*ユーリ女体化注意



恋は盲目



「やぁ、久しいね。ラピードも、元気だったかい?」
「あ、フレンだ。うん、僕は元気だよ。ラピードも「わふっ」...元気だって」
凛々の明星が出資やら資材集めやらをボランティア的に担い、今ではただの集落レベルから一角の自立した街レベルまでその規模を拡大したオルニオンにおいて、身の丈には少しまだ大きい鞄と斧を抱えた少年と隻眼の犬の姿を認めて、フレンは相好を崩した。
かがんで、ラピードの首をなでてやれば気持ちよさそうに目を細めて好きなようにさせてくれる...最近、大分激務で気持ちとしても体としても疲れていたところだったので、気の置けない存在がいるということはかなりありがたいことだった。
「大丈夫?なんか、顔色悪いよ?」
心配そうに此方を覗き込んでくる少年に、先ほども自分の副官に渋い顔をして言われたせりふをそっくりそのまま言われてしまってさすがに苦笑が隠せない。疲労を表に出すようでは、まだまだ騎士団長の器には程遠い、と反省しきりである。
「いや、最近少し忙しくてね。アスピオの魔導師たちが魔導具に変わるものを探してくれてはいるけれど、やっぱり魔物の影響はとても頭の痛い問題になってしまっているから...」
特に、このオルニオンはギルドと帝国が手を組んで作り上げたもので、象徴ですらある。元々魔物の活動が活発なところではあったから、たびたび駐在の騎士だけでは手に負えない状況に陥るため定期的にフレンも足を運ぶ都市のひとつであった。
心根の優しい少年なのだろう、素直にこぼしてしまったフレンの言葉に眉根を寄せて、さらに心配そうな顔になってゆくのに苦笑する。...自分が選んだ道なのだから、これくらいむしろ乗り越えなければ行けないこととしてフレンの中で処理をされているので、嫌とかそんな思いは少しも無いのだが(大変だ、とか町の人間のことを思うと不安を早く取り除いてやりたいとは思うけれども)、純粋な心配は少しこそばゆさすらもたらしてくれる。
「丁度今少し仕事が落ち着いたところなんだ。良ければお茶でもしていくかい?」
立ち上がり、そう提案すると、即座に足元のラピードから返事が帰って来た。
「わふっ!」
「はは、ラピード用にジャーキーがあるから安心してくれ」
「...フレンも、何かラピードの言葉わかってない?」
半眼の少年を微笑みで交わし、フレンは騎士団の仮本部としてつかっている建物へと足を向けたのであった。


「ユーリはね、ジュディスとちょっと...うんまぁ、趣味と実益を兼ねて、別大陸でビックボスと戦ってるから...ここで待ち合わせしてるんだ」
「...なんとも、ジュディスさんも勇ましい女性だね」
入れてもらったミルクティーをふぅふぅ冷ましながら一口のんでいると、当然のようにフレンはラピードの前にもぬるめのミルクを置いてさらにはジャーキーも置く。ユーリみたいに自然な動作なので、ああやっぱりフレンもラピードの飼い主なんだなぁとカロルはぼんやりと思った。
考えてみれば旅の中で、カロルはそれほど多くフレンと話したことがあったわけではない。けれども、何だか気安い感じがするのは『あの』ユーリがラピードと並んで一番に信頼しているということ、そしてやはりラピードもフレンには全く警戒心を見せないこと、そして優しげな顔立ちと穏やかな物腰のせいだろう。
いくらアレクセイとシュヴァーン(キュモールは論外)が抜けたとはいえ、其れしか隊長格がいなかったわけではない騎士団において、それでも若くして団長候補にまで抜擢されるというのは彼が見た目だけの穏やかな青年ではないということを示唆しているが、それも含めて信用に足る、とカロルは彼なりに判断を下していた。

「こないだは闘技場で二百人抜きしてたし」
「はは、僕も負けてしまったよ。また腕を上げたねユーリは」
「かと思えば料理勝負で優勝しちゃうし」
「これも負けちゃったね。...結構美味くできたと思ったんだけど」
「...ごめん僕余り思い出したくないんだ自分で話題振っておいて悪いんだけど」
「?うん?」
「ええと...僕も結構裁縫とか細工得意なんだけどね、服のほつれたところとか、すぐつくろってくれるんだよね」
「ああ、下町ではどうしても出来るようになるからね」
「でも僕が両手で抱える斧をえんせんがーとかいってぐるぐる振る回してるし」
「アグレッシブだから」
「喧嘩見ると至極うれしそうに飛び込んでいくし」
「ユーリだからねぇ」
「でも甘いもの大好きだし」
「チョコレートと飴は常備してるよね」
「あんだけパフェだのなんだのレイヴンに作らせて「もう勘弁しておっさん匂いだけで吐きそう〜」とか泣かせてるくせに、全然太らないよね」
「まぁその分発散してるからね。本気になったらケーキのホール三個は余裕で行くよ、食後に」
「食後に?!...うわ僕もちょっと気持ち悪いよそれ...」
「ユーリだからね」
「...。」

なんとなく、話題をふってから途中でカロルは首を傾げ始めていたのだけれども全く気づいた様子もなくフレンはにこやかにカロルの話に相槌を打っている。
途中途中、突っ込みどころの多すぎる相槌に突っ込むか突っ込まないかで悩んでいたのだけれども、なんとなく泥沼になりそうなので止めておく。
どうにもユーリと言う人物は知れば知るほど女らしいのかいっそ男らしいのかわからない人物であって(いや、見た目は最上級に美人なのだが)、フレンに話を振れば少しは解明されるかと少し期待しての話題だったのだが、いっそ謎が深まったと言っていい。というか、この男色々突っ込みどころの多すぎるユーリの諸行を、全て『ユーリだから』で済ませてやいないだろうか。
段々半眼になってきたカロルに気づかずに、至極楽しそうにフレンは言葉を続ける。
「強そうに見えて酒は弱いんだよね。下町の酒場で酔っ払いと呑み対決してべろんべろんになってそこらじゅうの人間にキスを始めようとして、あまつさえ周囲も悪乗りしてたから、手始めに男共は死なない程度に痛めつけておい「わーわーわーわーわー!!!!」
カロルは思わず大声を上げてフレンの言葉をさえぎった。今何か聞いてはいけない言葉を聞いた。騎士にあるまじき言葉だったような気がするのにどうして先ほどから笑みに一瞬の曇りもないのか。大人って汚い...とか心の中でげっそりと呟くも、心の中だけの呟きなのでフレンには勿論伝わっていない。小首を傾げられただけだ。
ラピードだけはカロルの気持ちを理解してくれたのか、わふ、と長い尻尾をカロルの膝に乗せてくれた。...その優しさが何だか妙に痛い...。
「...なんか僕、妙に帰りたくなってきた...」
どこに、とは聞かないでほしい。...ダンクレストあたりに逃げても、ユーリがいる限りこの騎士団長どのはさわやかに出没しそうだ。
カロルの小さなつぶやきはどうやらフレンには届いていなかったようで、どうしたんだい?と心配そうにのぞきこまれてしまったのだけれども...正直、そろそろお暇したといというのが本音だ。カロルは常日頃ユーリを姉と慕い、尊敬もしているけれども、よくもまぁこの直情猪突猛進型の騎士団長どのと普通に付き合ってこれたものだと感心してしまう。
...否、それはフレンにも言えることだろうか。ある意味で、この二人はお互いのことを「フレンだから」「ユーリだから」ですべて流してしまうという厄介なスキルをデフォルトで身につけてしまっているのだから。
(あー...早くユーリとジュディス、来ないかな...)
最早、のろけに近いフレンの限りなく自覚のないユーリトークを半ば聞き流しながら、カロルは心の中だけでつぶやいた。
夫婦喧嘩は犬も食わないとはよくダンクレストの宿のおばちゃんが言っていた言葉だけれども、ノロケだって同じだと思う。むしろ、食べるとこちらが胃もたれしてしまうのだ。
が、しかし。本人たちに自覚がない分厄介なことで、もうこうなると聞き流すしかないのだと気づいたのは最近のことである。何か確実に大切なものを失った気もするけれども、精神の安寧はとりあえずのところ保つことができるようになったのは重要な点だ。
(...人生って大変だよね...)
少年はこうしてまた一つ大人の階段を上り、成長してゆくのであった。





カロル先生苦労人。
フレンはナチュラルなんですこれで(笑)
2009/4/6up