軽い身体だ。とまずその印象が最初に来るほどに、頼りない骨格だった。

シゾンタニアの街、月明かりと、民家の少しの明かりと、星の明かりだけを頼りになじみの酒場から騎士団で借り上げている宿舎へと向かうがっしりとした体格の男は、背中で酔っ払いらしく上機嫌に鼻歌など歌っている青年と少年の間の男を背負いながら、小さくため息をついていた。
なんというか、今頃盛り上がっているだろうほかの面々を思うと、少しばかり損をしたような気にもさせられる...たまには骨休めだと、酒場でささやかな飲み会を行っていたのだが、背中の約一名がものの三十分で潰れてくれたのだ。その場でふにゃふにゃと倒れそうだった彼を、まさか放置するわけにもいかずに、ナイレンが彼を背負いあげたのがつい十分ほど前の話。酔う酔わないは体質に依るのだから酔ってしまったのを叱ることはできないとはいえ、ナイレンにとっても久々の酒盛りだったので、少々飲み足りないと思ってしまうのは仕方のないことだろう。きっと、今頃騎士団員たち(見張りのものは除かれるが)は、楽しく盛り上がっているころだ。
けれども、酔っているせいで幼児返りしているのか、首に腕をまわしてほっぺたを押しつけてくる背中の人物がどうにも憎めなくて、結局ため息は苦笑へとすり替わるのだが。
その人物の名前は、ユーリ・ローウェル。つい先日、このシゾンタニアに、もう一人のフレン・シーフォとともに派遣されてきた、新米騎士である。
ちなみに、その新米騎士の性格はものの三日で全員が把握した。...良くも悪くも型破り、正義感が強いが、規則を守るということが大抵頭からすっぽ抜けるために、もう片方の新米とは毎日のように衝突している。どこにそのバイタリティがあふれているのか、美女と言っても通じる顔と奇麗な(というと本人は顔をしかめるが)長い黒髪、そして白い肌に華奢な体躯をしている見た目の印象を百八十度どころかあさっての方向に裏切って、口よりも手が早い(否、十分口も早いが)という困ったさんだ。
剣の腕も、そして剣を使わない格闘の腕も、そして戦闘スキルも、周りへの気配りも驚くほど優れていて、それはナイレンも口には出さないが認めるところではある。もう少し、青さが抜ければ彼は大成するだろうと確信できる、人に愛される何かを持っている。
シゾンタニアの街の人々とも、もう一人の新人のフレンよりも、ユーリのほうがよほどすさまじいスピードで馴染んできているといえるだろう。街の人々も、ユーリを見かけると彼の好きな菓子の類を投げてよこすのが恒例になっているらしい。この間などナイレンを見つけて、「あの黒髪の美人さんにこれを渡しておいてくれないかい。腰を痛めて木箱を持ちあげられなくて困ってたときに、手伝ってくれたんだよ」などと言伝を受けたほどだ。
騎士団の隊長としては、見回りという任務の途中で勝手な行動をとったことを叱るべきかもしれないが、ナイレンはユーリのそういった人情味あふれる性格を、実のところ好ましく思っていた。...騎士団では、苦労をするだろうけれども。
「たーいちょー、おれ、あるけるけどー」
「はいはい。気持ちだけもらっとくよ、ユーリ」
一応意識はあるようなのだが、自分で歩けるというから試しに歩かせてみた三分前、見事に地面とキスをしかけたのを見てから、彼の進言を信用するのは(とりあえず現在において)なしという判断を下した。どうにも、長いまつげやら整った鼻梁やら、貴族のお嬢さんのような顔に傷をつけるのはいたたまれないような気にさせられるというのもあるが。
これがむくつけき男だったら、間違いなく腕一本引っ張って(否、引きずって)帰って行っただろうに。
背負ってみたときに、百八十程ある上背と、普段の運動量からは考えられないほどに軽い身体にぎょっとさせられたというのもあったかもしれない。思わず、本当にこいつは飯を食っているのかと、問いただしたくなったくらいだ。
もう、背に負ってやることもかなわない、かつて存在した娘のことなど思い出してしまって、つい感傷的になりかけた自分にも苦笑する。...何故騎士団の、それも男を背負ってそんな記憶を掘り起こしたのか...自分でも理解できないが、やはり年齢的にも自分の子供と同じくらいの年頃の、手のかかる青年に、自分はどこか自分の子供を重ねているのかもしれなかった。



「...ほら、ユーリ、手ぇ離せ。水持ってきてやるから」
とりあえず、酒場からここまで背負ってきた軽い身体を、何とかソファーに下ろしてやる。
未成年だというのに、煽って飲ませた隊員たちに、そこまでの他意はなかったように思う。
確かにまぁ、帝国の法律は未成年の飲酒を禁止してはいない。
大体そんなことを言ってしまえば貴族の子息たちなど食前酒のワインをほんの子供のころから飲んで法律違反をしていたことになる。
...まぁ、一応、倫理的な範囲で、未成年には酒場で酒を出さない、
飲ませないというのは不文律として存在している。
不文律として存在し、ある程度それは浸透して守られているが故、わざわざ法律で禁じなくとも
(まあ、法律として未成年が酒場で深夜に働くこと自体は禁止されているが)この国においては自然守られているルールではある。
が、同時、騎士団というのはどこか男社会の体育会系の色を濃くしているわけで。
男社会というのは、どうにも付き合いに酒が入ることがしばしばある。
飲めなくてはいけないということはないけれども、騎士団員の男どもは大抵が血の気の多い連中なので、
たまの飲み会には少しばかりはめが外れるというか。
酒の席というのは、一種親交を深める場所でもあるというか。
彼らにしてみれば、仲間の杯というか。そういうレベルのむしろ歓待だったのだ。
それに、この帝国において、職を持ち自立したものは(常識的な年齢においての話ではあるが)、みなし成人とされることが多い。
ゆえに、最初の一杯を進めたという気持ちは、わからないでもないのだ。正直。
「...んー」
とはいえ、普段は真白の肌をここまで赤くして、くてりと自分で歩くこともかなわない程に酔わせてしまうとは...少しばかり、初めての酒の記憶としては可哀そうではあったかもしれない。
幸い、フレンのほうはザルというか枠というか...こればかりは血筋だろうが、まだ平気な顔をしていたので、
自分が先に抜けてユーリを休ませてやろうと連れてきたのだけれども。
吐くことこそないようだが、完全に自分で歩けないユーリを、同室者がまだ戻らない自室に一人で置いておくのも不安なので、
とりあえずナイレンは自室のソファーに寝かせて視線をさまよわせる。確か、まだ水のビンが残っていたはずだが...
「ったく、ビール一杯でここまでべろんべろんとはな...」
ついつい、声が出てしまうのは仕方がない。
フェドロック隊では、ヒスカやシャスティルの双子を含めても、下戸が一人もいなかったのだ。
そこまでアルコール度数の高くないあの程度の麦酒で、今日びここまで酔える人間がいるという認識を久しく忘れていた。
ついつい、最初に戸惑いを見せていたユーリとフレンに酒をすすめた先輩騎士たちを、まぁ一杯くらいならと止めなかった自分にも落ち度はあろうが。
かわいらしい顔に見合って、どうにもかわいらしい体質であったらしい。
「...たい、ちょー...」
苦笑を浮かべながら、水のボトルと、そしてグラスを一つ見つけて近くのテーブルに置き、ついでやろうとしたところで自分を呼ぶ声に気づいて顔を近づける。
この年齢まで生きてくれば、まぁ酔いどれの介抱だって慣れたものだ。
気分が悪いようなら手水にでも連れて行ってやるかと思って、とりあえずは声をかけてみる。
「ん?どうした?具合悪いか?」
まだ幼さの残る頬には赤みがさしていて、ムズがるように手で目をこするのをやんわりと止めてやった。
あまり強くこすっては、明日腫れてしまうだろう。(考えてみれば、それは果たして男のユーリに対しての気づかいなのかどうか微妙な線では、ある。)
普段のやんちゃっぷりやらをどこへやってしまったのか、ずいぶんとかわいらしい眠り姫がいるものだと、ナイレンは知らず口元を緩ませた。
「...んー」
どうやら、どこか虚空に向かってさまよっている手は、普段犬舎で一緒に寝ているランバートやラピードを無意識に探しているらしい。
ほてっている身体には、夜の空気は寒いのだろうか。
余計な肉などまったく付いていない...というよりも、まだ必要な肉すらもちゃんと付いていないこの痩せっぽっちには。
さて、毛布でも持ってきてやるか、と腰を上げて。
くい、と後ろにひかれた力で、なんだなんだと目を丸くする。
引っ張られた方向に首を回してみれば、そこにはしっかりと自分の服の裾をつかんでむにゃむにゃとこれまたかわいらしい寝言をつぶやく少年と青年のはざまの新入り。
一瞬、あまりに整ったその寝顔に見とれかけて、ナイレンはぶんぶんと頭を横に振って、とりあえず
「って、お前、裾引っ張るな!!」
自分の服の裾をつかんだまま、妙に満足げで幸せそうに眠りの淵に落ちていこうとしているお姫様から、泡を食ったように自分の服の裾を、奪取したのであった。

...数分後、毛布をかけてやろうとして今度こそがっちりと裾をホールドされた結果、男同士で一緒に寝るという結果に陥るはめになるのだが。


夜の帳の小夜曲



えぇと。
隊長=お父さん、ユーリ=娘(笑)おぉっと間違えた息子という図式で妄想していた、K様宅でお邪魔した茶会でいただいたネタです。
後半部分は茶会中に完成させましたが、前半部分は後から書きました。なので、表現、言葉が重複したり若干おかしいかもしれませんが気にしないでください(笑)
こんなんでよかったでしょうか?(方向性のあるつぶやき)
ちなみに、設定は公式に必ずしも準じておりません。妄想です、法律云々とか、気にしないでくださいね♪
2009/11/1up