「...よっ、フレン君。どう?ワイン、結構美味いよ」
「...レイヴン、さん」
今日は、街を、ひいては国を挙げてのお祭りだった。
騎士としての巡回の役目はあるものの、騎士たちすらもどこか普段よりも砕けた雰囲気であるのは、この国の民の心に染み付いた行事であるからだあろうか。
粛々としたミサを終えれば、老いも若きも男も女もなく、みなで祝う祭りの日。
あちこちにちりばめられれたきらきらとした飾りは毎日頑張って子供達が工夫したものであるし、そここにあるろうそくの炎はどこまでも柔らかで優しい。
そして、ちらちらと積もる白い雪までもが、一緒に祝ってくれているようにすら、思える。
フレンは、丁度腕に酒や食料を抱えて塔に行く途中であった。
今日は、ラピードがユーリから離れようとしないから、フレンは一人。
それでもできるだけ急ごうと...今日だけは、仕事を休んで欲しいと気を使ってくれたヨーデルやソディアの気持ちがありがたかったし、何よりも一分一秒でも長くユーリと一緒にいたかった。
そんなところで、呼び止めてきたレイヴンに、フレンは目をぱちくりとさせた。
凛々の明星の面々や、リタ、エステル、パティたちには、もう会わないとユーリ自身が告げていた。
だからこそ、彼らは...流石にエステリーゼがここから離れることは出来ないけれども...ユーリにそういわれてからと言うもの、この間のジュディス以外、一切姿を見せていなかったはずだ。
それなのに。
そこには、レイヴンだけでなく、カロルやリタにパティ、エステルとジュディスも揃っていた。
みな、それぞれに飲み物や食べ物を持って、楽しげに町の明かりを見回している。
「フレン。長くは引き止めませんよ、でもこれだけ、これだけを持って行って欲しいんです。私達からの、ユーリへのクリスマスプレゼント」
一瞬、揺れたフレンの瞳に苦笑したエステルが、フレンの髪に積もり始めた雪を優しく払ってから、フレンの手に真白のマフラーを置いた。
ユーリの髪には良く映えるだろう...柔らかくて、とても暖かな。
「皆で、一番いい毛糸探したんだ!時間かかっちゃったけど。編んだのは僕!」
また少し背が伸びただろうか...少し顔立ちもおとなっぽくなったカロルが、鼻の頭を赤くして言うものだから、リタが横でバカっぽい、と鼻を鳴らした。
ふふ、とジュディスが笑って、その白のマフラーの上に、紫と青、一つずつのアミュレットを乗せる。
「もうひとつ。これは、貴方とユーリへの私達からのもう一つのプレゼントよ」
「いいクリスマスを、なのじゃ!」
ユーリは、きっと別れる覚悟が揺らぐから、皆と会うことをやめた。
皆も、其れがわかっているから、会うことをやめた。
それでも。
それでも、離れていてもずっと、思っていてくれたのだ。と。
少し、心があったかくなって、フレンは鼻をすん、とすすった。
「ユーリに、宜しくね!ラピードにも!!」
一度頭を下げて、そして歩き出したフレンの背中に、カロルの声が降ってくる。
振り返ると、足を止めそうになるので、体の向きはそのまま。
手を小さく上げることで、精一杯の返事を、返した。
「おう」
「わふ」
最後の日。
もう、明日は彼はここにはいない。
それなのに、ユーリは矢張りいつもとは何一つ変わらずに迎えてくれた。
彼も、ミサの時間は祈っていたのだろうか。一つだけいつもと違うのは、小さな十字架の置かれたカップボード。
フレンの視線に気がついたのだろう、ユーリはロザリオのようになっている其れを目の高さまで持ち上げて見せると、はは、と笑ってみせる。
「お前の副官のねーちゃんが。朝方、もって来てくれた。...ま、大分角も取れてきたし、きっといい騎士になるだろ」
「ソディアが...そっか、あとでお礼を言わないとね」
「言っといてくれな」
「うん」
ユーリの軟禁が決まってから、フレンがここに毎日こられるように取り計らってくれたのは勿論皇帝のヨーデルと副帝のエステリーゼの力もあるが、補佐のソディアやウィチルの力によるものも大きい。
彼女らも、負担はあるだろうに、フレンにくる仕事を最低限に抑えて走り回ってくれているのだ。
そして、今朝もここによってくれたのだという。...倒れないといいな、とフレンが言うと。そうだな、とユーリも頷く。
「そうだ。ケーキも、チキンも、いっぱい貰ってきたから。ラピードも一緒に食べようか」
「おー、豪勢だな」
「わふわふっ!!」
この塔にユーリが来てから、変わらなかった会話。
二人と一匹で食卓を囲んで、わいわいと食べて、話して。
...今日が、最後の。
二人とも、どちらといわずきちんと手を組み、目を閉じて食前の祈りを捧げる。
普段はこんなこと、ユーリは絶対しない。(フレンはともかく)
それでも、クリスマスだけは、いつの記憶でも同じ。
きちんと手を合わせて、日々の恵みに感謝する。
少しだけずるをして、早めに目を開けてユーリを盗み見ると、白い肌に長い睫が影を落としてどこか聖母のようだとぼんやり思った。
きっと、本人にそんなことを言ったところで殴られるだけに違いない。何せ、聖「母」なのだ。
(言わない、けどね)
「そうだ、ユーリ。凛々の明星の皆さんから。クリスマスプレゼントだって」
祈りを終えて、食べ始めたころに、フレンは先ほどエステルたちから渡されたプレゼントをユーリに渡した。
使われることはないだろうマフラーに、一体彼らは何を込めたのだろうか。
ユーリは、丁寧に丁寧に編まれた其れを、一度だけ目を伏せるようにしてから受け取って、うん。とだけ呟いた。
二人に、と渡されたアミュレットの、青いほうをユーリが取ったから、フレンは紫を貰った。
「僕からはないんだけどね」
「別に、毎年そんなもんねぇだろ。...おら、ラピード。チキン食うか」
フライドチキンは、衣の部分はラピードの身体に悪いので、衣をはがしてから与えてやるマメさは彼らしい。
どこまでも、最後までユーリなのだと。
彼は、どこまでも彼なのだと。
味の種類によってはもう分からないと苦笑を漏らしていたにもかかわらず、全部の料理をおいしそうに平らげてみせるようなその強さが、きっとフレンにはなくて。
きっとずっともてないまま、何度も彼を思い出すのだろうと思う。
「メリークリスマス、ユーリ」
「...メリークリスマス、フレン」
二人であわせたグラスの音は、きぃんと澄んだ空気の中で高く高く響いて消えた。
そして。
ユーリは、世界から、居なくなった。(ほどけて、消えた)
葬儀はしないで欲しいとユーリが望んだから。下町の人たちにはユーリは遠くに旅に行ったと伝えた。
いつ帰ってくるか分からないから、元気でやっていてくれと言っていたと。
大抵の人たちは、ユーリもおちつかないねぇと笑っていたけれども。
何人か...彼の親代わりだったハンクスをはじめとする何人かは、フレンの傍にラピードがいることと、そしてクリスマスにユーリが現れなかった二つで少し顔を曇らせていた。
誰も、何も、言わなかったけれども。
宿の小母さんに、ユーリの部屋をもう片付けてもよいと伝言を受けたと伝えたけれども、彼女は首を横に振って笑っていた。
『世界中何処を回っていたって帰る場所は欲しいもんだろ。いいんだよ、ずぅっとここはあの子の家だったんだから』
クリスマスの賑わいが覚めやらないのに、どこか下町だけ喪に服したように静かに見えるのはフレンの気のせいなんかじゃないだろう。
皆、きっと気づいている。それに、何より何度も顔を洗ったけれども隠せなかったフレンの目が赤いことにだって、気づいている。
でも、下町の人たちもやっぱりユーリとおんなじで、とても強いから。
きっとちゃんと明日には笑っているのだ。...ちゃんと、乗り越えて。
「きみはやっぱり本当に強いんだね、ユーリ」
だから、彼を慕う誰もが、前を見ていられる。
フレンは、ぐいとラピードに裾を引っ張られて苦笑した。
自分もいつまでも、後ろばかりを見てはいけない。
前を見るために、彼は暗闇を選んでくれた。
だったら、彼の思いに、答えなくてはいつかまた会えた日に、殴られるくらいではすまないのだろうから。
きっと、この先ずっと、クリスマスのたびに彼を思い出すのだろう。
一緒に笑って、食べて、喧嘩して、旅をして。
一つ一つの記憶は薄れても、フレンが生きている限り、ユーリの信念を忘れることは絶対にない。
前を見て生きるという、当たり前でとても難しいことを、彼は残して行ってくれた。
ユーリの、光に透けたときの瞳の色をした宝石のついたアミュレットを見るたびに、何度でも思い出せる。
...形に残らないクリスマスプレゼントだけれど、何よりも彼らしい、プレゼント。
城に向かって歩き始めたフレンに、少し遅れて着いて行こうとしたラピードは、少しだけ耳をピクリと動かして空を見上げた。
『フレンが無茶しないように、みはってやんねーとな、ラピード』
「わんっ!」
一凪ぎした風に、一声、吼えて。
ラピードは今度こそ、フレンに追いつくべくスピードを上げて走り始めた。
何、かきたかったんでしょ?(さぁ)
私、戦場のメリークリスマスがすっごい好きで、好きで。
いやー...タケ○さんはすごい...役者ですよ。もう。
攻略本か何かで、ユーリが闇にいて、皆が光のほうに進んでいける...みたいな(うろ覚え)ことを書いてあったような気がして、ついでにクリスマスってことで、暗い話が(待て、待ちやがれ)書きたくなったので描きました。
あえて設定は穴だらけ。とにかく、死ネタだけど皆が前むいていけるような感じに、したかったんですが何か違ったような...
フレンがただぐたぐたしてるだけの話になりました。とんだユーリ依存症ですな。
ま、たまにはフレユリにしたかったってことで一つ(をい)
2009/12/20