花びらの歌 - I sing the song of the last prayer for you. -
エステルが、風に交るその音に気づいたのは、夕暮れ時に未だ宿に戻らないユーリを探す役目を買って外に出たからであった。
一人ではない。ユーリに伴わず宿の入り口で留守番をしていたラピードが、何を説明されることもなくすくりと立ち上がってエステルの隣にやってきたので、エステルはラピードと二人でユーリを探していた。
夕焼けに染まるハルルの街に舞う花びらに交って、その音が聞こえてきたのは何もエステルだけの幻聴ではなかったらしく、ぴくりとその三角の耳を立てたラピードにもやはりそれは聞こえているようで。
どこか悲しげな曲調が、散る花びらにあいまって哀愁を誘う。
何だろう、聞いたことはあるはずなのに思い出せないその音色に、立ち止まって首をひねれば、同じくその音に耳を澄ませていたラピードがやおら身をハルルの木のある方向にひねって歩きだしたので、あわててエステルは彼の後ろを駆け足で追う。
ラピードがどうしていきなり歩き出したのか、それはすぐにエステルにも理解できる視覚という形で現れた...ハルルの木の根元、もたれかかるようにしているユーリを認めることができたからだ...そうして、音色の正体も同時に知ることになる。それは、何の変哲もない、ハーモニカであった。
ユーリが奏でるその曲をエステルは知らないけれど、なんだかとても優しくて、ずっと聞いていたい気持ちにさせられる。
「...ん?あ、悪い、探させたか」
しかし、こちらの気配を悟ったらしいユーリがぷつりと演奏をやめてしまって、無性に残念な気がして少しエステルは口を尖らせてしまった...もっと聞いていたかったのに。
「ユーリ、とても上手でした...今度、また聞かせてくれますか?」
心の底からの言葉だったのだが、世辞と受け取ったらしいユーリは苦笑を浮かべ、こんなもん別に人に聞かせられるようなもんじゃねーよ。と布で軽く汚れをふき取ったハーモニカを、口調とは裏腹に大事そうな手つきでしまってしまった...慣れた様子で彼の隣に移動するラピードが、エステルの方をむいてわふ、とため息のような声を漏らしたのはどうしてだろうか。エステルにはユーリほどラピードの気持ちを理解することはできないので、わからなかったが。
「なんて曲なんです?私、聞いたことがなかったです」
なんとなく、ここでその話題を終わらせてしまうことが惜しくて、自分にしては珍しく少し食い下がるように話しかければ、ほんの少し目を丸くしたユーリが(珍しいその表情はしかし、すぐにいつもの余裕のある笑顔に戻ってしまったけれど)、大したことねーぜ?と返してくる。
「...なんて曲だか、俺もしらねーんだけど。昔っから、なんとなく耳に残ってたんだよ」
「...もしかして、ユーリのお母様が歌っていた子守唄かもしれませんね」
物心つく前に、両親を失っていたという話は以前にユーリから聞いた。...だから、というわけではないけれど、「親の顔なんて覚えてないけどな」とさばさばと言ってのけるユーリに、もしかして何か両親につながるものが残っていたのではないかと思ってしまって、そんなことを口にしてしまう。
「...さぁ、どうだろうな。物ごころつく前の話だし」
エステルの言葉を、そんなことはないと否定するでもなく、そうかもな、と肯定するでもない、ただ思ったままの返事はユーリらしくて。
「...きっとそうですよ」
確信するなにかがあるわけでもないのに、そう言い切ってしまうのは己のエゴだと分かっていても、口にせずにはいられなかった。
そうであればいいなんて、ただの自分の願いなのに。
でもそうなんだと、言い切りたいくらいには、エステルはこの青年に幸せであってほしかった。
「...今日はハンバーグだそうですよ。カロルが喜んでました」
なんだか、それ以上ユーリの答えを聞くのが怖くて、エステルは自分から話題を変えてしまった。唐突だとは思うし、ユーリだって思っただろうけれども、彼はそれ以上何もいうことはなく、ただそうかとだけ返してくる。
それもやはりユーリのやさしさなのだとエステルは知っていて、だからそれに甘えることにした。行きましょう!と元気な声をあげれば、きっと苦笑交じりに是の応えをくれるのだ。
「了解。行くか」
(ほら、やっぱり)
先に歩き始めたのはエステルのはずなのに、いつの間にかユーリが先行してエステルがその背中を追う形になるのはいつものことで。
その距離感に慣れてしまっている自分に気付くのも、ここ最近ではよくあること。
(...今は、この距離が、ちょうどいい、ですね)
あなたの幸せを願いたいんですなんて言葉、きっとエステルが伝えるためにはもっと、ユーリの心のそばにあらねばならない。今はまだ、どんなに祈りの歌を歌ったところで彼には届かないだろう。あのハーモニカの音色が、エステルに未だ意味のある曲として響いていないのと同じように。
でも、今はきっとそれでいいのだと。
ハルルの木の三種の花びらを何枚かそのつややかな黒髪に絡ませて歩く後姿を見ているのが好きなのだと。
そう納得することにして、エステルは小走りに、少し遠くなりかけたユーリの後ろに追い付くのであった。
(今度、あの曲を教えてもらいましょう)
あれ?エスユリ?(おまえはどうしてもユーリを右に置きたいのか?)
いえいえエス+ユリですよ。この二人はくっつかないのがいいんです。お兄ちゃんと妹、みたいな感じなのがいい。
おっさんとフレンさんで暴走していたので、ほのぼので口直し(笑)
2009/4/6up