*ユーリ女体化注意
砂糖菓子に転がる恋の花
「おえっぷ...」
レイヴンは、口元を思わず押さえた。...でなければ、胃袋の中に必死に押し込んだものが今にも戻ってきそうだったからである。
いや、戻すことにそれほど否やがあるほど若くはないので、そのほうが楽ならばいっそそうしてしまえと思わないでもないのだが、こと、その収めたものに付加価値が着いてしまえば最早戻すなんて行為は有り得ない。(お食事中の方がいらしたらすみません)
しかし、何の試練か罰なのか、未だそこそこ広いはずのダンクレストの酒場には甘い匂いが立ち込めており、ごんごんと目の前のテーブルにはケーキやらクレープやらパフェやらが並べられている...。
「あ、姐さん...おっさん、ちょ、ギブ...」
「あぁ?もうギブアップかよおっさん、なさけねぇな」
それまで機嫌よく作品を運んできていた黒髪の長身美女(中身は限りなく男前)は、ついに白旗を揚げたレイヴンに非情にも不機嫌そうな声を向けてくる。(其れはないだろう、だって、これでもすでにワッフル、餡蜜、シャーベット、プリンを片付けているのに)
さすがにこれ以上詰め込むと間違いなくお食事中には見せられない光景をさらすだろうと自己分析した後のギブアップだったのだが、流麗な眉をひそめたその顔は大変不満そうである。
ダンクレストの酒場、天を射る重星で、新しいレシピを考案してくれと依頼されて、庶民派シェフの称号を持つユーリが快くそれを引き受け、そしてアシスタントもとい味見係としてレイヴンが抜擢されて今に至っているわけなのだが...ぶっちゃけ、レイヴンは一品目で逃げようかと思案した。
そう、他ならぬユーリに頼まれて年甲斐もなく浮かれていて聞いていなかったのだが、今回のレシピ考案の依頼は...甘味。昼に喫茶としても少し営業範囲を広げようとしているために、女性客にも受けるレシピ考案の依頼だったのだ。
道理でユーリがやたら乗り気だったのだと今更ながらに思うが本当にいまさらである...だが、人間無自覚ゴキブリ○いほいの如く人をひきつけてやまない魅力を持つユーリにがっつり捕まった一人であるレイヴンとしては、せっかくユーリの懐にひーこら潜り込んだところであるのにその場所を他の人間に明け渡すなど言語道断であり、故にもし最初から甘味だと解っていてもこうしていただろうと自分でもため息のつけるような思考に少しばかり憐憫の情すら沸いてくる。
例え苦手な甘味であろうとも、ユーリの作ってくれたものならば口にせずにはいられないと思ってしまうあたり、いい加減ユーリ馬鹿である自覚はある。
「でもま、おっさんにしては頑張ったほうか...しゃーねーな。ここらで仕舞いにすっか」
本気で顔色が悪くなりかけているレイヴンに気づいたのだろう、盆に載せていた作品をテーブルに置いて、ユーリは椅子に腰掛けるととんとんと肩を叩く。
調理のときに邪魔にならないようにとくくっていた黒髪を解くと、全く癖もつかないそのまっすぐな髪はさらりと流れていつもの位置に収まった。
たったそれだけの仕草に目を奪われてしまったレイヴンは、それ以上目が離せなくならないうちに何とかユーリからさりげなく視線をはずすと、ごまかすようにため息をつく。...本当、無自覚だからこの人はたちが悪い。
(コレだから、どんどん虫が寄ってくるのよねぇ...)
星食みを打ち倒す旅路から後、幸運を持って未だユーリの傍にあることを赦されている自分としては、こんな無防備なところは自分にだけ見せてくれればいいのだと思わずにはいられない。
「ラピードも匂いで逃げちまったし、首領とジュディは別仕事。...ま、腹下されても困るしな」
「...姐さん...おっさん、ちょっとショックよー...」
あまりの言われようにがっくりとテーブルに突っ伏せば、冗談だって。と苦笑交じりの声が聞こえてきて、ぽん、と手が頭に置かれた。...子供をあやすときにするような触り方の其れは、下町で年下の面倒を見てきたゆえの無意識の行動なのだろう。
子ども扱いされていると解るのだが、何だかそれが心地よくて、暫くテーブルに顔を伏せていればその間、ただユーリの手のひらのぬくもりと重みが伝わってくる。
(あー...癒されるかも...)
「おい、ちょっと大丈夫かおっさん?腹の薬もらってくるか?」
あまりに動かないレイヴンに、本当に具合が悪いのかと思ったのか、少し焦った様子のユーリの声すら愛しく思ってしまう自分はそろそろ末期だなと思わないでもない。
ようやっと顔を上げて、ん、大丈夫よー。と返せば少しほっとしたように緩んだ顔が幼く見えて新しい彼女の一面を発見したような気持ちになれる。
「青年が背中なでてくれたら治るかもー」
ふざけ半分でいうと、思い切り半眼の表情で「アホか」なんて返してくる彼女はやっぱり男らしいのだけれども。
反面、懐に一度入れた人間に対して砂糖菓子の如く甘い(うまく隠してはいるけれども)ので、なんだかんだごねて見せれば最後にはため息をつきながらやってくれる。
自分の背中をさすってくれる自分よりも細くて、けれども何かを守る為に剣をとる、そこらの女よりはよほどしっかりとした手。
「...やっぱ水もらってくるか?」
「大丈夫よー。...ユーリがなでててくれれば、俺様回復しちゃう」
「子供みたいだな、おっさん」
笑うその顔が一番すきなのだと、伝えられない自分はよほど初めての恋をした少年のような気がした。
...アレ?なんで乙女回路おっさん?
おっさんとユーリは、微妙にくっついてないのにラブラブだといいなぁと思います。
無自覚ユーリと、純情おっさん。
2009/4/6up