「アレはもう病気の域よ」
若き天才魔導少女が、ため息とともに吐き出したのそのセリフに、この会合に集った面々は力強く頷いた。ちなみに会合場所はザーフィアス城第二会議室(あると思ってください)。幾らちょっとナイーブな中二病のふわふわ君を止めるべく走り回っている面々とはいえ、ザーフィアス城のお偉方が本来集まるべきその場所を貸しきるなど本来有り得ない。が。
「確かに、そうだと思いますっ!!」
鼻息を荒くして同意している桃色の髪の姫様(暫定・副帝)と。
「そうかもしれません...」
ちょっくら苦笑している、まさに絵本の王子様のごとき容姿の、騎士様(暫定・団長代理、推定・来期騎士団長)と。
「それは困ったことですね」
全く持って腹の底が読めない笑みを浮かべている、一見儚げな殿下(断定・次期皇帝)と。
「ほんとほんと、病気よねぇ」
一見ものっそうさんくさいと断言できるのに、実のところ部下のみならず他の部隊の兵たちの信頼も厚い隊長主席様。
ある意味でそうそうたる顔ぶれが、この無茶を、午後のお茶を入れるよりも簡単に可能にしていた。まずもって、如何してエステルはともかくヨーデル殿下までここに居るのかなぁ。と、比較的理性の働いている(しかし、問答無用でエステルに引っ張ってこられたため突っ込めなかった)カロル少年ただ一人が...否、その横で微妙な呆れ顔を見せているラピードもだが...、何故かこの会議室においてホワイトボードにでかでかと微妙な癖字で書かれたタイトルを見つめながらぼんやりと思っていたりもしたけれども、いかんせんこの場合絶対多数において少数派と言うものは排除される傾向にある。故に、最近では処世術というものを身につけつつあるカロルとしては、もとより出来るだけ自分に被害が及ばないように善処しながら、ぎりぎりのところのストッパーとなる所存であった。間違いなく、この桃色の姫様が先頭に立って何かする場合、暴走があとについてくるからだ。
こうして、少年は大人になっていくのである。
ちなみに、ある意味で芸術的とも言えるかもしれない達筆を何とか読解するとこうである。
『ユーリ・ローウェルの無茶を治そう』
そう、我らが兄貴、ユーリ・ローウェルについての会議なのであった。
下は箒星の看板娘たる幼女から、上は酸いも甘いもかぎわけたギルドの大長まで、ついでに言えば平民からそれこそ目の前に鎮座して微笑んでいらっしゃる次期皇帝陛下まで、余すところなく老若男女そのフェロモンで無自覚にとりこにしてやまないお色気人間ユーリ・ローウェル。つまるところそのフェロモンにぶち当たってしまった最たる人間たちが集まって、現在会議を開いているわけである。
おいおいお前ら星食みはどうした、いいのかほっといて。
誰かが突っ込みそうなものだが、空中に浮かぶ古代都市で一人寂しくお留守番なふわふわさん(仮名)は大層律儀なので、此方が決着を付けに行くまでは何だかんだ待ってくれるのでもーまんたいなのである。
「西に溺れてる子供が居ればためらいもなく川に突っ込み、東に重い荷物持ってるじーさんが居れば持ってあげるし...」
「ま、北に寝込んでるおっさんがいても蹴っ飛ばすでしょうけどね」
「リタッち、ひどっ?!」
「エステルのことをほっとけない病とか言っているけれど、それを上手く隠れ蓑にしているわよね、彼って」
「まぁそれはそれとして!!えー、現在あのバカ...もといユーリは、ギガントモンスターに襲われかけてたとあるギルドのメンバーを庇って吹っ飛ばされて、反省と療養の意味をこめてベッドに縛り付けてあるわ」
がやがやと、ユーリを話のネタにしてざわめき始めた一同が、進行役をつとめるリタの言葉に少しばかり静かになった。そう、現在ここまで堂々とした自分に対する話し合いが行われていて、かつ相棒たるラピードもそばに居ないのにユーリが現れないわけは、治療ついでに全員一致でベッドにぐるぐる巻きに縛り付けてきたからなのである。
一見するとバイオレンスラブとも取れなくもないが、いかんせん皆は純粋にユーリを心配しているだけである。...純粋さが時に暴走を引き起こす典型例とも取れないでもないが、そこらへんはもうすでに誰も気づいては居ない。(否、ニコニコと微笑んでいるクリティアの美女あたりは分かっていて止めていないのかもしれないが)

「...いいの、フレン。止めなくて」
割合やはり常識と言う名の理性を保っているカロルが、用意されている飲み物をちびりちびりとすすりながら小さくとなりに据わっている団長代理殿に呟けば、室内にも関らず春風が舞い踊るかのような錯覚すら覚えるさわやかな微笑とともに、フレンは答えてきた。
「まぁ、ユーリのことだから其れくらいしないと間違いなく無茶をするからね。何せ風邪引いてるのに近所の子のペットを真冬に探し回って肺炎こじらせた等々の経歴の持ち主だし。しかも、その時もちゃんと部屋に外から鍵をかけたにもかかわらず、窓から逃走したしね」
「...うん、なんだか縛り付けとかなくちゃいけない理由は分かった気がする」
こんぐらい大丈夫だっての、というユーリのセリフは彼の中では別段間違いでも嘘でもないのだが、どうにもユーリは下町育ちの欠点と言うか、色んな意味でおおらかなのだ。自分の限界に対しても。ほかの事に関しては驚くほど気が回るくせに、自分のこととなると意外とずぼらなのである。
うっかりというかしっかりと二枚先の板を踏み抜く勢いで、飄々と臨界点を越えて見せるからたちが悪い。
「ユーリが大人しく寝てるのなんて、ここの城の地下牢くらいじゃないかな、多分」
さしもの彼も、鉄格子相手にがんばろうという事はしないらしい。フレンの言葉に、しかし何故だかカロルはめまいがした。確かに、誰にも縛られない自由さはユーリのいいところではあるのだが、フリーダムにも程があるだろう、なんと言うか。
ラピードなどは、「もう慣れたぜ...」といわんばかりのハードボイルドな雰囲気の流し目を此方に寄せて、またフレンの横で丸くなってしまった。ラピードを残しておくと、うっかりとユーリの拘束を解かれてしまう可能性があるので、こうしてここに連れてこられているのだ。...まぁ、もう一人の主人であり、めったに一緒に居られないフレンのそばに居られるのが嬉しいのか、たまにぱたりと動く尻尾が可愛らしいことこの上ないが。
「もう、フレン、カロル!ちゃんと話し合いに参加してください!」
と。
いつの間にか書記を買って出ていたらしいエステルが、マジックペンを片手に、もう片方の空いている手を腰に当てて、めっ、といわんばかりに唇を突き出していた。いつの間にやら、ホワイトボードの半分ほどが丁寧な、箇条書きの文字で埋められつつあった。ちなみに、一部を読んでみよう...『愛の鞭大作戦-実力行使-』『ラピードとフレンを人質と犬質にとってみる』『エステル、カロル、リタのコンボでおねだり大作戦』『皇帝勅命』『ユーリが無茶をしないように、先に皆で無茶を片付ける』...努力のあとは見られるが、こっそりとカロルが、「それ、出来たらすごいよ...」と呟くほどには色々と突っ込みどころの嵐である。
とりあえず、自分とラピードを人質&犬質にする計画などを眺めて「結構意見が出ているね」と柔和に微笑んでいるフレンの底知れない何かを見たような気はした。

「とりあえず、今までの話し合いの経過として、ある程度ユーリには制限を付けないと、無茶をしてしまうのではないかと言う意見が有力です」
エステルが、赤文字で書かれた部分の文章に、さらに赤でアンダーラインを引く。フリーハンドとは思えないほどにまっすぐなのは、彼女の性格ゆえか。
「あら、首輪かしら。...ふふ、其れも燃えるわね...」
何故か、不穏な言葉とともに拳を鳴らすジュディスの横に座っていたレイヴンの顔が引きつる。微妙な本気が駄々漏れているような気がしないでもないクリティアの美女の危険な発言に、冷や汗を垂らしたレイヴンが必死の方向転換を図った。ずびし、と音を立てそうな勢いで右手を上げることによって。
「はいどうぞ、レイヴン」
エステルに許可をもらって、こういうのはどうよ、と珍しくまじめな顔で話し始めるレイヴン。
「つまりさぁ、青年が無茶をするのを止めるストッパーが必要って話でしょう?」
「そうですね」
「ここはやっぱり、幼馴染のフレン君にそれを勤めてもらうってのは...「ムリですよ、シュヴァーン隊長」
珍しく建設的な意見を述べかけたレイヴンの言葉をさえぎったのは、他でもないフレンであった。
全員の視線を集めながら特に動じた様子もない若き騎士団長代理は、輝かんばかりの笑顔でもって答える。
「其れができるのならば、最初からやっています」
ああ、成る程。
全員の思考がシンクロした瞬間であった。
「あえて言うのであれば、三日くらい甘いものをユーリから遠ざけておくと、微妙にパワーダウンしますが。...やりすぎると禁断症状で暴走しかねませんし」
「...なにその珍獣」
リタが半眼になって呻いた。まるで肉断ちしたライオンの風情があるのは何故だ。
「比較的効果があるのは、下町の子供達に協力してもらって足止めをすることですが、まぁせいぜい二日が限度です」
「...まぁ、一時間が限度なうちらに比べればマシだわね」
レイヴンが、自分で言っていて情けないなぁと頬を掻く。ちなみに、パーティメンツの中で比較的足止め率が高いのリタとカロルのお子様組みであるが、レイヴンがストッパーになると五分と持たない。
「皇帝勅命は...恐れながら、本気で逃走される恐れがあります」
「それは残念ですね」
微妙に読めない笑顔で、しかし本気で残念そうな口調のヨーデルに、カロルの顔が若干引きつった。...賛成されたら本気でやるつもりで居たのだろうか、ある意味聞いてはいけないような気がしてくる。
「ちなみに力づくという手段ですが...ある意味で、一番可能性のある手段だと思われます」
「まぁ、意外だわ」
フレンに振られて、自分で提案をしておきながら、ジュディスがフレンの言葉に目を丸くして見せた。(もっとも、彼女の場合ただのポーズである可能性が高いが)
フレンは、ただし、とまるで明日は晴れるけれども夕立があるでしょうと予報しているかのようなのんどりした様子で、ついでに特に表情も変えることなく続ける。
「ただし、ハイリスクハイリターンですけどね。エステリーゼ様に後方待機していただければ、まぁ大丈夫でしょう」
「...お、おっさんも後方待機でオネガイシマス」
レイヴンがとりあえず手を上げた。いかんせん、盾装備のエステルよりも豆腐である彼ゆえ、アビシオン装備のユーリなんぞ相手にした日には、自分相手に愛を叫び続けても足りない。間違いなく足りない。
というか、何がどう大丈夫なのかできれば細かく説明をいただきたい所存である。ライフボトルで回復可能かそうではないかの瀬戸際のラインをさすのであれば、ねぇそれ本当に大丈夫なの?!とそこでのほほんと微笑んでいる金髪の騎士様の肩をつかんでがっくんがっくん揺さぶりたくなってくる。
ちなみに、下町の皆さんはとうに耐性がついているので今更二人が仲良く喧嘩(とかそんなレベルじゃないよという突っ込みは不在のようです)しているのを、あらあら二人とも今日もげんきねぇそうだなぁところでばぁさん今日の夕飯はなんだ?とかそんな日常レベルの出来事くらいにしか捕らえていない。今日もザーフィアスはそれなりに平和である。

何だかんだと、白熱している話し合いに一人と一匹、取り残されたカロルとラピードは。
「...実力行使した時点で結局無茶だと思うんだけどな、僕」
「わふ」
同意するようにカロルの膝に顎をのせたラピードの耳の後ろをなでてやりながら、ずずっとカロルは用意されている紅茶をすする。
「あとでユーリにこのスコーン、もっていってあげようね、ラピード」
「わう」
もふ、と最高級のバターで焼かれたスコーンを頬張って、今頃甘いものフラストレーションを存分に溜め込んでいるだろうユーリのバロメータを下げるために、こっそりと鞄の中にスコーンを忍ばせるのであった。



青年大好き委員会





私はカロル君がすきなんだと思われます。さて、パティが加入したとて彼女を出すかはまだ未定。
2009/8/16up