*グロいということはありませんが、話の進行上死ネタが入ります。
*現代パロです。
*ユーリ(♀)でも、ユーリ(♂)でも、お好きな方でどうぞ。


おもいでのいろは


「こんな色してたんだっけか」
久しぶりに。
本当に久しぶりに、倉庫にしまってあったものを取り出していた。
大抵は、季節がらまだ使う機会のない雪かきの道具や、洗車の道具。
たまに、養い親の趣味であった庭いじりの道具や腐葉土などが積み重ねられていて、整然としているわけでも、かといって混沌としているわけでもない。
ある程度使わないものを奥へ、使うものは手前へ。
そんな、ある意味とても実用的に並び替えられた結果がこれだったのだろう。
だから、時折中を開けて物を取り出すことがあったユーリももちろんこの中をのぞくことはあったわけだけれども、その奥のほうにしまってあった年代物についてはあまり意識したことがなかった。
多分『こんな機会』がなければ、中に眠っているものに興味を持つことだってなかったに違いない。
でも、今回はちゃんと準備をして、髪をくくって汚れてもいいような格好をして軍手をして。
そうやって中に入ったから、ちゃんと奥のものだって取り出すことができた。
倉庫の入り口はとりあえず外に出した使うものたちで溢れているけれども、ここ2、3日は雨の予報はなかったからちょっとくらい出していても大丈夫だろう。庭の隅にある簡易倉庫は、何度も塗りなおされて、何度も何度も必要なものや大切なものをしまっていてくれた。
そうして。
取り出した一つに、とても懐かしいものを見つけてユーリは目を細めていた。
それは、少し錆びてしまった、赤い自転車。

確かそれは、ユーリが小学校に上がったお祝いに、ハンクスと夫人が買ってくれたものだった。
引き取られた当時から、特に欲しいものを欲しいということはなかった子供だったから、誕生日だってケーキがあるだけで(というか、むしろケーキがないほうがユーリは悲しんだだろう。無類の甘いもの大好き人間であるからして)喜んで満足してプレゼントなんて存在に意識がいかなくなるような無欲な子供であった。誕生日に限らず、例えばクリスマスにサンタクロースのまねごとをしたがっていた夫婦をがっかりとさせていたような気がする。
それでも珍しく、この自転車は、自分がはっきりと欲しいと口にして買ってもらったものだった。
ものすごく、言いづらそうに、遠慮交じりに言ったユーリに目を丸くして、そうしてから目元を優しくゆるめて「じゃあ見に行きましょうか、ねえおじいさん」「ま、まぁそうじゃな」買ってもらうユーリよりもよほど、買ってあげる老夫婦のほうがうれしそうにしていたような気がする。
今思えば、もっと甘えてあげれば良かったな。なんて思わないでもない。
そもそもどうして自転車を欲しがったのかと言えば、たわいもない理由だったような気がする。
そう...確か、ちょうどそのころ、友人たちはみな補助輪なしの自転車に挑戦し始めて、そうして遊びに行ける行動範囲を広げ始めていたころだった。
それは、物心ついてこちらずっと一緒にいるフレンも同じことで...まぁ、彼の場合小学校に上がる前にはとっくに自転車なんてマスターしていたし、彼の自転車を借りてユーリも乗れるようになっていたわけだが...一人自転車を持っていないユーリが、仲間うちの遊びについてこられないときがあると、当たり前のように「じゃあ僕も今日はいいや」といって友人たちの誘いをさくっと断ってしまっていたのだ。
別に、ユーリはそれで仲間外れにされたとは思わなかったし、気にしてもいなかったのに。
フレンまで、自分に付き合って遊びに行かないなんてバカみたいだ。そう言って、何故か取っ組み合いの喧嘩にまで発展して、そうして一週間は口を利かなかったような気がする。
仲直りのきっかけもつかめなくて、せっかく小学校に上がる前に遊べる春休みだというのに、一人で近くの家の犬の散歩を手伝ったり、ハンクスや夫人の手伝いをしたり...当時のフレンとはよく喧嘩ばかりしていたけれども、やっぱり毎日なんだかんだとあっていた相手と会わなくなったのは結構堪えた。
それに、ユーリがフレンや友人たちのところに行かなくなったからということもあって、時折自転車で少し離れたアスレチックのある公園へと向かうフレンと、友人たちの姿を時折見かけることがあって、なんだかとても寂しかった。
ユーリ自身、体を動かすことは昔から好きだったし、本音を言えばああいう風にちょっと離れた遊び場まで自転車をこいで行ってみたいという気持ちはあった。
でも、当時のユーリは両親を失って血のつながらない養い親であるハンクス夫妻が引き取って育て始めた頃だったら、何をするにしても遠慮ばかりが先立っていて。
もちろん、あからさまな遠慮の仕方はしていなかったものの、特に何を買ってほしいということもなく、むしろ引き取ってくれたそのことだけで十分に感謝をしていた。
でも。
仲直りのきっかけが欲しかったこともあって。
ちょっとだけ、勇気を出してねだったのだ。
ユーリを引き取ってくれた夫婦は、決して裕福だったわけではない。
だから、ユーリは別に小学校のランドセルがお下がりだって構わなかった。
でも、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、どうしても。
フレンが乗っている青い自転車の横で、自分も並べたらなんて。

結局、二人は早速にユーリを自転車屋まで連れて行ってくれて。
子供用の、赤い自転車を買ってくれた。
自分で欲しいと言っておいてなんだが、家計に響いていないだろうかとこっそり気にしていたら、夫人があとで小さく、『おじいさん、ユーリに小学校の入学祝いを買ってあげるんだって大分前からこっそりとお金をためていたのよ。あなたから言い出してくれたから、あの人もうれしかったの』と教えてくれて。
だから素直にありがとうを言うことができて、それを聞いた二人がまた目を細めて笑って。
「いつ、乗らなくなったんだっけかな」
フレンと仲直りをして、また喧嘩をしながら自転車をこいで遊んで。
背が伸びて、この自転車じゃ小さくなって。
でも捨てられなくて。
きっと、夫人かハンクスがここにしまってくれたのだろう。もしかしたら、時折出して埃を払って、油をさしていてくれたのかもしれない。ずっと乗っていなかったにしては、使い込んで塗装の禿げた跡はあっても、錆ついたりはしていないから。
もしかしたら、彼らにとってもこの自転車は思い出深いものであったのかもしれない。
ぽん、とかつての相棒のサドルを叩けば、少し古びたビニールの感触。
無邪気に遊びまわっていた幼い頃の光景が、ふと目の前に見えたような気がして、知らず目を細めてしまった。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
「ユーリ」
相変わらず、無駄に(というと、きっと眉をしかめられるだろうから言わないが)爽やかで涼やかな、腐れ縁の声が自分を呼んだ。
振り向くことはしない。
なぜなら、その男が言われなくたって庭に入ってきて、言われなくたって自分の隣に並ぶことは解っていたから。
かくして、予想通りに自分の隣にやってきた金色の幼馴染は、ユーリが眺めていた自転車を見て、ああ懐かしいね。と笑ったようだった。
「確か、ハンクスさんが買ってくれたんだよね。小学校の入学祝いに」
「そーだな。じいさんもばあさんも、まぁ無理してくれたもんだ」
「そういう言い方はよくないよ。...後でこっそり、『やっと、自分から欲しいものを言ってくれた』って、すっごい喜んでいたよ、二人とも」
「...お前、そういう恥ずかしいことを、掘り起こすのは反則だろこら」
「この自転車と僕の自転車で、二人で隣町の海まで行って、帰りが遅くて怒られたっけな」
「本気で何処までもいけそうだったよなあのころだと。...ま、実際大学一年の夏には自転車で大旅行したわけだけどな」
「あれはすごかったね...警察の人に怒れらたのって、ユーリはともかく僕は後にも先にもあれだけだったから」
「...お前、さりげなく性格悪いよな」
「ユーリに言われたくないけどね。...ね、今日はうちに来ないかい?父さんと母さんが、久々にユーリの顔みたいって」
「ああ、おじさんとおばさん帰ってきてるのか」
「うん...明日には、一度行ってくるって。間に合わなくって、ごめんって」
「仕方ないだろ外国にいたんだから。...でも悪い、今日は、一人がいい」
「...大丈夫かい?」
「ラピードもいるしな。別に、今さらだろ、ガキじゃあるまいし」
そこで、会話が途切れた。

夏の匂い。

どこかで打ち水をしているのだろうか、泣きたくなるような水の匂い。

どちらもなく、赤くそまりつつある夕焼けの空を見上げて。
しばらくして、西の空の赤い部分が大分に広がり始めたところで、優秀なる幼馴染...フレンが、ユーリを振り返った。
「やっぱりおいでよ。...ラピードも連れて、今日は泊まって、明日一緒にあいさつに行こう」
「...。」
フレンが視線を次に投げたのは、町はずれの丘の方角。
ユーリの大切な家族二人が眠る場所。
最期までどちらもユーリを案じて、そうして最期まで笑って逝ったのだから似た者夫婦であったと今なら言える。
ユーリが中学生の時に、夫人が亡くなり。そこからはハンクスが一人でユーリを育ててくれて。
ここ数年、病魔と闘っていたハンクスは、ほんの一週間前に、眠るように息を引き取った。
その時も、空はこんな風に赤い色をしていたなとユーリはぼんやりと思った。
思い出の自転車も赤。
しばらくは、夕焼けを見るたびに色々と思いだしてしまいそうだ。

両親を亡くした時は、泣かなかったらしい。
夫人が亡くなった時も、「笑っているユーリの顔を覚えて逝きたいわ」と言われたから泣かなかったし。
ハンクスの時も、最後まで病魔と闘って生き抜いた彼に、涙を送るわけにはいかなかったから泣かなかった。
だから。
「...見てないよ」
「...うっせ」
今こぼれているのは、きっとまだ暑いから、汗が頬を伝っているだけなのだ。
本当に律儀に、こちらを見ないようにしている幼馴染は、おそらく完全に赤が沈んでからも隣に立っているのだろう。
今はそれを、少しだけ感謝して。
ぼやける視界で、沈む赤を追いかけるようにして。
惜しむようにして、ただその景色を眺め続けていた。





ひさびさヴェスペリア。
バンプのR./I./Pと、魔法の/料理を聞いていて、書きたくなった話です。
ハンクスさんとユーリの関係が大好きです。
歌の中では三輪車ですが、自転車でも「どこまでだって行けた」っていうのに置き換えてみて。
でもそれって、大抵フレンが傍にいたんだろうなぁなんて思って、書いてみました。
自分の誕生日に、何を書いているんですかね私は(笑)
2010/7/19