苦いものを含んで揺れている。・・・ここでフレンも口をつぐむようであるのならば、もうこれに関しては探るようなことはやめよう。そんな風に心の中で考え始め、自分のカップに注いだ酒に口を付けたところで、ようやっとフレンが口を開いた。
じじじ、と音を立てて、ランプの明かりに集まっていた蛾がその羽を焼かれて落ちるのが見える・・・まるで自分のようだ、とどこかぼんやりと思いながら、しっかりと視線だけはフレンに向けて、根気よくその答えを待つ。
「・・・エアル過敏症、という病気をご存じですか」
「・・・ええと、確かあれよね。エアルが濃い場所とかに行くと、蕁麻疹とかが出る、一種のアレルギー。だいぶ珍しい体質だけど、青年そうなの?」
「大抵はそう言った軽い症状なんですけどね。・・・ユーリの場合は、一種の狭心症の発作のようなものまで引き起こすこともあるんです。・・・はっきりと言ってしまえば、命にも関わります」
「・・・な・・・」
「人体の中で、エアルを吸い込みやすいのが瞳と言われています。だから、あのメガネは視力の矯正ではなくて、過剰なエアルが体に流れ込むのを防ぐ役割をしています」
フレンが、冗談を言うタイプではないと言うことは十分にこの旅の間に知った。・・・それでも、嘘でしょ?と言葉が口から滑り出しそうになったのは、あの青年が今までの旅の間にそんな様子をかけらも見せなかったことに起因する・・・ああ本当に、人のことばかりで自分のことなど後回しにするのだと、今更ながらに思い知らされて頭が痛くなった。
無茶が好きなのねぇとはこの旅の間何度も何度も口にしてきたことだけれども、本当にあの青年は。
今度じっくりと、正座をさせて切々と語り聞かせたい。もしもこれがほかの若者集団に知れたら、確実に愛の説教コースだろうことは想像に難くない。
フレンもそれがわかっているのだろう、酒をちびりちびりとやりながら、苦笑をその顔に浮かべた。
「今、何を言ってもユーリは無茶をやめてはくれませんから。口喧嘩になるのを知っているので、僕からは何も、言えません。それに、あいつも今の状況で誰かにそれをあかすのは、望んでいません」
星喰みが現れだしたときから、ユーリの様子が少しずつ気になるようになったのは、つまり、世界に溢れ始めたエアルを、あのメガネだけでは抑えられなくなったからなのだろう。人体において、一番にエアルの影響を受けるのが瞳ならば、視力に影響が出始めてもおかしくない。
「・・・医者に、診せた方が、いいんじゃないの」
「・・・治る病気ではないですが、緩和することができれば通常生活に支障はありません・・・けれど、医者にどうにかすることは、できない」
だからこそ、あのメガネなのだという。
ユーリが全く手放す様子を見せないことからも、今の状況が彼にとって辛いものということがわかる。弱音を決して吐かないユーリだからこそ、その行動から読みとってやるしかないのだと、そして彼のことだ、年下たちにそんなこと、させようとは絶対にしないともわかっている。
「どうして、おっさんにそれを教えてくれたの?ユーリのあんちゃんに、口止めされてたのと違う?」
フレンに問えば、彼は答える代わりにつまみへと手を伸ばして、ほほえんだだけであった。
その、どこか意図を含んだ笑みをみて、ぐったりとレイヴンはテーブルにと顔をつっぷす・・・どうにも、自分はついぞ、この十四歳も年下の青年たちに、勝てるような気がかけらもしない。
とりあえず、やけのように手を挙げて、追加の酒を頼むこと位は許してもらおう。
すっかりその男気に惚れ込んでしまったあの黒髪の青年の為ならば、少しぐらいおっさんもがんばっちゃうわよ、と、金髪の青年の意図を正しくくみ取ってしまった自分にため息をつきながら、とりあえず手元の酒をあおるのであった。
闇夜の光
プッシュをいただいたので、妄想ストック放出してみました。
ねつ造ですよもちろん♪
2009/11/23up