「さて次の議題です」
唐突なエステルの宣言に、とりあえずカロルが鞄の整理をしていた手を止めた。
ジュディスが珍しく少しばかり目を見張った。
レイヴンが何かを察して逃げかけて、本能的に伸ばされたらしいカロルの手によって阻まれた。
リタが、興味ないように視線を本に落としていると見せかけてちらちとエステルのほうに視線を走らせた。ちなみに、ラピードはちらりと視線を送った後にぱたりと尻尾を伏せたのみだが。
ちなみに、エステルは現在メガネをかけて(雰囲気の問題だろう。別段、彼女の視力は悪くない)、指示棒を手に持ち、いつの間に持ち込んだのだろう小型のホワイトボードを壁にかけて丁寧な文字で大きく、
『ユーリだけウエイターをやらないのは何故か?(同意見多数)』
と書かれている。とりあえず、毎度の事ながら半眼のカロルは、冷静に、
「同意見って誰が、というか多数って」
至極全うな突込みを入れた。
「ええと、やっぱりダンクレストの皆さんからの意見が多いです。ちなみに次点はヘリオードの皆さんからのお色気作戦にユーリ・ローウェルが居ないのは許せない(同意見多数)です」
しかし、恐らくはアンケートの結果が載っているのだろうファイルをめくるエステルの声は至極真剣であり、とりあえずカロルはぼふりとベッドの上に顔を鎮めた。一応止める努力はしたよね僕、うん、ナンも赦してくれるよねこれは。
とりあえず、組織票なんだ...という呟きだけは心の中にはしまいきれずに外に漏れてしまった。が、幸い聞こえていなかったのかエステルは鼻息も荒く進行を務めてゆく。
「まぁでも、確かに如何して青年だけあんなにかたくなにやりたがらないのか、不思議なところではあるわね」
レイヴンが、頷きながら意見を返せば、きらりとエステルの瞳が光った。そうなんです!と人差し指をびしりと天にむけて立てて(決して、人を指差しているわけではない)激しく同意。
「絶対絶対、ユーリだったらウエイターの衣装もとっても似合うと思うんです。なのに、どうしてもどうしてもやってくれないし...」
「確かに、ユーリだったらとてもよく着こなすでしょうね、スタイルも細身で文句ないし」
「ですよね、ジュディス!」
感極まったエステルが、ジュディスの手をがっしりと握ってぶんぶんと振り回す。あら、激しい子、なんて余裕たっぷりの笑みを浮かべるジュディスはまぁおいておいて、そろそろ本気で誰かが止めないとエステルの暴走には拍車がかかるばかりであろう。
が、カロル(と書いてパーティの良心と読む)にとって特に幸いなことに、エステルは大変重要かつ肝要なことをすっぽぬかしていた。
「...いや、そんなん俺の目の前で言われても」
半眼で、ラピードのブラッシングの手を止めたユーリの呻きが、大部屋で取られたそこそこのスペースのある宿の一室に、妙に寒々しく響き渡る。
あえて誰の突っ込みも入らなかったが、つまり今回、特に別場所に隔離されているわけでも縛り付けられているわけでもなんでもないユーリは当然の如く、愛犬であり相棒でもあるラピードの毛並みの手入れについて心血を注いでいたわけで。
特に、普段仲間内の盛り上がりにがっつりと突っ込むことはしない大人な彼であるが、流石にここまで堂々と自分を議題に上げられてしまってはスルーもしづらかったらしい。
見た目は美女、中身はこれ以上ない男前であるユーリは、苦笑しながらもしかしすっぱりと。
「嫌なモンはいやだ」
話が広がる前に話題自体を自ら切り捨てて見せた。
嗚呼。本当になんて無駄に男らしい...黙っていれば美女なのに。(注・青年はまごうことなき男の子である)
とりあえず、こっそりとレイヴンが目元の青春の汗をぬぐい、カロルが目を輝かせた。『僕も将来ユーリみたいに格好良くなる!』『がきんちょ、現実見なさいあいつはただの我侭をこれ以上なくすっぱりとぶっ通してるだけよ、騙されんな』とりあえず、リタの突込み(+本)が後者に直撃したが。
あまりにもばっさりと切られて、暴走スイッチが入りかけたエステルがしゅんとしょげるのが見えた。なんだかんだと、暴走姫様を高確率でストップできるのは紛れもないパーティ保護者(レイヴンではない、もちろんんこと)のユーリなわけで。
ふみゅう、としょげて指示棒の先を床に落としたエステルの様子に、ツンツンデレデレ(後半は姫様使用、前半はおっさんとがきんちょ仕様)代表の魔道っ子少女リタが若干困ったように視線をうろつかせている。げに麗しき友情の一幕。
「あら、でもいつもダンクレストで私達が汗を流して宿代を稼いでいるときに、貴方一人がやりたくないだなんて、せめて理由くらい教えてもらえないと納得できないわ」
頬に手を添えて、小首を傾げる様はとても妖艶な様子のジュディスの、一見至極全うそうな意見にそれもそうね。とリタが乗っかった。そうですそうです、とエステルもここぞとばかりに同調。
それもそうよねぇ、おっさんいっつも混んでるときばっかり担当なのよ、歳なのに。とはレイヴンの言である。
(ユーリはその代わりいっつも二百人斬りに特攻してがっつりと賞金せしめてる気がするんだけどなぁ)
こっそりと呟くのはいつも通りのカロルである。いつも通り理性を保っている身ではあるが、結局理由が知りたいというそこに尽きている全員の好奇心に対抗する術はない。
ついでに言えば、ジュディスにも認められるほどのポーカーフェイスで、ディーラー泣かせにカジノでチップを稼ぎまくるのもユーリである。今すぐにでもナム孤島に直行して全てのチップをアイテムに交換すれば紛れもなくナム孤島はつぶれる。其れくらいに膨れ上がった七割方の稼ぎはユーリによるものである。(四割ジュディス、マイナス二割がおっさんでそのほかが皆である)
が、それを突っ込んだところでもはや止まるまい。何せ、全員結局『そんなこと』はどうでもいいのだから。ある意味で偏愛というかまさに偏った愛情故に、暴走スイッチは結局のところオンしか存在しない。
「...別に、理由なんてどうでもいいだろうが」
「あら、駄目よ。納得させて頂戴な」
ぐい、と迫力のあるバストをことさら強調しながらユーリに迫るジュディスの表情に何かを感じたのか、ユーリはじりじりと後ずさるがすぐに壁。
げ、と彼らしからずいつになく余裕がないようにも見える表情は、ことさら彼の美貌を強調した。
なんだか、危ないことをしている気分にすらなってくるから不思議だ。(深層のお嬢様をよってたかって苛めているのならともかく、彼は最早タイマンにおいて地上に敵なしではないかと思われる地上最強の黒獅子であるが。乱戦においてはミラクルバンクル、一対一においては守護方陣で回復万全の上に攻撃力が五桁に突入した武器片手に防御の上からHPを削ってくださる)
とりあえず、約一名鼻の下を伸ばしかけたレイヴンにジュディスが笑顔で裏拳を放つ。がすり、といい音がした。

と。
「それはですね」
唐突だった。
ついでに言えば、気配はなかった。
誰もがとりあえず、硬直した。これでも、少人数ながら一個小隊にも個々が匹敵すると自負も他負も出来るだろう実力者ぞろいであるのに。
にこにこと無害そうに見える笑みを浮かべて立っている騎士団長代理の声は、妙に寒々しく宿の一部屋に響き渡る。
「おま、なんでこんなところにいんだよフレンお前今確かオルニオンに...」(注:現在はダンクレスト滞在中)
ユーリの至極全うな疑問に、リタが沈痛そうな面持ちで首を横に振り、ユーリの肩を叩いて見せる。
「アンタ忘れたわけ?...二百人切りやるといつでも何処でもどんなときでも参戦してくるこいつに今更何かを尋ねても無駄に決まってるでしょう」
...。
とりあえず、全員が納得した。(...どことなく、あの某V系の香りが漂うのは気のせいだろうか、気のせいだと思いたい)
「で、何が『それは』なのさフレン君」
一番最初に我に返ったレイヴンが、とりあえずこの場に何故フレンが居るのかとかそういう突っ込みをスルーして問いかければ、若き騎士団長代理殿は、すがすがしいまでの王子スマイルを披露しながら答えてくる。
「ユーリが飲食店系列で絶対に手伝いたがらないわけですよ」
「さすがフレンです!」
「やるじゃないの」
「ふ、ふん、聴いてやってもいいわよ」
「僕も知りたいな!」
「あら、お友達は素敵な情報通ね」
フレンが一言を発した途端に、お前一体どうやって入ってきやがったという空気は一転、いきなり歓迎ムードに囲まれて、ユーリがげ、とうめき声を発する。

紛れもなくこの幼馴染というか腐れ縁はユーリがこういったアルバイトを嫌がる理由を知っている。知っていることをユーリは知っている。何せ、物心ついてこちらずっと一緒に育ってきているのだから。
先に手を打たねば、このKYな腐れ縁は暴露するに決まっている。間違いない。
「言っておくが、ばらすんじゃねぇぞフレン」
「如何して?」
「どうしてもこうしてもねぇ。言っておくが、ばらしたら口きかねぇぞ、向こう三ヶ月」
「...う...」
フレンがユーリの過去を知るというのならばもちろんユーリも同様なわけで。
必殺といわんばかりに切り札を出せば流石にフレンも口ごもる。

(...ちょ、待ってナニソレ絶交とかがきんちょよりも酷いわよ?!)
(...しかも期間限定です)
(でも騎士様、すごく困ってるわよ)
(会話だけ聞いてると、彼氏と彼女だよね)
(二人とも天然でやってるから恐ろしいのよね)
ちなみに仲間メンバーの会話は彼らには届いていない。ある意味二人の世界ではある。
気持ち的にははいはいごちそーさまな展開であるが、二人にしてみれば普段どおりなのである意味天然とは恐ろしい存在であろう。
「お前らも。別にあそこの手伝いは強制じゃねーだろーが。性に合わないんだ、それだけ」
呆れたように腕を組んで、もうこれ以上は突っ込ませないとばかりに言われてしまえばもう誰も文句を言うことも出来ない。
ごろり、とベッドに横になったユーリはいよいよそれ以上話す気はないらしく、皆に背を向けて寝るモードに入ってしまう。こうなってしまってはこれ以上突っ込んでも仕方がない。皆、諦めて息をつく。

「...まぁ、今日のところは、ね」

妖艶と呟いたジュディスの声は、果たしてユーリに届いたのかどうか。



青年大好き委員会 2nd






フレユリに見せかけてもちろんユーリは総受けで。というか愛されユーリ。
ユーリに絶交といわせたかったので後半の展開を書き換えました。本当はギャグで突っ走ってたんですけど。
でもそのオチだとフレン君血の海でした。うーむ、命拾い?
2009/8/19up